雨が降っていた。
先程までは激しい雷も伴っていたが、大分落ち着いてきたようだ。
竜騎士団副団長のは、一人山のような執務をこなしながら二人の幼馴染の無事を祈っていた。
セシルとカインがミストの谷へ向かって二日が経つ。
そろそろミストの谷へ着いた頃だろうか?怪我はしていないだろうか?
不安が募る。の頭の中は、今自分の目の前にある書類ではなく、二人のことでいっぱいになっていた。
できることならば、自分も一緒に行きたかった。
しかし、団長も副団長もいなくなってしまっては誰がこの竜騎士団をまとめるのかという事になる。
未熟ながらも自分は副団長であり、その責務を全うしなくてはならない。
「いけない、陛下に呼ばれているんだった。」
目の前の書類を簡単に揃えて机の端の方にそっと置く。
窓の外を見て、ため息をついた。雨は相変わらず降り続けていた。
セシルとカインが無事なことを祈るしかできないもどかしさにストレスが溜まりそうだ。
急いで部屋から出ると、そこには近衛兵長のベイガンが立っていた。
ベイガンはに気づくと、妖しく微笑む。
この嫌な感じの微笑みに、は嫌悪感を覚えながら頭を下げた。
「殿があまりにも遅いのでお迎えに上がりました。」
「申し訳ありません。」
陛下がお変わりになってから、この男もおかしくなった。
胸の内で呟き、ベイガンの後に続く。
この国はおかしくなってしまった。
バロン王やベイガン、半数以上の兵士達が変わってしまった。
そして最近、やたらと魔物の数も増えた。
…何かが起こる前触れなのだろうか?
はベイガンの背中を見て思う。
「しかし、殿も苦労しますね。」
「え?」
突然ベイガンに話しかけられ、は一瞬たじろいだ。
「セシル殿ですよ。陛下に可愛がって頂いていたというのに…。
殿はあの裏切り者の幼馴染ではありませんか。」
「………そう、ですね。」
ここで反論すれば、自分もいつ追い出されてしまうかわからない。
せめて、カインが戻るまで自分は竜騎士団をまとめなければならないのだ。
それがカインと交わした約束だから。
は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「陛下、殿を連れて参りました。」
「ベイガンか。」
久しぶりに会うバロン王に、は目を丸くした。
孤児であったセシルやカイン、そしての父親代わりの存在だった人物だ。
優しく、時には厳しかったが、自分達にたくさんの愛情を注いでくれた。
そんなバロン王が、今、目の前で邪な目をしながら笑っているのだ。
バロン王の様子が変わってしまってからというもの、
バロン王はほとんどベイガン以外の者と謁見することは無く、
セシルやカイン達でさえバロン王に会うことは許されなかった。
その会えなかった間に、一体何があったというのだろう。
「…陛下、この私に何の御用で御座いますか。」
はその場に跪く。
「飛空挺団『赤き翼』の新しき団長を紹介しようと思ってな。」
バロン王がニヤリを笑ったことに、は腹立たしさを感じた。
セシルを追い出して、その代わりに、こんなにも早く新しく団長を立てようというのか。
早急に団長を立てなければいけないことはわかっているが、
セシルの立場を考えると、不快なことこの上なかった。
裏切ったのはどちらだと、バロン王に問い正したくなる。
「ゴルベーザよ、入って参れ。」
バロン王の呼びかけの続き、扉が開かれ、黒ずくめの甲冑を身に着けている人物が入ってくる。
ゴルベーザと呼ばれたその男は禍々しい雰囲気を醸し出していた。
ほんの一瞬、を見ると、すぐに視線を戻した。
はゴルベーザを凝視し、しばらくしてバロン王へと視線を向けた。
「『赤き翼』の新しき団長、ゴルベーザだ。」
バロン王の紹介に続き、はゴルベーザに向かって頭を下げる。
「初めまして、竜騎士団副団長のと申します。」
しかし、ゴルベーザはに興味を示すこともなく、ただバロン王を睨み付けた。
「……………バロン王よ、用件はそれだけか?」
「ああ…そうだが。」
ゴルベーザはそのまま踵を返し、出て行ってしまった。
自分を無視したことを不快と感じる前に、畏怖の念を抱いていた。
何か、邪悪なものがゴルベーザに纏わりついているような…。
体が小刻みに震える。
「も下がるが良い。」
バロン王はゴルベーザの態度を特に気にする様子もない。
そんなバロン王に疑問に感じながら、はバロン王に頭を下げた。
「…はい…。」
返事をする声さえも震えていた。
バロン王との謁見の後の事だった。
セシルとカインがミストの大地震で行方がわからなくなったという連絡が入った。
もちろん、が冷静でいられるはずもなく、とにかくローザの所へと向かった。
ローザなら、自分を冷静にしてくれる言葉をかけてくれるだろうという期待を胸にしていたが、
逆に自分よりもローザの方が冷静ではなかった。
「ああ、!どうしたらいいの…セシルが…セシルが…っ!」
「落ち着いて、ローザ。」
「、やはり私はセシルを追ってミストへ向かうわ!」
「でも…!」
自分だってセシルとカインが心配であるのだから、ミストに向かいたいという気持ちはある。
だからローザの気持ちがわからないわけではない。
しかし、には使命があるのだ。一緒に行くことはできない。
とはいえ、ローザを一人で行かせるのは危険すぎる。
ここは城で二人を信じて待つしかない。
「心配で仕方がないの!」
の制止を振り切り、ローザは部屋を飛び出して行く。
無理に引き止めたとしても、ローザなら自分を倒してでもセシルの元まで行くだろう。
そう思い、ローザを追う事はできなかった。
「…皆いなくなってしまう…。」
部屋に独り残されたは脱力したようにその場にしゃがみ込んだ。
色々と考えることが多すぎて、の頭の中は混乱していた。
執筆:07年9月1日