夜空には無数の星と、月がキラキラと輝いていた。今日はなんて神秘的な夜なのだろう。

私、はうっとりしながら夜空を見上げていた。
ふと、向こうのテラスに目をやれば、ミーティア姫も夜空を見上げていた。

















■Innocent victims 1話■













ミーティア姫は、トロデ王様の一人娘で、とても美しいお方。
誰に対しても優しく、慈悲を下さる女神のようなお方だ。
私は、ミーティア姫といつも一緒にいるけれど、やっぱりいつ見てもミーティア姫は素敵だ。

ミーティア姫の長く美しい髪がふわりと揺れた。

「あら、も夜空を眺めていたの?」

ミーティア姫はどうやら私の存在に気づいたらしく、こちらに向かって手を振った。
ミーティア姫が、優しく微笑んでくれている。とても、ホッとする。
ミーティア姫の笑顔はいつも私を元気付けてくれるような気がしていた。
私も、ミーティア姫の素敵な笑顔に応えて、微笑んだ。

「はい。今夜は特に素敵な満月ですね。」

「そうね…。吸い込まれてしまいそうなくらい綺麗ね。」

再び、ミーティア姫の髪がふわりと揺れる。
遅れて、ちょっぴり冷たい風が私の頬を撫でた。ピリっと痛みが走る。
もう、夜も更けている。ミーティア姫が風邪なんて引いてしまったら大変だ。

「ミーティア姫、もう夜も更けていますし、夜風がお体に障ると思います。
そろそろ中に戻られた方がよろしいかと。」

私の言葉に、ミーティア姫は小さく笑った。
ミーティア姫の小さな肩が上下に動く。

「ふふっ、心配してくれて有難う。でも、ミーティアは平気。」

こそ風邪を引かないように気をつけてね?、とミーティア姫。

「お心遣い有難う御座います。では、お先に戻らせていただきます。」

おやすみなさいませ、と私は踵を返して扉の取っ手に手を掛けた。

私は城の中に足を踏み入れて、ゆっくりと扉を閉める。
くるりと踵を返した途端、一人の兵士と目が合った。

兜と鎧から見える、優しげで整った顔立ち。
兵士にしてはちょっと小柄っぽい。
年は、私とあまり変わらないみたい。

私とその兵士はお互いに会釈し、微笑み合う。

「遅くまでお勤めご苦労様です。」

さん、こんなところで何を?」

兵士は穏やかな表情で私に問いかけた。
不審、だと思われているのだろうか?

「月が綺麗だなって思って…夜空を見上げていました。
あ、よろしければあなたも少し見て行ってはどうですか?本当に綺麗ですよ。」

私が答えると、兵士は微笑みながら首を縦に振った。
そして、なぜか私の手を取る。

「では、お月見ついでに少しだけお話しませんか?」

二コッと笑う兵士。
特に断る理由もないので、私は兵士の言葉にこくりと頷いた。
閉めた扉に再び手を掛け、ゆっくりと扉を開ける。

外に出た瞬間、兵士が私の後ろで「うわぁ」と感嘆の声を漏らした。

「本当、すごく綺麗な満月ですね。」

「ですよね。」

しばらく、空に浮かぶ満月を見上げる。
ふと、先ほどミーティア姫がいたテラスに視線を送るが、もうそこには誰もいなかった。

「そういえば、貴方は私の名前をちゃんと知っているのに私は貴方の名前を知りません。
よろしければ教えてくれませんか?」

「エイト、です。さんはミーティア姫のお付者ですからね。
城の者ならみな知っているでしょう。さんはドジっ子として有名です。
それに比べて僕はただの兵士。名前を知らなくて当然だと思いますよ。」

「ど、ドジ…」

バカにされたような気がして、少しだけムっとくる。
でも、エイトの純粋そうな笑顔を見ていたら、不思議と怒気は無くなっていった。

エイトは不思議だ。なんだか、他の兵士とは明らかに何かが違う。
何だろう。





突如、城が激しく揺れた。
大きな音が響く。空が急に明るくなって、反射的に上を見る。

空が明るい。

あれは…呪文?!誰かが上で呪文を唱えている?
一体上で何が起こっているのか。

「何…?」

城はまだ揺れ続けている。止まるどころか、さらに激しく揺れて足が竦む。
もはや立っていることなんて不可能だった。ガクンと地べたに膝をつく。

「なんだよこれ!!」

そしてエイトが叫んだ次の瞬間。
突然私たちの目の前に、無数の茨が飛び出してきた。
逃げる術もなく、私たちは安易に囲まれてしまった。
茨が、私目掛けて襲い掛かってくる。

「きゃっ!」

さんっ!!!」

エイトが、私を引き寄せてくれた。危ういところで私は命拾いをする。
エイトが引っ張ってくれなかったら私、死んでた。

「ありがとう、エイト!」

「気をつけて。僕の傍から離れちゃダメだ。」

冷静に剣を抜き、エイトは私を庇いながら立ち上がる。
流石は兵士。こういうとき、とても頼もしい。

…守られてるだけじゃダメだ。私は杖を取り出し、構える。

「援護します!」

「ありがとう!」

次々と茨が襲い掛かる。その度にエイトが茨を切り落としていく。
それを、私は術で援護する。

「限がない…!」

「もう、ヘトヘトです…。」

その時だった。
城全体が不気味に光だし、空の色も真っ黒に染まり、邪悪な気配が漂う。
そして、ところどころから悲鳴が上がった。体が、動かない。

















さん!さんッ!!」

意識がだんだんとハッキリしてくる。
私を呼ぶ声。この声、エイトだ。

私は目を開けて、ゆっくり起き上がった。

「エイト…これは!?」

私の目の前にはエイト。その後ろに見えるのは、変わり果てた城。
ほとんどを茨で覆いつくされ、まるで死んでしまったかのよう。
生きている人の気配も、ない。
空も月が隠れて見えなくて、おかげで当たりは真っ暗だ。
しかし、かろうじてうっすらと見える。

「わからない。一体何が起こったんだ!?」

エイトと私は立ち上がり、辺りを見回す。

「王様は…?ミーティア姫は!?」

私は急いで城内に戻った。
先ほどまでとは全く違う雰囲気。崩れた壁。乱れた置物や武器。
そして、植物化した"人"だったもの。

「うぁ…あ…!」

声にならない。
体全体から、力が抜けていく。

さん!」

倒れかけたところを、エイトが支えてくれた。

もう、わけがわからない。これは、現実なの?
こんなの、やだ。夢であってよ。

「そこにいるのは誰だ?」

聞き覚えのある声が、崩れた壁の向こうから響いた。
私とエイトは反射的にそちらを向く。

「その声…トロデ王様!?ご無事でしたか!!」

か!よかった、無事であったか!!」

「はい、兵士のエイトも一緒です!」

私とエイトは瓦礫を必死に掻き分ける。
人が通り抜けられるくらいの穴ができた。
しかし、瓦礫の向こうには、緑色の肌をしたモンスターが待ち構えていた。

「…も、モンスター!?いや、違う…姿形は違うけど、この感じ、もしやトロデ王様ですか!?」

「流石はだ!よくわかったな!えらい!!」

急いで穴を潜り抜ける。
なんと、トロデ王様はモンスターの姿に変えられてしまっていた。

「上で…何があったのですか?」

私に続いてエイトが穴を通り抜ける。
そして、トロデ王様に訊ねた。
トロデ王様は眉間に皺を寄せて、話し始める。

「うむ。実は城の奥に封印してあった恐ろしい杖をドルマゲスという道化師に盗まれてしまったのだ。」

「あの杖を!?」

城に封印してあった杖は、古来より封印を解いてはならないと言われこの城の奥に封印されていたもの。
私も一度だけ見たことがある。何か、嫌な感じの杖だった。
何かまがまがしさを感じ取ったのを覚えている。

「ドルマゲスはその杖を使い、わしらをこんな姿に変え…さらには城も茨で覆いつくしたのだ!」

感情的に話すトロデ王様の迫力に、私とエイトはビクっと肩を震わせた。

でも、ちょっと待って。
「わしら」ということは…複数形?

「他に誰か姿を変えられたのですか…?」

「他でもないわが可愛い娘、ミーティア姫だ!なんと、よりにもよって馬の姿に変えられてしまったのだ!」

「ミーティア姫が!!?」

馬の姿に。















「ミーティア姫…こんなお姿に…。」

とりあえず城から出た私とエイト、トロデ王様とミーティア姫。
私たちの他に生存者を探してはみたが、誰一人として生きていなかった。
生きてはいるといえば生きている。呪いによって、植物にされているのだ。
トロデ王様とミーティア姫は魔法陣の中にいて助かったのだそうだが
どうして私とエイトが助かったのかはわからない。
トロデ王様曰く、運がよかったから、らしい。

みんな、ドルマゲスのせい。私は許さない。ドルマゲスを。

「絶対に捕まえて、トロデ王様とミーティア姫、城の皆を元に戻すんだから。」

私は茨に覆われた城を見上げながら呟いた。
馬になってしまったミーティア姫は、悲しそうに私を見ていた。









執筆:04年12月1日