恋愛武勇伝


 初めて出会ったときに言われた言葉。

「君、か弱そうだね。オレが守ってあげるよ。」

 正直なところ、失礼なやつだと思ったし半殺しにしてやろうと思った。 これでも私はトロデーンの近衛隊長を務めているんだから。 不良生臭僧侶にナンパなんかされてしまったことを激しく恥じたし。
 けれど、ククールは私がピンチになったときにいつも守ってくれる。 ただのナンパだと思ってたのに。 口先だけだと思ってたのに。
 気づけば私は近衛隊長から、恋する乙女になっていた。 視線はいつもククール。 誰かと話していても頭の中はククールだらけ。 いつでも脳内ククールだらけ。 いっそストーカーと罵られてもいい。 だからククールをずっと見ていたい。 そう思った。

「はぁ」

 幼馴染であり、部下であり、仲間であるエイトの隣で、ため息をつく。
 しかしエイトはいかにも鬱陶しそうな顔をして黙々と夕飯の準備を続ける。 にんじん、たまねぎ、じゃがいも、牛肉、カレーのルーという材料から見て、 今日の夕飯はビーフカレー。ちなみににんじんとたまねぎは避けて欲しい。 私に「どうしたの?」と聞いてくれそうな気配は全くなし。

「はああああああああーーーーーー!!(※クソデカため息)」

 もう一回ため息を吐いてちらりとエイトに視線を送るけれど やっぱりエイトは嫌そうな顔でじゃがいもを切る作業に取り掛かる。 全然相手にしてくれないのが寂しい。 むしろ、相手にしてくれないからムカツク。 私一人でこんなことやっててバカみたいではないか。

「この甲斐性無し! 乙女が悩みを抱いてため息吐いても無視なの!?」

「誰が甲斐性無しか。僕にとってはの方が甲斐性無しだけど?」

 口元はちゃんと笑っているのに目が笑ってない。 エイトはたまに黒いところがある。今まさに、その状態。 いくら幼馴染であり部下であり仲間であるとはいえ、 容赦ない腹黒エイトの前では何も言い返せない。 あとで何仕返しされるかわかったもんではないので。(経験済)
 私はエイトに悪口を言ったことに激しく後悔した。

「うぐ……」

「戦闘中はいつもククールを回復。つか、ククールしか回復しない。 そしてが食事当番の日はククールのだけ何故か大盛り。何でだろーねー?」

 じゃがいもがひと口サイズではなく、みじん切りにされている。 黒く笑うエイトはみじん切りになってしまったじゃがいもを鍋の中にブチ込んだ。 今日のカレーのじゃがいもは全部溶けていることだろう。
 ……じゃがいも、好きなのに。

「あの、だから。私がククールのこと好きなのは知ってるでしょ?  ちょっとでいいから協力してくれないかなー、なんてさ」

 あくまでも控えめに。  するとエイトはニッコリと微笑んだ。 私はホッと胸をなでおろす。 やっぱり、エイトは優しい。絶対協力してくれると思ったよ。

「いいけど、30回僕の代わりに食事当番ね。 ちなみに全て僕がリクエストしたものじゃないと許さないからね」

  前言撤回したいと思います。 でも、協力してくれることには変わりない。

「仕方ない。私の愛のパワーで頑張るゼ」

 後に4回目で根を上げたのはまた別の話。



※ ※ ※ ※ ※



「じゃあ、まずは告白の仕方から」

「はぁ……」

 エイトとククールに割り当てられた部屋で、講習を受ける。 突然告白を強いられてウンザリだ。 どうやら私は相談する相手を間違えた。 トロデ王とヤンガスは全てがダメそうで、 ゼシカはククールのこと好きそうじゃないからダメで。 エイトが一番まともだと思ったんだけどなぁ。 でも、エイトも一生懸命協力してくれてるから文句は言えないよね。

「まずはククールをおびき出す」

「おびき出すの!?」

そんな! ククールを捕獲するんじゃないんだから。 もうちょっと言葉を選んでほしいよ。

「そして、告白。ここであの名台詞も必要になる」

「え、名台詞? 何々?」

  私はドキドキしながらエイトの言葉を待つ。 エイトは不敵に笑って、自信満々に言って見せた。

「私を食べて(はぁと)」

「うっわ!! キモッ!! そんなこと言えないってか寧ろ私がククール食べたいっての!!」

 私が罵声を浴びせると、エイトが私を睨む。 私は慌てて自分の口を塞いだけれど、もう遅かった。 しかし、エイトが何かしてくると思ってたのに、エイトはため息を吐いただけだった。

って変態」

「そういうアンタもね」

 エイトが睨んできて、私は再び口を塞ぐ。

「……エイト? 誰かいるのか?」

 突然部屋に入ってきたククールに慌てる私とエイト。 エイトはククールに見られる前に 私をククールから見えない方のベッドから突き落として足で私を踏む。 これでククールの死角に入って一安心私。 でも、あまりに痛さに悲鳴を上げそうになった。

「ちょっと大きなゴキブリがいて。 僕、怖かったけどちゃんと始末しといたヨ☆」

 親指を突きたてながら爽やかに笑うエイト。 その爽やかなエイトの笑顔を不気味に感じたのか、 ククールは顔を引きつらせる。

「そ、そうか。ゴキブリか」

 ククールが、前へ前進。 これ以上こっちに来られたら絶対に見つかってしまう。 何とかしてくれエイト! ていうかこの足を退かしてくれ!!
「く、ククール! 一緒にお風呂に入ろうよ! 僕、汗かいちゃってさ。あはははははははははははは!」

 エイトが立ち上がり、私エイトの足からようやく開放される。 しかし、ククールは構わず前へ前へと前進。

「いや、オレは遠慮しておくよ。 さっき、ゼシカのナンパに失敗したから…不貞寝しようと思って」

「そ、そっかー。じゃ、僕一人で入ってこようっと」

 逃げるエイトと目が合う。

『あとは頑張れ』

 彼の目が私にそう訴えていた。  エイトは苦笑しながら部屋を出て行ってしまった。 私は心の中で「裏切り者ーーーーーーーーー!!」と叫ぶ。 畜生、明日の夕飯はエイトの大嫌いなピーマンオンリーにしてやるぞ。
 ――とか思っていたら。

「え……?」

 ついに見つかってしまった。 私は恐る恐る振り返ると、そこには困惑しているククールが。
 汗が、冷や汗が滝の如く流れ落ちる。 なんと言ったらいいのやら。 頭の中が真っ白で、何も考えられなくなってしまった。

「あー。もしかしてオレ、邪魔しちまった?」

 ゴメンと謝るククール。 やっぱり私とエイトの仲を勘違いされた。
 踵を返して、部屋を出て行こうとするククール。 私は立ち上がり、ククールの背中に飛びついてククールを押し倒した。 自分の取った行動が、一瞬わからなかった。 でも、理解してすごく恥ずかしくなった。 押し倒してしまった。ククールを押し倒しちゃったよ自分。 しかも、転ぶ際にククールがこっち向いたせいで私たちは向き合ってる。 顔、見られてる。ハァハァ、ククールたんカッコイイ。

「おお、積極的だね。嬉しいんだけど…でも、相手が違うんじゃないか?」

「え……えっと」

 もう頭が混乱して何言ったらいいかわからない。
 最 高 潮 に 萌 え 萌 え ですたい!
 でも、冷ややかに吐かれたククールの言葉が痛かった。 いっそ告白して楽になってしまおうか。 そうだよね。私はトロデーンの近衛隊長。 当たって砕けろ、だ。

「ククール」

「ん?」

 ククールの上に馬乗りしたまま、意を決する。 深呼吸、吸って吐いて、吸って――

「お前を食わせろ」

「え」

 ちーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
 あっれ? 私、今「お前を食わせろ」とか言っちゃったかな? うわあああああああああん!! 興奮しすぎてセリフ間違えたーーーーー!! ギャーーーーーーー! そんな目で見ないでククール!!

「えっと、それってあの……」

「なしなしなしなし!! 今の無し!! 忘れてーーーー!!」

 ククールの記憶から今の言葉を忘れさせようと、 ククールの頭をボコボコ殴る私。 ククールは吐血しながら「忘れさせていただきます」と許しを請う。 我に返った私はボコボコになったククールを見て悲鳴を上げた。

「ごごごご、ゴメンネククール!」

「別に……いい。の愛情表現は痛々しいことがわかったよ」

 頭にタンコブつけながらそんなステキなこと言わないで下さい。 って、ボコボコにした犯人は私なんだけどね。

「なぁ、自惚れて、いいのか?」

「えっ?」

が、オレのこと好きなんだって思っていいのかってコト」

 恥ずかしそうなククールを見て私は驚いた。 だって、いつもこういうことはへらへら笑いながら言ってくるのに 今はこうやって真面目に恥ずかしそうに言ってるんだもん。 私は、ニヤけそうになる口元を押さえて呟いた。

「ええ、いいですとも。だって、私はククールのこと好きだし」

 ついに言ってしまったー! わー、恥ずかしいけど…なんだか達成感の方が大きいよ。 もう、思い残すことは無いかもしれない!
 しかし、ククールは残念そうな顔をした。  あ、あれ? やっぱ迷惑だったんかな?  うわぁ、どうしよう。やっぱ言わなきゃ良かったかもしれない。
 そう思った瞬間、ククールが私を抱えながら体を起こして、私の肩を掴んだ。

「本当は、オレから告ろうと思ってたんだけどな。 じゃあ、これはオレから言わせて貰うぜ。」

 一息ついて、ククールは微笑んだ。

「オレと付き合ってくれないか?」

 思わず、鼻血を噴きそうになったことは秘密。

ククール……答えは、決まってるじゃん。

「もちろん、だよ」

 ニヤけが止まらない。 手が口元から放すことができない。 雰囲気ぶち壊し。 でも、とても幸せだった。

「そういやさっき、ゼシカをナンパしたって言ってたよね。私のことは遊びってことなのかな? ククールさん」

「んなわけねぇだろ。オレは誰よりもが一番だから」

 ――んなこと言って浮気したら許さねぇぞ、ククール。
 そんなことを思いながら、私は幸せに浸っていた。




執筆:05年1月22日