※Version4ネタバレ有
時を超えた告白
私の隣にいるこの男、クオードの顔はかなり整っている。イケメンってやつだ。エテーネ国の王子様でありながら王国軍団長なんかもやっちゃってるんだから、モテないわけがない。剣の腕だって私と同等かそれ以上だし、ザオリクだって使えちゃう。この時代だけじゃなく、もうずっとついてきてほしいくらいだ。そんな完璧な彼と街を歩けば女の子たちの黄色い声が聞こえてくる。だけど――
「何だ、さっきから人の顔をじろじろと」
「メレアーデは優しい顔をしているのに、クオードはキツそうな顔してるよね」
イケメンなのは認めるけど、姉であるメレアーデとは似ていないなぁと常々感じていた。顔もそうだけど、性格もな。これは絶対言わないけど。
「姉さんと俺は似ていないと?」
正直な感想を述べた後、私はクオードの表情が変わったのを見て顔を青くする。うん、明らかに不機嫌になっている。気にしていたのだろうか。クオード、めちゃくちゃシスコンだもんな。そりゃあ、メレアーデと似てないなんて言われたら「本当に姉弟なの?」って言われたようなもんだもんな。これはシスコンクオードなら怒る。
「あ。いやいや、滅相もございませんよ。ただ、クオードには……そう、笑顔が足りないのよね」
「笑顔」
「そうそう、スマイルスマイル」
私がニカッと笑って見せると、
「まるでバカ面だな、お前の笑顔は」
そう言って鼻で笑うクオード。
仮にも乙女に対してその言葉は失礼すぎではないだろうか。そのバカ面の下では泣き顔だわ。
まぁ、でも確かに今クオードは笑ってくれた。嘲笑というひっどい笑顔だったわけだが。
「はぁ。クオード違う、笑顔は笑顔でも私が望んだのはそんなね、人を小馬鹿にしたような笑顔じゃねぇんだ」
乙女の笑顔をディスられた怒りを隠せずつい言葉が乱暴になってしまう。ちなみに王族であるクオードに対してそんな失礼なことが許されるのは、私と彼の関係が良好だという証ではある。
もうこれ以上クオードに何を言った所で仕方ないと悟った私は大きな溜息をひとつ。そんな私を見たクオードは少しの沈黙の後に
「だが、俺はお前のキリッとした時の顔は嫌いではない」
――と、私の頭を優しく撫でる。
おっと、ここにきてまさかのデレが入るとは……なかなか私の扱いが上手いんじゃないですかねクオードさん。
なんとなく照れくさくて、私はクオードから視線を外した。
「エッ、そんな顔した事あったかしら私」
「お前がどこから来たのか、何を成そうとしているのか、冒険の目的さえ俺にはわからない。だが、いつもふざけているお前が時折見せる懸命さには一目置いているんだ」
「褒められてしまった」
真面目な顔したクオードが一瞬目を伏せ、私の顔を見つめる。ふと目が合い、私は首を傾げた。
「――それで、教えてはくれないのか?」
「何を?」
「お前が背負っているものだ。ただの冒険者には見えんからな。それくらいはわかる」
あーらら、クオードにはお見通しだったか。私が只者ではないということを。
「ふふ、どうやら私から溢れ出るオーラを感じ取ってしまったようだね」
「お前の行動や言動から察しただけだ」
おふざけにもノッてくれない所からすると、クオードは相当私の事を知りたいらしい。困った困った。
私は、この時代から5000年後からやってきたエテーネの生き残り。勇者の盟友としてアストルティアを滅亡から救う旅をしている。我ながら、これって結構すごいことだと思うんだよね。ネルゲルがエテーネ村を襲ってくるまでは平凡な村娘だったんだけどなぁ。
「クオードはさ、私が言ったことを全部信じてくれる? こんなふざけた奴の言う事を、信じられる?」
「……内容による」
「それは残念! 話した所で信じてもらえないなら話す意味はありませーん」
未来から来ただなんて、嘘のような話をクオードはきっと信じてくれない。信じてくれたとしても私たちは同じ時代の人間じゃない……それを知ったら貴方は私をどう思うだろう。この心地いい関係はどうなってしまうのだろう。もし、クオードに避けられるようになってしまったらと考えるのが、怖い。それなら、このまま黙っていたい。
だけど、クオードは納得いかないといった顔で私を睨んでいた。
「そんな顔されているうちは話せないなぁ。いつか、クオードが私の事を心から信頼して、笑顔を向けてくれるようになったら全部話すよ」
本当は、まだ私がの方がクオードの事を信頼できていないのかもしれないなんて思う。
――それは、まだクオードが少年の姿であり、エテーネの城が空中に浮かんでいた頃の事だった。
あの時のやり取りを思い出したのは何故なのだろうと疑問に思っていたけれど、今思えばそれは何かの知らせだったのかもしれない。
キュロノスからメレアーデを庇って負傷したクオードが司令部の軍団長室に運ばれたと聞いた私はすぐさま彼の元へと向かった。そこには息も絶え絶えなクオードの姿があった。
駆け寄った私に気付いたクオードは傷ついた手で私の手を握る。大人になって大きくなった手。だけどその力は弱々しく、今にも擦り抜けてしまいそうで、私はしっかりとクオードの手を握り返す。
「いつ……だったか、お前を心から信頼したら全部話してくれると言ったな」
「うん、言ったけど……でも!」
今はそれどころじゃない。だって、あなたはこんなにも傷ついて、すぐに死んでしまいそう。ねぇ、どうして周りの人たちは突っ立ってるだけなの? ホイミしようよ。ザオラルかけようよ。今僧侶や賢者ではなく、戦士の職に就いてしまっている自分に一番腹が立つ。
「すまない、お前の事は全部姉さんから聞いた……お前も、つらい旅をしてきたんだな……」
だんだんとクオードの呼吸が荒くなっていく。正直、私の話なんてどうだっていい。クオードとの関係が崩れるのが怖くて黙っていた私が悪い。
「ううん、クオードの方がずっとつらかったはずだよ。だから、今は休んで早く怪我を治そうよ」
「は、俺のこと、信頼してくれるか……?」
信頼しているに決まってる。
「あたりまえじゃん。すごく信頼してる」
だから私は精一杯の笑顔をクオードに見せつけてやった。涙は止まらなくてぐちゃぐちゃだろうと関係ない、これが私の最高の笑顔だ。それが信頼しているとわかってもらうために。
クオードはそれを見ると満足そうに微笑み、掠れて消えそうな声で、確かにそう言った。
「俺は、お前が、好きなんだ」
「何で……、今そんな事……」
「笑ってくれ、。愛して……る」
クオードの目から一筋の涙が溢れ落ち、それと同時に胸元に置かれていた手がずるりと落ちてぶら下がった。
――それが、彼の最期の言葉になった。
「ねぇ。ずるいや、クオード……私はまだあなたに返事を聞かせていないのにっ」
例え世界を守れても、あなたがいないのなら意味がない。自分勝手だとわかっている。だけど過去にも未来にもクオードがいない世界なんて、守る意味は――ない。
だから私はエテーネルキューブを取り出し、構えた。
「、何をするつもりキュ!」
「クオードを助ける。どんな手を使ってでも」
一度目は時見の神殿、二度目はウルベアで。
私はクオードを守れなかった事を後悔して、苦しい思いをした。そして貴方は戻ってきてくれた。でも、もう戻ってこない。今度こそ絶対に守ると決めたのに――こんな結末になるなんて、私は認めない。もう、これ以上後悔も苦しい思いもしたくない。
「……」
キュルルの表情は、そんな私の考えを否定したものだった。「やめろ」と言いたいのだろう。それでも私の気持ちは変わらない。
「どんな呪いや罰を受けようが構わない。私は、世界よりも大切なものを守るよ」
そして、彼に私の答えを伝えてみせる。
――必ず。
ズーボーはんを時渡りで救えたなら、クオードやパパンも救えないんですかね。主人公可哀相すぎ問題。サブクエでもいいからやってほしい。
執筆:19年11月
加筆修正:20年7月22日