私が求めたもの
私、は田舎から出てきた可憐な少女である。
田舎でのアルバイトは時給がショボくていけねぇ。お金がなくて欲しいものもロクに買えやしない。そこで私は、田舎を出て就職することにし、なんとなく給料が高そうだった修道院に目を付けることにした。
マイエラ修道院――今日から私が働く場所。そしてそマルチェロさんという方は今日から私がお世話になる人、らしい。少し前に亡くなられたオディロ院長の跡をついでマイエラ修道院の院長に就任したと何かで知った。どんな人だかはわからないけどオラわくわくすっぞ。
「よっし。行くか」
私は高鳴る胸に手を置き、そして扉を開いた。
「お前がか」
修道院に入った瞬間、誰か声を掛けられた。振り向くと、そこには青い聖衣を纏ったお兄さんがこちらを見ていた。
ふと、目に飛び込んできた立派なおデコ。おおん、これは素晴らしいM字なおデコでいらっしゃる。
「あなたがマルチェロさんでしょうか?」
「いかにも私がマルチェロだ」
「です。これからお世話になります」
深々と頭を下げる私に、マルチェロさんは「ああ」と一言。
うわぁ、ちょっと付き合いにくそうな人だよこの人。これからうまくやっていけるのかな、私。
「部下たちが奥でお前のために歓迎パーティーを開くそうだ」
まじか! と内心ガッツポーズで喜んでいると顔に出てしまっていたのかそれを見たマルチェロさんが小ばかにしたような笑みを浮かべた。酷い。
こっちだ、と案内をしてくれるマルチェロさんに前髪が後退していく呪いをかけようと思った。
「おお! 女の子!」
「初めましてちゃん!」
「よろしく!」
マルチェロさんに案内されたところには、男男男男。男ばっかり。
女の子が一人も見当たらないではないか。誰だこんなところに就職しようと思った愚か者は。はい私です。てへぺろ。
これは道理でどこその馬の骨ともわからない新人なんかの歓迎パーティーを開いてくれちゃうわけだと納得した。
「みなさん、よろしくおねがいしまーす」
私が喋るだけで、周りは「おおー!」と楽しそうに返事をしてくれる。まるでアイドルになったようでちょっと気分がいい。
田舎ではありえなかったこの事態を大いに楽しんでいこうではないか。
※ ※ ※ ※ ※
「あー……う、げふっ」
調子に乗った私はお酒を飲みすぎたせいで気持ち悪くなり一人部屋の片隅で床に転がっていた。
みんなが飲んでたら私も飲まなきゃってなるよね、うんなるなる。でもこれからは自分の意志を貫いて行こうそうしよう。
「何をしているんだ」
呆れ返ったマルチェロさんが私を覗き込んできた。マルチェロさんも結構な量を飲んでいたはずなのに顔色一つ変わらない。お酒に強いのかこの人は。
「お酒、飲んだら、気持ち、悪くなりました、であります」
「情けない奴だ」
マルチェロさんが額に手を当て、更に呆れてしまった。
自分でも自分に呆れているところなんだから追い打ちかけないであげてほしい。
「あはは、情けないですよねー。自分でもそう思います」
その時、突然マルチェロさんが私を抱き上げた。何が起こったんだ。思わぬ事態に私は目を丸くする。
「まったく私も面倒な部下を持ってしまったようだな」
「え? んええ?」
私、マルチェロさんに抱き上げられちゃってるよ。まって、落ち着いて。これはこのまま吐いたらいけないやつだ。頑張れ私。今吐いたらきっと地獄を見るぞ。
「心配するな。別にお前をどうこうするわけじゃない。風通しのいいところにいけば、少しはマシになるだろう?」
そっか、マルチェロさんは私を気遣ってくれてるんだ。なんだかんだいって、マルチェロさんはとても優しい人だ。ありがたい。でも私が心配しているところはそこじゃなかったりするんだよな。初日に上司にゲロをぶっかけるだなんて事をやらかしてしまう可能性についての心配をしているんですよね。とにかく早く風通しのいいところについてくれと私は神に祈りを捧げた。
それを隠すように、私はマルチェロさんに抱き上げられながら、にこりと黙って微笑んだ。
外に連れ出され、マルチェロさんは私をゆっくりと草の上に座らせてくれて、そのあと私の隣に座った。ようやく降ろされた私は安堵した。よかった、大惨事にならなくて。
「はー。気持ちいいですー」
風が気持ち悪さを吹き飛ばしてくれているのだろうか。ただ単に酒臭い場所から移動して綺麗な空気を吸ったからか。段々と気持ち悪いのがなくなっていくようだ。しかもここから見える星空は絶景である。素敵な場所に連れてきてくれたマルチェロさんには感謝しかない。
しばらく沈黙が続く。けど、その沈黙を最初に破ったのはマルチェロさんだった。
「は、家族はいるのか?」
マルチェロさんが、小さな声で問いかける。どうして突然こんなことを聞いてくるのかは全く見当もつかなかったけれど私は答えた。
「いますよ。両親が田舎で農業やってます」
農家は大変なんだ……魔物たちから作物を守らないといけないし、天候でその年の作物の良し悪しが左右される。めちゃくちゃ苦労する割にはそんなに稼げないし。とはいえ、私には合わなかっただけで立派な仕事ではある。お父さんお母さんまじリスペクト。
「そうか」
「マルチェロさんはいないんですか? 家族」
「ああ。どっちも私が小さい時に死んだよ。もういない。けど、私には腹違いの弟がいる」
「そう、なんですか」
なんか、悪いことを聞いてしまった気がする。この話題ふっかけてきたのはマルチェロさんだけど聞かなければよかったかもしれない。
「私の父親はある土地の領主だったんだ。その父親はメイドに私を生ませた。私は、弟が生まれてくるまでは父親の跡を継ぐ人間だった」
「もしかして、奥さんから弟さんが生まれてしまった……とかですかね」
「そう。だから私は母親とともに家を追い出された」
そしてここに辿り着いた、とマルチェロさん。そんなマルチェロさんの表情がとても切なくて、私は胸が締め付けられた。だってこの話めちゃくちゃ重い。田舎で両親に愛されて不自由なく育った私とは正反対だ。
「私は、本当は生まれて来なければよかったのかも知れないな。今は部下を従えているが、本当は私は必要のない人間なのかもしれない」
悲しそうに、笑うマルチェロさん。私は、その言葉になぜだか涙が溢れた。
「私はマルチェロさんが必要です。もちろん今日から上司だからってのもありますけど、なんか上手く言えないですけどそれだけじゃないといいますか」
上手く言葉にはできないけれど。
「突然何を言っているんだお前は」
マルチェロさんが苦笑する。
自分でもよくわからない。わからないけど、私はマルチェロさんが必要な人間じゃないし、生まれてきてくれてよかったと思う。
「気休めに聞こえてしまうかもですけど……マルチェロさんは他の人と違ってこうして介抱してくれてますし、私の中ではすごく良い人という認識なんですよ。そんな良い人がそいう悲しいこと言わないでほしいです」
「……」
「みんながマルチェロさんを必要としていなくとも私はマルチェロさんが必要ですからね。覚えておいてください」
もう、ヤケクソだ。酔った勢いで何でも言ってしまおう。いざとなったら明日からは「ええー私そんなこと言いましたっけぇ? 覚えてませーん」と言えばいい。
「そんなクサいセリフ、よく真顔で言えたものだな」
「んんっ今のは感動する場面じゃありませんでした?」
スルーするなんてちょっと酷いですマルチェロさん。スルーはされたけど、マルチェロさんは微笑んでいた。
おっと初めて見たぞそんな顔もできたんですねマルチェロさん。
「お前を私の部下にしたのは正解だったようだな、」
「ほあ」
くしゃりを頭を撫でられた。まるで子供みたいに扱われてムッとする。
「――実は私がお前に一目惚れしたから、だったらどうする?」
「え?」
まってまって。今なんて言った?
頭を押さえられていて、マルチェロさんの表情は見えない。
「以前、お前が住んでいた村に祈祷しに行ったことがある。その時に、私は見ず知らずのお前に一目惚れした。そのお前がまさかここにくるなんて、夢にも思わなかった」
ぽつりと、マルチェロさんは呟いた。
ああ、そういえば以前村に聖堂騎士団が来たことあったんだっけ。その中にマルチェロさんはいたのか。
「……下心アリアリじゃないですか」
「そうだな。まぁ、これから覚悟しておくのだな」
マルチェロさんの手が私の頭から離れたものの、私は真っ赤になった顔をマルチェロさんに見られたくなくてしばらく下を向いていた。
執筆:04年12月16日
修正:20年8月17日