ねぇ、もう一度キミに伝えるよ



 好きになってしまったのは仕方ない――だけど、相手が悪すぎた。
 最初は興味本位だった。勇者の冒険についていくなんて、なんて楽しそうなのかしら! そんな軽い気持ちで彼らの旅に同行したものの、ここまで来るのにそれはもう苦難の連続だった。ウルノーガを倒したと思ったら今度は勇者の星が落ちて、あの勇者ローシュでも倒せなかったという敵に立ち向かおうとしているのだから。何度後悔したことだろう。だけど乗り掛かった船だし、今更街に戻るわけにもいかない。でも、ある時自分が恋をしていることに気づいた私は考えを改めた。共に苦境を乗り越えてきた仲間たちの役に立てる喜びよ。特に、彼の役に立てるのならば……これ以上の幸せなんてないんじゃないだろうか。さぁ、彼と共に世界を守ろうではないか。

 最近元気がないわね、と声をかけてくれたベロニカがセーニャと一緒に相談に乗ってくれることになり、私は拳を掲げながら自らの気持ちを吐露した。つまるところ、恋愛相談である。

「もういっそ当たって砕ければいいじゃない」

 ベロニカが両手を腰に当てながらニカっと笑う。

「酷いなぁ。叶わない恋だと知っているのに当たるわけないじゃないのー」

「それで、肝心のお相手はどなたなのですか? カミュ様? シルビア様? それとも、まさかのグレイグ様?」

 私は自分の想い人の名前を口にしていなかった為、セーニャが興奮気味に捲し立ててくる。キナイとロミアの時にも思ったけれど、セーニャはこういった恋の話になるとすごく楽しそうというか、輝いている。
 私は一旦深呼吸をし、二人から目を反らしながら小さく呟いた。

「……イレブンです」

「うそっ! マジか!」

「ベロニカったら、驚きのあまりカミュになってるー!」

 どうやら二人にとって意外すぎる人物だったようで、ベロニカとセーニャは顔を見合わせて目を丸くしていた。ベロニカに至ってはカミュの口癖を無意識に発してしまったらしい。そんなに吃驚させてしまったことへの罪悪感と、初めて他人にカミングアウトした羞恥心で顔が熱い。このまま焼けてとけて無くなってしまうのではないだろうか。

「うーん、さんがイレブン様と特別親しげに話しているのを見た事がないので意外でしたわ。むしろ、避けているかのような印象を受けていました」

「好きになってから、何だか上手く話しかけられなくなっちゃって。ひたすら影から見守るスタイルだったからね。必要最低限の会話しかした記憶がないよ。でも好きなの。もう見ているだけで幸せよ。先日、入浴シーンも見てしまったの」

「それはストーカーと言うの、知ってる?」

 口元を両手で覆いながらもニヤニヤが隠せていないセーニャと、私の言葉に呆れるベロニカ。うんうん、自分でも行動力のなさと勇気のなさに驚愕だったよ。どうして私には『ゆうきスキル』がないのでしょうか。とても必要だと思います。戦闘をこなす度に勇気がわいてくる――素晴らしいじゃないですか。本当は前みたくイレブンと色んなお話したいし、隣に腰掛けてごはんを食べたいの。向き合って食べるのはちょっと恥ずかしいから、そこは隣でお願いします。

「しかし、なるほどね。イレブンがに嫌われてるんじゃないかって気にしてたけど、逆だったわけね」

 ベロニカの言葉に、私は耳を疑った。

「えっ、何々? 私、イレブンに誤解されてるの?」

「こっそり聞かれたことがあったの。でも、世界樹に行った時くらいから妙に吹っ切れた様子よ」

 何それ。私、イレブンにどうでもいいって思われちゃってるってことなのかな? 戦闘でも普通に連携してくれるし、どうでもいいというのは語弊があるけれど。とにかく、それってもう絶望的な状況なのでは?

「お姉様のおっしゃる、妙に吹っ切れた様子というのは引っかかりますが、告白をして誤解を解くのはどうでしょうか!」

 セーニャの意見で、私は体温が急上昇するのを感じた。
 もし、告白が成功すれば……大好きなイレブンとの幸せな日々が送れる。もちろん、ニズゼルファを倒してからの話になるけれど。だけど、成功する確率なんて極めて低い。何故なら、イレブンの周りには多種多様な女性たちが揃っている。しかもみんな魅力的な方々だ。

「ご、誤解は解きたいけど、告白はちょっと……! 姉属性、ロリ属性、天然属性、幼馴染属性、オネエ属性、相方属性、堅物属性、えっちなお爺ちゃん、肝っ玉母ちゃん、人魚の女王様――イレブンの周りは完璧な布陣で固められているから入り込む隙間が見当たらないの! 私みたいな無個性な人間、相手にするわけがない!」

「お、落ち着きましょう! わたしは逆にさんとイレブン様は似た者同士でお似合いだと思いますわ!」

「あー、確かに。ぼんやりしてるとことかね。二人で夕暮れの浜辺で膝を抱えて座りながらボーッとしてるだけで幸せになれそうなイメージあるわ」

 目を回す私。二人が必死にフォローしてくれて、なんとか持ち直す。

「そっ、そうかなぁ。ああっ、でもでもエマさんが魅了にかかりにくくなるお守りを渡していたし……! あれって私みたいな悪い虫が寄り付かないためのアイテムだよね! 今めっちゃ効果出てるよ! どうしよ、勝ち目ない!」

 が、すぐにまたネガティブ思考に戻ってしまう。デモデモダッテダッテが炸裂だ。

「もう、面倒くさいわね」

さん、お姉様……!」

 舌打ちをするベロニカの服の裾をくいくいと引っ張るセーニャ。私とベロニカが彼女の視線を追えば――私は失神しそうになった。
 なんと、イレブンがあらわれた!

「あら、イレブン。丁度いいところに来たわ。がね、イレブンとお話したいそうよ」

「ベロニカ様ー!?」

 そんな、見捨てないで!
 捨てられた子犬のような目を向けるも、ベロニカはニヤリと笑うだけ。セーニャもその隣で拳を上下に振って応援する素振りを見せてくれている。くぅっ、これはイレブンと話すしか道はない……!

、話って何?」

 イレブンがさらりと髪を揺らしながら首を傾げる。その動作、狙ってやっているとしか思えないんですけど。100点満点あげちゃうし、花丸もつけてあげちゃうんだから。

「そっその……サラサラな髪、素敵よイレブン」

「ありがとう、僕の唯一のアイデンティティだよ」

「そんな事ないよ! その流れるような髪からふんわり漂うシャンプーの香りとか最高に最高よ! めっちゃいい匂い! イレブンはお花の妖精さんの生まれ変わりなのかしら!」

 ――グダグダだった。
 残念すぎる会話の内容。自分でも何言ってるのかさっぱりわからない。違う、こんな話をしたいわけじゃない。告白をしないにしろ、誤解を解きたいのだ。

「ダメだわ! ったら混乱してて何を言っているかわからない」

「お姉さま、シルビア様をお連れしますか?」

「セーニャ、今ここでシルビアさんを連れてきたら更に混乱するからやめましょう」

 傍らでは私のポンコツぶりにドン引きする双子姉妹。もういっそシルビアを呼んでこの場をめちゃくちゃに引っ掻き回して全てなかったことにしてほしい。
 とにかく、誰か……このどうしようもない会話の流れをぶった切ってくれ。

「あのね、。僕も話があってね」

「は、はい!」

 意外や意外、手を差し伸べてくれたのはイレブンだった。流石! 天使! 私の勇者! おっと、これは言いすぎてしまった。
 私が脳内で一人感動していると、突如イレブンが私の手を取り、両手で包み込んだ。一瞬何が起きたのか理解できなくて、数秒遅れてビクリを肩を震わせた。
 恐る恐るイレブンの目を見れば、とても真剣な表情。

「僕たちについてきてくれて、ありがとう。には旅の目的はないはずで、本来ならこんなに大変な思いをしなくてもいいはずなのに、一緒に戦ってくれて感謝してるんだ」

「イレブン……?」

「だけど、がつらいなら……いつでも街に戻っても平気だよ」

 それって、私はもういらないってこと――?
 私がイレブンを避けてしまったことで、雰囲気が悪くなってしまうから? 確かに、世界の命運をかけた決戦の前にこんなんじゃ……ダメだよね。今ここでしっかりと誤解を解かなきゃ。イレブンを避けてるのには理由があるから。私は、最後までイレブンと一緒に戦いたい。

「つらくなんてないの! 私、イレブンのことが大好きで、イレブンの力になれるならどこにだってついていくから! だから、イレブンが私を必要としなくても、どうか……帰れなんて悲しいこと言わないで」

 イレブンの手を握り返し、必死に訴える。
 一瞬、時が止まったように感じた。ベロニカとセーニャも、固まってしまっている。

、僕の事が好きなの?」

「あ」

 イレブンの言葉で、時が戻る。そして、私も我に返る。今すぐこの場から逃げ出したくなった。しかし、まわりこまれてしまうだろう。ベロニカとセーニャに。そして、今このまま言い逃げしてしまったら、きっと誤解はとけないままだ。それは、ダメ。

「よかったぁ、嫌われてるのかと思ってた」

 にこっと優しく微笑むイレブン。私は何とか必死に言葉を紡ぎだす。

「ご、ごめんね……イレブンを前にすると、すごく恥ずかしくて、顔も赤くなっちゃうから。今だって、とても恥ずかしいの」

「ありがとう、僕もが大好きだよ」

「へっ!?」

 ミラクルが起きたと思った。イレブンも、私と同じ気持ちだったなんて……!? こんな、何の特徴も持たない私を選んでくれただなんて……どうして、こうなった。
 イレブンと目を合わせることができず、目を泳がせていると、

「もちろん、ベロニカとセーニャやカミュ達も大好き」

 ……お約束のオチであった。
 ベロニカとセーニャも二人で大きなため息をついた。
 イレブンには、まだ恋愛は早かったのかな。そうだよね、イシの村はのんびりとした良い村だし、そこで育ったイレブンもこの手のことはのんびりしているのだろう。だけど、これだけは知って欲しい。
 仲間だからとか、勇者だから好きになったんじゃない。イレブンという一人の男性として好きになったの。
 ――その言葉は、ニズゼルファを倒して、世界に平和が戻ったら、必ず伝えよう。

「ねぇ、。全部終わったら――今度は僕から言わせてね」

「?」

 イレブンは私を見ているはずなのに、違う誰かを見ているようだった。
 その理由が分かったのは、ずっと未来の事――。




ウルノーガを倒して夢主に告白されて両想いになれたのに過去に戻ってしまったから冒険も恋もやり直し中のイレブンさんが描きたかったのですが、火力不足でした。

執筆:17年08月25日