軍事国家バロン。
飛空艇団「赤い翼」、竜騎士団、近衛兵団、暗黒騎士団、
陸兵団、海兵団、白魔道士団、黒魔道士団の8つの軍団を持っていて、
その中でも飛空挺を扱う「赤い翼」の飛躍ぶりは凄まじかった。
しかし、最近のバロンの治世はあまり良いとは言い難く、兵たちや民の不安は募るばかりだった。
竜騎士団の副団長・は竜騎士団の詰め所に急ぎ足で向かっていた。
表情を曇らせながら勢いよく扉を開けると、そこには突如扉が開いて驚いた顔をしている数人の兵士と、
「騒々しい。」とを睨んだ騎士団の団長…カイン・ハイウインドが机を囲んでいた。
「カイン団長、赤い翼…セシルがミシディアへクリスタルを“奪え”と勅命を受けました!
刃向かう者は殺しても構わないと、あの陛下が仰っていたそうで…。」
「何?」
の言葉を耳にしたカインは、一瞬固まった。
まさか、身寄りの無い自分やセシルにとても良くしてくれた、優しい陛下が?
そんなことはあるはずがないと、カインは自分に言い聞かせ、一旦冷静になろうと目を伏せた。
「こんなの、おかしいですよ。」
「最近の陛下は以前とはまるで別人だ。」
「一体どうして…。」
その場にいた兵士達も動揺を隠せず、それぞれの不安を言葉にする。
カインが「落ち着け!」と一喝すると、それまでざわめいていた空気は一変した。
一呼吸おいて、「俺だって…信じられん」とカインが呟く。
「セシルは?」
「先程、出発したとのことです。」
カインの問いかけに答えたのはだった。
「そうか。」
今この場にいない親友に、「お前にとって過酷だろう、セシル」と胸の内で同情した。
セシルが帰ってきたのは、それから二日後のことだった.。
無事に任務を果たしたものの、罪の無い者たちを手に掛けたのだ。
それを喜々としていられる程、純粋なセシルの心は荒んではいなかった。
セシルたち「赤い翼」の帰還を出迎えた人々はセシルを哀れんでいた。
その中からが人を掻き分けて出てくると、疲れた顔をしたセシルの前に立ち、微笑んだ。
「お疲れ様。今にも死にそうな顔だね。」
「…。」
幼い頃から二人は特別仲が良かった。
セシル、カイン、ローザ、は互いに幼い頃から知っている。
その中で一番年下だったをセシルは実の妹のように可愛がっていたし、
もセシルを実の兄のように慕っていた。
セシルが「赤い翼」の団長に抜擢されてからは任務に追われてなかなか会える時間が無かったし、
さらにが竜騎士団の副団長に抜擢されて、本当に会える時間は無かったのだ。
そんなが今、わざわざ自分に会いに来てくれている。
それは本当に嬉しいと思ったが、自分がしてきた任務のことを思うと、後ろめたかった。
「…すまない。陛下にクリスタルを届けなければならないんだ。」
上手く笑顔を作れていただろうか。
そんなことを思いながらセシルはの横を通り過ぎた。
「セシル…。」
優しくて、頼もしくて、いつも大きく感じていたセシルの背中がこの時だけは小さく見えた。
は俯き、そのまま目を伏せる。
ふと、誰かが自分の肩に手を置いたのを感じ、顔を上げる。
するとそこにはカインがいて、彼もまた険しい表情をしていた。
「団長…。」
「あとは俺に任せておけ。」
がこくりと頷くのを確認して、カインはセシルの後を追ってゆく。
大丈夫。セシルのことはきっとカインが何とかしてくれる。
そう信じながらはとりあえず自室で待機していようと、足を進め始めた。
しかし、その足取りは重たかった。
「!」
後ろから誰かに呼び止められ、はその場に立ち止まり、後ろを振り向く。
ずっと走っていたのだろう、はぁはぁと荒い息を立てながらローザがこちらに駆け寄ってくる。
「ローザ。どうしたの?」
「セシルが…帰ってきたというのは本当?今、何処に…?」
「セシル」の名を聞き、の気持ちは複雑になる。
ローザはバロン国でも指折りの美女で名高く、ローザに惹かれる者は多い。
カインもその中の一人だということを、は知っていた。
しかし、ローザはセシルを好いているということも知っている。
カインが不憫で仕方なかった。
「今頃は陛下の所だと思う。カインが後を追って行った。」
「そう…。ありがとう。」
苦笑いを浮かべ、ローザは踵を返した。
は強く拳を握ってローザを呼び止めた。
「ローザ!」
「え?」
の剣幕に、ローザが驚きながら振り返る。
「セシル、すごく落ち込んでた。後で励ましてあげて?」
カインには悪いとは思った。
しかし、にとってローザは大切な仲間であり、幼馴染である。
だからと言ってカインは大切な仲間で幼馴染でないというわけではない。
「ええ。もちろんよ。」
ローザは微笑み、「任せて」と言って去って行った。
は壁に凭れ掛かり、目を伏せた。
カイン、この恋にきっと勝ち目は無いよ。
そう思っていた瞬間。
「?そんなところで何をしている?」
「カイン団長…貴方こそこんな所に何の用でしょう?もうお休みになられるのですか?」
カインはに歩み寄り、そっと耳元で囁いた。
「…今は二人だ。仕事中でもない。団長と呼ぶのと、敬語はよせ。」
は眉間に皺を寄せ、カインを凝視する。
「…そういう言い方は誤解を招くんじゃない?」
「フッ。俺は別に誤解されても構わんが。」
「………頭でも打った?それともローザにきっぱりフラれて自棄に?」
身震いをしながら少しずつカインから離れるに、カインは小さく笑う。
「まさか。ただの冗談だ。」
「いや、カインがそういう冗談言うのも可笑しい。」
の言葉に、カインは自嘲した。
「そうだな。俺は動揺しているのかもしれん。
いや、動揺しているんだ。…セシルが、飛空挺団長の任を解かれた。」
「え?」
は一瞬、自分の耳を疑った。
セシルが、団長の任を解かれた?まさか。
信じ難い話だった。
「陛下は如何してしまったと言うの!?何故…!!」
今にも泣き出してしまいそうなを見て、「気持ちはわかる」と言いながらの手を取った。
するとは目をぱちくりさせて、カインを凝視した。
「ミストの谷までを幻獣を討伐しに行けば、陛下もきっとセシルをお許しになるだろう。
…、俺が留守の間、指揮は頼むぞ。」
「そっか、カインも行くんだ…。」
カインの手が、離れて行くと、自分の手に何か入っているのに気づいた。
指輪だった。
「えーと…カインさん?これは一体?まさかプロポーズのゆび…」
「違う。」
顔を赤く染めたカインはゴホンと咳払いをし、顔を背ける。
「守りの指輪だ。お前は副団長とはいえ、まだ未熟だからな。それを身に着けて少しでもマシになれ。」
ぶっきらぼうだけれど、自分のことを心配してくれるカインに、は心躍る気持ちになった。
指輪を中指にはめて、ニカっとはにかむ。
「カイン…。ありがとう。」
「ああ。」
そのままカインとは別れた。
その時はまだ誰も、世界が危機に瀕するとは夢にも思っていなかった。
執筆:07年8月14日