ククールは女ったらしで、イカサマもするし、修道院もよく抜け出すし、本当にどうしようもないヤツだと思う。腹違いであるらしいお兄さんであるマルチェロ様とは大違い。
 でも、そんなどうしようもないククールだけど私は彼と一緒にいるとなぜか安心できた。
 そして、夜中一人で抜け出して酒場に行くククールがちょっとだけ不良っぽくて憧れだったりしちゃう。



※ ※ ※ ※ ※



 夜中、私は自分の部屋の窓からククールが宿舎を抜け出すのが見えて、溜息をついた。
 どこにいくのかは、とうの昔からわかっている。彼はドニの町の酒場に行っているのだ。そこでまた女の子たちと朝まで遊んで――。我が幼馴染でありながら、本当にどうしようもないヤツ。
 でも、私も遊んでみたい……とは思ってしまう。私が修道院から出られるのは食料の買出しと出張で貴族の家などにお祈りしに行くときだけ。しかも、いつもいつも騎士団の人と一緒。外で一人のときなんてありえないから、当然遊ぶことなんてできない。
 年頃の娘に遊ばせてくれないなんて修道院は酷いところだ、と最近思う。
 私は音を立てないように、自分の部屋を出て、足早に階段を駆け下りる。そして、ククールが抜け出したと思われる隠し通路(何でこんなとこにあるのさ)を通って外に出た。
 通路を抜けて、修道院の外に出ると、やっぱり前方にはククールのスキだらけな後姿。

「ククール」

 私が声を掛けた途端、ククールはビクッと肩を揺らす。そして、ゆっくりとこちらを向いた。そして、私だとわかって安心したのか、ほっと胸をなでおろす。

「何だ、か。脅かすなよ」

「別に脅かしたくて脅かしたわけじゃないですよ。ククールが勝手に驚いただけです」

 弱虫ですね。そう言い放つと、ククールは「そう言うなって」と苦笑した。

「またドニの町の酒場に行くのでしょう? 院長様に告げ口しちゃいましょうかねぇ?」

「な……っ! ちょっと待てって」

「それが嫌なら、私も連れて行ってください」

 私の言葉に、ククールは呆然としてしまった。

「今、なんて……」

「だから、私も連れて行ってくださいと」

 ククールはいかにも意外だという表情をして、ククールよりだいぶ身長が低い私を見下ろした。

「意外」

「意外、ですか」

 ククールが小さく笑う。

「生真面目な神官様がこんなふしだらな聖堂騎士団員と酒場に同行するなんてすごく意外だ。でも、バレたらどうするんだ?」

「私も一応年頃の娘なので。一度は遊んだりしてみたいのです。実のところ、こんな窮屈な生活にはもう飽き飽きしてるのですよ。お祈りばっかりで、外には出られないし、出れても騎士団員が一緒で全然自由じゃないですからね」

 語っているうちにどんどん頭にきて、つい大声になってしまった。だけど、ククールは一歩も引かないで興味深そうに聞いてくれていた。
 恥ずかしかったけど、ちょっとだけ嬉しかった。

も結構ストレス溜まってるんだな」

「当たり前です! もう……自由神官運動起こしちゃいたいですよ」

「ははは、なんだよそれ」

「暴動です」

「一人でか? すぐに捕まって拷問されるのがオチだぜ」

「やかましいですね、この女ったらし聖堂騎士団員。女遊びは神の道に背いてますよ?」

「……お前、妙に毒舌なんだな。どこぞの騎士団長様を思い出すぜ」

「ええ。マルチェロ様の毒舌ぶりを参考に致しましたので」

「そんなもの参考にするなよ」

 ククールは呆れながら私の手を引いて歩き出した。修道院の裏は人通りがないらしく、道も開けていなくて歩きづらかった。たまに足を木の根に引っ掛けて転びそうになる。

「足元、気をつけろよ?」

「はい」

 このときだけは、ククールがしゃんとした聖堂騎士団員っぽく見えた。いつも、こんな風だったらとってもカッコイイのになぁ、なんて思った。



※ ※ ※ ※ ※



 ドニの町にはあまり時間もかからずに辿り着けた。私はククールに案内されて、生まれて初めて酒場に入っていった。
 酒場はとても賑やかで、しーんとしている修道院の雰囲気とは正反対。酒を飲んだり、談笑してたり、ゲームをしていたり――とにかく、みんな楽しそうに笑っていた。その場にいるみんなが笑顔だった。

「どうだ? 初めての酒場は」

「……すごい、ですね。修道院とは全然違います。修道院はみんな浮かない顔をしていたり、無表情ですが、ここにいるみんな楽しそうで、幸せそうですね」

「そうか」

 にっこりと、嬉しそうに笑うククール。
 私、今日ここに来れて本当によかったと思う。
 バニーの服装をした綺麗な女の人が、ククールと私に微笑みかけてきた。どうやらこの酒場の従業員らしい。片手にはお酒を持っていた。独特の匂いが漂ってくる。

「いらっしゃい、ククール。この小さい可愛い子は彼女さん? それとも妹さん?」

 バニーのお姉さんの質問に、ククールは微笑む。

「もちろん、彼女」

「嘘をつきなさい。女ったらしのエセ聖堂騎士団員」
 
 私は反射的に、ククールに顔面パンチを食らわせた。ククールは痛そうに顔を歪める。

「初めまして。マイエラ修道院で神官を務めておりますです。ククールとはただの幼馴染です。決して彼女ではありません」

「あら、そうなの。ちょっと残念、二人はお似合いなのにね。それにしてもちゃんはこんなに可愛いのに神官なんて勿体無いわ。神官なんてやめて、この酒場で私と一緒に働かない?」

 バニーのお姉さんがにっこりと笑う。
 たしかに、神官は辞めてしまいたいけど、こういった場所で働いていく度胸なんて私にはない。

のバニー姿……うん、悪くないかもな」

「あぁ、ごめんなさい。私、酒場で働くとしたらククールの来れないような場所で働きますので」

 しばらくククールや従業員、酒場のマスターと談笑しながらお酒を飲む。ちょっとだけ酔ってきた。でも、なんだかいい気分。
 お酒、初めて飲んだけど、おいしい。この時がいつまでも続けばいいのに。この自由で、幸せな時がいつまでも――。

「あれ~? ククールの隣の女、見覚えが――って! 神官!?」

 ぼんやりとお酒を飲んでいると、横から聞き覚えのある声が酒場内に響いた。ぼーっとした頭を必死に働かせ、私とククールを知る男を覗き込む。
 聖堂……騎士団員?

「まずい! ! 逃げるぞ!!」

「そうはいくか!!」

 ククールが私の手を引っ張った途端、聖堂騎士団員はククールに飛びつき、ククールの体を拘束した。
 その時に生じた大きな音で働くことをやめていたわたしの頭が突然フル回転する。今起こっている事態をようやく理解した私は、目に涙を浮かべた。

 ――ばれてしまった。

 修道院から抜け出したことがばれたという、恐れていたことが起こってしまった。



※ ※ ※ ※ ※



、可哀相な目にあったな」

 マルチェロ様が私の頭を優しく撫でる。
 あの後、私とククールは修道院に連れ戻された。抵抗したククールには、無数の傷がついてしまったのを私は見逃さなかった。私が抜け出した責任は、ククールに問われた。もちろん、私自身の責任なのに。
 私は眉間にしわを寄せて、マルチェロ様を睨んだ。

「あの、さっきから言ってるじゃないですか。私は私の意志で抜け出したんです。ククールは悪くないのです!」

 私がついていかなければこんなことにはならなかった。私が我侭を言ったばかりにククールに迷惑掛けてしまった。

は何も悪くない。あのできそこないが君をそそのかしたことはわかっている。君は優しい。ククールを庇っていることくらい、わかっているさ」

「――マルチェロ様は何もわかっていません! 先ほどから申しておりますように、私は、私が抜け出したかったから抜け出したんです! ククールはただ、私の我侭に付き合ってくれただけです!」

「君は優しすぎるんだ」

 マルチェロ様はそっと私の髪に口付けた。

「マルチェロ様は人の話を聞かなさすぎです。そもそも、真実を知ろうとする前にご自分で決めてしまっています。そういうの、悪いクセではないですか?」

 私の言葉に、マルチェロ様は顔を顰めた。冷たい視線が突き刺さる。
 でも、ここで怯えたら私の負けだ。
 もう、神官なんて地位もいらない。ククールは、私の我侭を聞いてくれた。私のせいでククールが苦しんでいる。だから、私は――

「口答えするな!」

「私は本当のことを申し上げただけです! 騎士団長として、そういうのは相応しくないと思いますよ。もっと下の者の意見をきちんと聞いてこそ団員を統べる者ではありませんか?」

 私の言葉にマルチェロ様は憤怒の表情を浮かべた。目をかけて頂いていた恩を仇で返すような真似をしてしまったのだから当然だ。

「わかった。今回のことは、お前の責任として処罰を下す。なお、ククールに関しては無罪としよう」

 これいいんだ。ククールが開放されるなら。

「残念だが……、君は修道院から追放だ。修道院を抜け出しただけならまだしも、この私に口答えしたのだからな」

「覚悟の上です」

 今、私はなぜだか清々しい気分だ。追放されたのに、こんな気持ちは可笑しいかもしれない。だけど、心がスッキリしている。この窮屈で毎日同じことの繰り返しな修道院の生活から一変して、自由な生活を手に入れられたことでスッキリしたのかもしれない。

「今までお世話になりました。さようなら」

「…………」

 私は頭を下げて、マルチェロ様の部屋を出た。



※ ※ ※ ※ ※



!!」

 旅支度を終わらせて修道院から出ると、ククールが息を切らせて走ってきた。

「ごめんなさい、ククール。迷惑掛けてしまいましたね」

 できる限り、笑顔で。悲しい顔は、絶対しない。これ以上ククールに迷惑とか、心配はかけたくない。

「どうしてお前だけ出て行くんだよ。行く当てはあるのか?」

「騎士団長様に口答えした挙句バカにしまくりましたから当然のことだと思いますよ。気分爽快でしたけどね。行く当てはありませんが、各地を回ってみようとは思っています」

 ククールは苦笑して、私を抱き寄せた。突然のことに戸惑ったけど、私はそっとククールの背中に手を回した。

「いつか、を迎えにいくからさ。落ち着いたら連絡しろよ?」

「わかりました、期待しないで待っています」

 ククールの気持ちが嬉しくて、恥ずかしくて。

「期待してろっての」

 私、本当にあなたに感謝しています。

「では、いつまでも待ってますよ。ククールが迎えに来るのを」

 ありがとう、ククール。

「ああ。バラの花束を持って、迎えに行くからな」

 さよならは言わない。また、会えると信じているから…。



幸せを探して





ククールと再会できる日――それは私の幸せな時間が戻ってくる日。




執筆:04年11月29日
修正:17年8月16日