伝える勇気




 普段は優しくておとなしくて強いエイト。たまに腹黒いところも素敵だと思う。
 そんな彼にホの字な私は今日も元気にエイトをストー……ウォッチング。カメラと観察日記と鉛筆を片手に、エイトの観察を続けた。
 エイトは一生懸命モンスターと戦っている。かっこいい。まる。
 剣を振って、振って……おおっと! 出たー! 会心の一撃ぃっ! カッコイイー! ステキー! サイコー! 抱いてー!

「うるさいぞ、

 隣にいたトロデさんがジロリと私を睨んだ。何を隠そう私は馬車の中から戦うエイトをウォッチングしていたのだった。私はトロデさんににこりと笑いかけて、そそくさと観察日記とカメラを後ろに隠した。

「いい加減、好きなら好きと告白したらどうじゃ」

 トロデさんがため息混じりに吐いた言葉に私は慌てて首を横に振った。告白だなんてとんでもない。だって私は特別可愛いってわけでもないし、目立ちもしないしどちらかというと地味だし。告白なんて怖くてできっこないのだ。
 ていうか、エイトを見てるだけで幸せになれるんだよね。癒し系というか、なんというか。だから……このままでいい。

「私はエイトを遠くから眺めているだけでもいいんですよ」

「なんじゃそりゃ。つまらんのう」

 トロデさんは口を尖らせて、眉を顰めた。そんな、あからさまにつまらないという顔をされても困るんだけどな。私がエイトに当たって砕けるところでも見たいというのだろうか。だとしたら相当趣味が悪いんですケドー……。

「私はトロデさんのおもちゃじゃないです」

「わかっておる。はわしの家来だからな」

 自信満々に胸を張って私を家来扱いするトロデさん。いや、ごめんなさい。私はいつトロデさんの家来になったのでしょうか。自分では家来になった覚えなんて全くありません。エイトの家来にだったら喜んでなる。家来どころかペットにだってなります。

「あの、私はトロデさんの家来ではないです」

 しかし、この言葉はトロデさんの耳に入ることはなかったようだ。

「トラペッタの町まではまだあるから、今日は野宿だね」

 気づいたらあたりが暗くなっていて、エイトは馬であるミーティア姫と馬車を止めた。
 夜道を歩くのは危険で、エイトも慎重だ。トロデさんは一応王様で、エイトはその家臣らしいし。やばい、気遣いのできるエイトかっこよすぎでは?
 しかしなんだかエイト一人に責任押し付けてるみたいでちょっと嫌だな。私も協力できることがあれば進んで協力しようっと。
 それにしても、野宿か。いい加減お風呂に入りたいかも。臭わないかな? 大丈夫かな? エイトに汗臭い私の臭いを嗅がれたくないな。でも、仕方がないよね。町までまだ距離があるし。

、今日も野宿だけど大丈夫?」

 突如、エイトが心配そうに私を見た。手中に収まる大きさの石と石で火をおこそうとしていた私は一瞬心臓が飛び上がりそうになった。
 どうしよう。私、顔に出てたかな? 汗草いの気にしてるの、顔に出ちゃったのかな? エイトに、心配かけたくない。頑張っている彼にこれ以上負担をかけたくはない。

「え、あ……うん。わ、私は平気。うん! 全然余裕!」

「そう? 無理しないでね。は僕と違って女の子だし、お風呂も入りたいでしょ?」

 私が考えてたことを当ててしまったエイト。
 なんということだ。やっぱり顔に出ちゃったんだ。と、とにかく今は少しでもエイトを安心させるような気の利いたことを言わなくちゃ。

「確かに、お風呂に入りたくないといえば嘘になっちゃうけどね。でも、野宿は楽しいし、星も綺麗だし、退屈はしないから大丈夫!」

「そう?」

「うん! 大丈夫だって!」

 念を押しつつ笑顔を作って見せると、エイトは安心したのか、にこりと笑った。その笑顔、満点です。

「そっか。ありがとう、

 私の頭を優しく撫でるエイトに、私の心臓は破裂寸前だ。これって確信犯? ずるくないですか? 私の気持ち知っててやってるんじゃないよね? もう、エイトのばかー。
 
 ――この想いをエイトに伝えられたら、いいのになぁ。



※ ※ ※ ※ ※



 翌朝、私は一番に起きて近くの湖に顔を洗いに行った。湖に手を突っ込む。朝の寒さがプラスして、すごくひんやりとしていた。ここで水浴びなんかできたらいいんだけど、流石にこんなところで無防備になる勇気はない。見張りを立てるにしてもエイトにしかできないだろうし、そんなことは絶対頼めない。
 顔を洗って布で顔を拭くと、前に人影があることに気づいた。
 一瞬モンスターかと焦ったけれど、その正体はトロデさんだった。

「わっ! トロデさん!? いつの間に!」

 驚いた私の声にトロデさんは動じることなくニヤニヤ笑いを浮かべている。

「わしがエイトに伝えてやろうか」

「またそのことですか」

 いいです、と私。
 しかしトロデさんは諦めてくれないらしく、食って掛かってきた。

「わしはお前とエイトにくっついてほしいんじゃ。エイトには幸せになってもらいたい」

 エイトとくっつくことで私が幸せにというのはわかるけれど、どうして私がエイトに告白するとエイトが幸せになるのか。

「どういう意味……」
「王ーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 いきなりエイトがものすごい勢いで走ってきて、トロデさんの口を塞ぐ。口を塞がれたトロデさんはむー、むー、と苦しそうにもがいていた。

「なんでもないんだよ! 王が変なこと言ってたならそれは気にしないで!」

 エイトのこの慌てぶり。しかも顔が赤い。エイトとは対照的に真っ青なトロデさんの顔。エイトはトロデさんの顔色に気づいていないらしい。

「あの、エイト……それ」

 呼吸困難になっているトロデさんにようやく気づくエイトも真っ青になり、急いでトロデさんの口を塞いでいた手を離した。

「ゼー、ハー、し、死ぬかと思ったわい」

 ハァハァと息を整えるトロデさんとすみませんと頭を下げるエイト。私は何を見せられているのだろうと目を細めた。
 すっかり息が整うと、トロデさんは怪しく笑ってぽんぽんとエイトの肩を叩いた。

「実はエイトはのことが好きらしいぞ。お前たちは両思いじゃ」

 トロデさんが勝ち誇ったかのように高笑いをする。
 んん? ちょっと、待って。それって本当なの?
 私はドキドキしながらエイトを見た。エイトもこっちを見ていて、私の目とエイトの目が合ってしまう。その瞬間、頬と体中が熱くなるのを感じた。

「へぇ。私達、両思い、なんだ……」

「ごめん、黙ってて。でも、僕にはに告白する勇気がなくて」

「や、私こそ」

 エイトも、私のこと好きだったなんて。そうわかっていたなら、告白してたかもしれないなぁ。

「ふー。やーっと、くっついたか。まったく、見てるこっちはじれったくて仕方がなかったんだぞ」

 トロデさんは汗を拭く素振りをしながら嬉しそうに微笑んだ。
 お互いに告白できなかった私達を取り持って下さったのはありがたいけれど、私にもっと勇気があればなぁとちゃんと自分で告白できなかったことにモヤモヤした。

「わしらの呪いが解けたら、早速トロデーン城で結婚式を挙げるぞ! なんてったって、このわしが苦労して仲人を務めたんだからな」

 こんな鈍感な二人じゃが最後まで諦めなくてよかったわい、とトロデさん。
 結婚だなんて! 私は恥ずかしくなって、トロデさんを睨んだ。

「もう、トロデさんっ! 結婚だなんてそんな気が早すぎですよ!」

 恥ずかしくてトロデさんの肩をバシッと叩くと、トロデさんは悲鳴を上げた。
 結婚……かぁ。確かに結婚も視野に入れたいところではあるけれど、まだ両思いだってわかったばかりだしなぁ。
 ふとエイトを見るとばちっと目が合ってしまった。どっきーん。

「王、すみませんがに伝えたいことがありますので失礼します」

 突然エイトが私の手を取って走り出す。

「え、何?」

「いいから!」

 にこっと笑うエイトに手を引かれながら、私は胸を高鳴らせていた。
 少し走ったところで、エイトは足を止める。私と向き合うと、がっしりと肩を掴まれた。

「気が早すぎるとキミは言ったけれど……僕は以外考えられないんだ。だから、旅が終わったら僕と結婚してくれないか?」

 エイトのプロポーズに、私は目を瞬かせる。

「も、もちろん!」

 私は頬を赤くしながら答えた。

「よかった……せめてプロポーズは僕からしたかったんだ」

 そう言ったエイトの表情はとても満足そうな笑顔だった。



執筆:04年12月17日
修正:20年8月18日