仕事終わりにどうですか?
デルカダール城の門番。それが私の仕事だ。
朝から晩まで見張りを……しているというわけでもない。時には暇を持て余したご婦人たちの会話に混ざり、民の為に尽くすことだってある。
「ちゃん、あんたにはいい人がいないのかい?」
ソルティコへ旅行に行きたいと盛り上がっていたご婦人たちの話題が急に変わり、突然話を振られた私は目を丸くした。残念ながら、ご婦人たちが燃える話ができるような恋とは縁遠い生活をしている為、燃料は投下できない。
「はぁ、そんな人いませんねぇ。そもそも仕事が忙しいので出会いのチャンスすらないんですよー」
「そうなの? もったいない、こんなにもべっぴんさんなのにねぇ……」
「あはは、私も恋人を作って人生を楽しみたいんですけどねー」
それもこれも、上官であるホメロス様のせいだ。ホメロス様のせいで婚期を逃したら末代まで呪ってやると決めている。 ご婦人たちは哀れんだ顔をしながら私を見ていた。そんな顔で見ないで。
※ ※ ※ ※ ※
定時になり他の兵と交代して帰り支度を急いでいると、運悪くホメロス様に見つかってしまった。「後程、私の部屋に来い」と言われて、ホメロス様の姿が見えなくなったところで嫌な顔をする。これは日課のようなものだ。
ホメロス様は私がどんなに頑張ってもなかなか定時で帰らせてはくれない。高確率で見つかってしまう。そしてホメロス様の長い長い愚痴を聞かされながら書類の整理を手伝わされるというつらーい残業をこなすのだ。逃げようものなら査定に響き、私のお給金に痛恨の一撃であろう。
うう、これだから一般兵士はつらい。たまには定時上がりで夜の街を練り歩きたいものだわー。
先程仕事を終えたはずの私がトンボ返りしている姿を見た先輩たちに同情されつつホメロス様の部屋に向かえば、ホメロス様が部屋の前に立っていて、私を見るなりご一喝。
「遅い!」
「はぁ……すみません」
ホメロス様に怒られるのなんて、もう慣れっこだ。最初は怖かったけど、もう全然怖くない。
「お前はいつもそのようにやる気がない。向上心もない。少しは私を見習うがいい」
さらりとした髪をかき上げ、部屋に入るホメロス様の後に続く。
やる気のない兵士ですみません。でも、時間内に仕事を終わらせない上官様の尻拭いを毎日やらされているこちらの気持ちも少しは察して下さいよデキる上官様。
まさかそんなことは口にしないけれど、お腹の中で悪態をついて見せる。それが表情に出てしまったのか、ナイスなタイミングで振り向いたホメロス様は眉間に皺を寄せたので、私は慌てて笑顔を作った。
「――さぁ、これが終わるまで帰らせないからな」
ホメロス様が殺人的な量の書類をデスクに乗せると、まるで地鳴りのような鈍い音がした。
おかしいな。昨夜も頑張って終わらせたんだけど、どうしてこうなってしまったの。前から思ってたけど……
「ホメロス様って昼間何してんですかね。ちゃんと仕事してんのかよー。サボってるとしか思えないわー」
「おい、思っていることが口に出ているぞ」
後頭部を思いっきり叩かれてよろめく。んんっ、私としたことが、ついうっかり。
ホメロス様は咳ばらいを一つすると、言い訳を始めた。
「昼間は王の相談に乗ったり民の様子を見に城下町へ視察したりと忙しいのだ。対してお前はただ城門に立って日がな一日を過ごしているだけではないか」
なので、私も対抗してみせる。
「お言葉ですが、私も城門にてご婦人たちの井戸端会議に混ざり、民の様子を把握しているのですよ。城に怪しい奴を通さないだけでなく、民の暮らしぶりにも目を向けているのです。これでも立派にお務めを果たしております」
ドヤ顔で鼻を鳴らせば、ホメロス様がジト目で私を見る。くっ、今のホメロス様のこの酷い顔をホメロス様を愛してやまないご婦人たちに見せてやりたいところだ。
「――なるほど、そういうことか」
形の良い顎に手を添えながら口角を上げるホメロス様を尻目に書類を束ねる。
「何を一人で納得されているのですか? ろくでもないことですか?」
テキトーに相槌を打てば、ホメロス様は鋭い目で私を睨み付けたが、汚したらいけない大切な書類を人質にしてあるので手は出されなかった。
「最近ご婦人らによく声をかけられるのだ。結婚はしないのか、とな」
ウワァ、ホメロス様ってば私と同じようなこと聞かれてるんだ。
確かに、ホメロス様も独身だ。この顔でこの人気ならば彼女の十人や百人いそうな感じではあるのに、誠に残念ながらグレイグ様の事しか頭にないものだから浮いた話が全くない。それは城内で周知の事実。一部では男色なのではないかという噂さえある。私もそうなんじゃないかって疑っている一人。真実はどうであれ、そんなことよりも残業を減らしてくれと切に願う。
「はぁ。ホメロス様もそろそろいい歳ですものね」
「そして、結婚相手に必ずお前を推される」
「ぐふっ」
予想外の言葉にダメージを受けた。ご婦人方、一体どうしてそんなことをするの……知り合いの独身同士でくっつければいいという問題でもないでしょうに!
私がダメージを受けて固まっていると、いつの間にかホメロス様が私の前に立っていて、
「お前が普段ご婦人たちに何を話しているかは知らぬが、お前は私のことをを好いているのか?」
と、破壊力のある質問を投げかけてきた。
「は……はぁ!? そんなわけ……」
そんなわけ、ないのだろうか?
思い返してみると、仕事の事を抜きにすればホメロス様自身を嫌だと思ったことはないし、寧ろ楽しい……? でもそれは好きってわけでもないんじゃ――
言葉に詰まっていると、じりじりと距離を詰めてくるホメロス様。逃げるものの、壁に追い詰められてしまう。
「私はお前のことを好く思っているが?」
イケメンに至近距離でそんなことを言われて、ドキっとしない女子はいるでしょうか。
私は暴れる胸の鼓動を手で御そうと両手で胸元を抑えながらホメロス様から目を背けた。
「い、いやー、ホメロス様はグレイグ様の事しか見えてないみたいだったから、そう、グレイグ様にしか興味が無いものだと思ってたから、さん吃驚です! ちゃんと他のものにも興味があったのですねぇ!」
「気色の悪い事を言うな。その口を塞いでやってもいいのだぞ」
「……それはとても光栄です事」
強がってみせるものの、やっぱり少し怖かった。
次第にホメロス様の整った顔が近づき、そして――
「いっ!?」
キスをされるのかと思っていたのに、頬を摘ままれただけで終わった。ホメロス様は勝ち誇った顔をして私から離れ、背を向けた。
「今は、生意気なお前のその表情が見れただけで満足だ。それと、明日は残業は無しだ。飲みに行くぞ」
「え……それって」
仕事終わりにデートをしようという、お誘いなのだろうか? デルカダールの軍師様は、意外とウブなんだなぁ。
「わかったな、」
私の名前を呼んだホメロス様の顔は真っ赤に染まっていた。
執筆:17年08月13日