太陽に愛されたら



 カミュと喧嘩をした。きっかけは些細な事だけど、お互いにどうしても譲れなかった。後になって、もっとカミュの考えも理解して譲歩できたら良かったと後悔するも……顔を合わせればカミュは顔を背けて目を合わせてくれない。謝るに謝れなくて、どうしたらいいのかわからなかった。
 もう夜も遅いし、明日なんとか仲直りできたらいいのだけど……何て声をかけたらいいのだろう。
 宿屋に来てからもずっと他の仲間たちに相談しようかどうか迷っていたけど、なかなか言い出せずにいれば、気付いた時にはベロニカたちはもう既に夢の中。私は一人、部屋の窓際で夜空を見上げながら大きなため息をついた。

「あら、ちゃん。まだ起きてたの? 夜更かしはお肌の大敵よん」

「ひっ!?」

 月明かりでうっすらと見える程度の暗闇で、美肌パックを顔につけたままのお化けのようなシルビアに声をかけられた私は一瞬ビビッて小さな悲鳴を上げてしまった。すると、シルビアは「やぁだ、失礼ね!」と頬を膨らませる。

「ごめん。えっと、眠ろうと頑張ってるんだけど、なんだか寝付けなくて。シルビアはどうしたの? ていうか、ここ女子部屋だけどどうしてこんな堂々と入ってきちゃったの?」

「どうしてもちゃんが心配でね、こっそり来ちゃったのよ」

 両手を胸の前で組み、内股で腰をくねらせるシルビア。その仕草と口調だけは女性なのだけど、外見は男性だ。それなのに、私を心配して女子部屋に来てくれただなんて……。男性でありながら女性的であり、考え方もしっかりしていて常に最善の道を選ぶような大人なシルビアがハレンチな真似をすることはないとわかっている。それに、キャンプの時だって普通に隣で眠ることだってある。けど、こうして宿屋で男女別々の部屋を取れば、周りの目というものがある。

「――ありがとう、シルビア。ここだとベロニカたちが起きちゃうかもしれないし、場所を変えよっか」

「ええ、そうしましょ」

 人差し指を口元に寄せて「しーっ」と言ってにっこりと笑ったシルビア。美白パックはいつのまにか外されていた。シルビアのことだから、もしかして美白パックは元気のない私を笑わせるための小道具だったのでは――だとしたら、ビックリして笑えなくて本当に申し訳ないなぁと思い、肩を落とした。



※ ※ ※ ※ ※



 宿屋の外に出てひと気のない場所に来ると、シルビアは空を仰いでくるりと一回転。服がふわりと揺れて、ほんのりとシルビアのいい匂いが鼻腔を掠めた。

「あーん! 見てみて、ちゃん! 綺麗な夜空ね! まるで吸い込まれちゃいそうじゃない!?」

 つられて空を仰ぎ見れば、空気が澄んでいてよく見える星々。思わず感嘆の声が漏れてしまう。見慣れたはずの夜空だったけど、改めてきちんと見てみるといつもと違うように見えて新鮮だ。

「わぁ、すごい……なんだか、悩んでたことがちっぽけに思えるというか、ちょっとスッキリしたかも」

 ハァと息を漏らせば、シルビアが苦笑いを浮かべる。

ちゃんの悩みっていうのは、カミュちゃんとの仲直りができてないこと、よね」

「……あたり」

「発端はたしか、イレブンちゃんを守ったちゃんが怪我をしてカミュちゃんが怒ったんだったかしら?」

「そう。そういうのは男のオレに任せてお前は自分の身を守れ、って。確かにそうなんだけど、私だってイレブンを守りたかったんだぁ」

 この街へ向かう途中のことだった。魔物と遭遇して戦ったものの、今の私たちの強さでは少しキツい相手だった。瀕死になってしまったイレブンを庇った私が傷を負って瀕死になったけれど、セーニャにベホマラーをかけてもらったから事なきを得た……が、一緒に戦っていたカミュが顔を真っ青にしたのだった。その口論の末、今に至っている。

「カミュちゃんは、ちゃんのことが大好きだから、傷つくのが見たくなかったのだと思うのよ。もちろん、アタシも見たくないわ」

 ――カミュが私を大好きかというのは誤解を招く表現だけど、仲間として大切にしてもらっているというのは常日頃から感じている。

「……うん。カミュが私のことを心配してくれてるのはわかってたはずなんだけど、つい反発しちゃったの。謝ろうとも思っても、目も合わせてくれないし」

「心配してくれてるって事がちゃんとわかってるなら、大丈夫! カミュちゃんも、きっと素直になれないだけよ! 明日になったらきちんと謝ればいいわ。また目を合わせないようなら、アタシが羽交締めにしてカミュちゃんの顔をしっかり押さえてア・ゲ・ル!」

「ふふっ、シルビアが押さえつけてくれるなら心強いね」

 ウィンクを決めながら「任せて!」と力こぶを見せるシルビア。ほっそりした躰に、がっちりとついた筋肉……これはきっとカミュも逃げられないだろう。

「ところで、こんなステキな雰囲気の場所で年頃の男女が二人きりなんて……ドキドキしちゃうわよね」

 そんなシルビアの言葉に、私は目を丸くした。
 シルビアはおねえ系の人だから、この場合は私が男……ということなのだろうか。

「えっ? シルビアは私のこと、男として見てるの?」

 私の答えにシルビアが吹き出す。

「やーねー! そんなわけないでしょ! アタシだって、こんなに可愛い女の子を前にしたら男でいたいと思っちゃうのよ?」

 そう言って私の頭を優しく撫でた。
 とりあえず、私のことを男として見ていないということに安心だ。それに、可愛いと褒めてくれたことが嬉しくて自然と口角が上がってしまう。

「シルビアはお世辞が上手なんだね。ありがとう。勇気だけじゃなく、自信まで持たせてくれるんだもの。頭が上がらないなぁ」

「んもう、お世辞じゃないわよー! それに、アタシはちょっと話を聞いてあげただけ。そんな大層なコトしてないわ」

「ううん、話を聞いてくれただけでも、すごく救われたの。シルビアはいつだって私たちを笑顔にしてくれる……太陽のような人だよ」

 私を心配して部屋を訪ねてきてくれたこと、話を聞いてくれたこと、元気づけてくれたこと――シルビアの行動と言動のひとつひとつが、私を笑顔にしてくれたのだから。
 にかっと笑ってみせると、シルビアは少し困ったような顔をしながら両頬を手で押さえた。しかし、月明かりだけでわかるほど顔が赤くなっている。こんな余裕のない表情は珍しいなぁと思いながら、乙女のようなシルビアを見つめた。

「もう……っ、ちゃんったら褒めすぎよ」

「本当の事だよ。シルビア、いつもありがとう」

「……最高の、殺し文句ね」

 小さくため息をついた後、シルビアが私をそっと抱きしめる。

「えっと、シルビア?」

 いつもイレブンに抱き付いているのはよく見かける。だけど、まさか私が抱きしめられるなんて思いもしなかった。少しの驚きと戸惑いで、思考が上手く回らない。だけど、拒もうという気にはならなかった。それは、シルビアが女性的だから同性同士のスキンシップとして認識しているからなのか、私がシルビアのことを異性として好きだからなのかは、よくわからない。

「ごめんなさいね。とっても嬉しくて、我慢できなくなっちゃったの。もう少しだけこのままでいさせて頂戴」

「うん、シルビアっていい匂いであったかいから全然問題ないよ」

 少し震えた声のシルビアの背中に手を回せば、「ありがとう」と嬉しそうに呟かれた。



※ ※ ※ ※ ※



 翌朝、みんなと合流してカミュと顔を突き合わせた私は、すぐにカミュに駆け寄って頭を下げた。

「カミュ、昨日はごめんね。カミュはイレブンだけじゃなくて私の事も心配してくれてたのに」

 すると、カミュは一瞬驚いた顔をした後、すぐに眉尻を下げた。

「オレこそ、キツい言い方しちまって悪かったよ」

 手を差し伸べられて、私はその手を掴む。仲直りの握手だ。お互いに見つめ合って笑いあっていると、突然背後から誰かに抱きしめられた。

「こらこら! カミュちゃんったらいつまでちゃんの手を握ってるの!? ちゃんはアタシのなんだから、取っちゃダメよん!」

 驚きながら振り返れば、そこには頬を膨らませたシルビア。

「マジか! お前らいつの間にそんな仲に?!」

「え、まって……シルビア、何を言って――」

「やんっ、昨日あんなことしちゃった仲じゃない! 責任取ってよね、ちゃん!」

 そんな私たちのやり取りを見ていた他の仲間たちまでシルビアの言葉に反応してしまう。視線は私とシルビアに集まり――

「へぇ。ってば、夜に部屋を抜け出してたのはシルビアさんに会いに行ってたからなのね」

「夜中にこっそり二人だけでの逢瀬だなんて、素敵ですね!」

「シルビア、おぬしも男だったというわけじゃな」

 双子は顔を見合ってにんまりと笑い、そしてロウさんがニヤニヤと笑った。マルティナとイレブンに助けを求めるべく視線を送れば、マルティナは顔を赤くしながら私から目を背け、イレブンはニコッと笑いかけてくれただけ。 これはもう、完全に外堀を埋められた感がすごい。

ちゃん、大好きよ」

 愛の言葉を囁いたシルビアの柔らかな唇が、私の額に触れた。



執筆:17年08月16日