シンパイゴト



セシルが剣を振り下ろす。
キィン、と高らかに鳴り響く衝撃音。

セシルは手にしている剣に力を込めて、カインの攻撃を抑え込む。
セシルを小バカにしたように鼻で笑う、カインの表情は自信に満ちていた。
一方セシルの方は余裕が無いのか、苦笑いを浮かべている。
セシルが一気に剣を振ってカインを弾いた。
二人の間に距離が出来る。

「頑張って!セシル!」

「セシル、ファイトー!!」

女性陣はセシルを応援している。
その声援に応えてか、セシルの動きが先程より早くなるように感じた。
しかし、カインはまだまだ余裕そうだ。







「今日の夕飯当番決めるだけでそんなに本気になるか?普通」

私の横ではエッジが呆れて居る。
そう、負けた方が今日の夕飯を作ることになっている。
カインの作るご飯はとても美味しい。
だから今日も夕飯当番はカインになってほしい。
皆がそう願っていた。
だけど、カインは食事作りをとても嫌がる。
せっかく料理の才能があるというのに、もったいない話だ。

「エッジもカインの作るオムライスは絶品だと思わない?」

「まぁ、確かに美味いけどな!でも、男の手料理はなぁ…」

「美味しければ何でもいいじゃない。あーあ、カイン負けないかなー」

私は影から武器を取り出し、それを密かにカインに向ける。

パン!!

銃声の後、しばらく沈黙が続く。
エッジは真っ青な顔で私を見ている。
ローザとリディアは何が起きたのかと、辺りを見回した後、目を見開いてこちらを振り返った。
シーンとした空気との中で、カインの怒鳴り声が響く。

!オレを殺す気か!」

試合を中断し、カインがつかつかとこちらへ歩いてくる。
私はカインに胸倉を掴まれながらにっこり笑う。

「えー…、何のこと?私、何もしてないよ?エッジとカイン負けないかなーって話してただけだよー」

「では…お前が手にしているその銃は何だ?」

「いやいや、ちょっと足止めしようとしただけだよ」

「……お前な」

カインは眉間に皺を寄せて、私を開放する。
呆れながら大きなため息をひとつついた。

「だって、カインが負けてくれれば今日は美味しい夕飯が約束されるもんッ!」

「「もん!」じゃない。…オレは負ける気がしない」

そう言ったカインの目はとても真剣だった。
そしてカインは踵を返して、再びセシルの前へと立つ。

「セシル、続きだ」

セシルはバツが悪そうに頭を掻いて、剣を握り直した。









「まー、私が手を下さなくても負けてるし」

結局カインはセシルに勝つことが出来ず、夕飯を作らされるハメになっていた。
私たちとしてはとても嬉しいことだが、カインは不服そうだ。

「お前があの時邪魔をしたから…!」

本当に悔しそうにこっちを見るカイン。
……頼む、その目はやめてくれ。
罪悪感で胸が苦しくなる…!

「だからー、こうして夕飯作るの手伝ってるじゃん。ていうか、負けたのを人のせいにしないでよ」

じゃがいもの皮を剥く手は休めずに私はカインを睨んで頬を膨らませた。

セシルと戦っている時…カインは、夕飯当番がどうのこうのということよりも、
セシルと刃を交えることを重視しているようだった。

だから、カインは夕飯の当番にされて悔しいのではなく、セシルに負けて悔しいのだ。
本当は、私は最初からそれを知っていた。
それを知った上で邪魔をした。

「…二人があのまま本気になってたら、怪我どころじゃなくなるでしょう…?」

カインが聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぽつりと呟く。
隣を見ると、カインは黙ったまま野菜を切っていた。
恐らく聞こえなかったのだろうと思い、私も黙ってじゃがいもの皮むきに集中し始めた。
しばらくして、カインが「まったく…」と口を開いた。

「お前はオレのことがよくわかるんだな。」

そう言ったカインの表情はなんだかとても照れくさそうだった。
どうやら、ちゃんと聞こえていたらしい。
私はじゃがいもと包丁をまな板の上に置き、カインを見つめる。


「だって、カインの目、めっちゃ本気だったし」

「私、心配したんだよ」と言い終えた時。
カインの唇が私の唇に触れた。

「…ちょッ」

突然のことに驚いた私は慌ててカインの胸を押す。

頬に熱が篭っていく。熱い。
やばい、私、今顔が真っ赤だ。

カインの顔を見ることができずに、私は俯く。

「何してんの、カイン…」

「キス」

そんなのわかってるよ。
私が聞きたいのは何でそんなことをしたかということで…。

そしてカインは恐らく真っ赤であろう私の頬に手を添える。
私は反射的にビクっと体を震わせた。

「………ッ」

「オレは嫌か?」

どこか寂しげな、カインの声。
カインの顔は見れないけれど、声でなんとなく今の表情が想像出来る。

嫌じゃない。
嫌じゃないんだけれど…

「違う。…は、恥ずかしい…」

「フッ…そんな顔をするともっとしたくなるだろう」

カインは私の顔を上げて、クスっと怪しく微笑む。
目が合ってしまい、更に恥ずかしさが倍増する。
ああ、近い。顔が近いよカイン。

「さっきの、オレに撃った時の威勢はどうした?」

そんなの、さっきと今じゃ状況が違うんだから。
無理に決まってる。
今はこの羞恥に耐えるので精一杯だ。

「知るか!離して!」

「可愛いな。」

カインは、またもや「フッ」と笑い、ようやく私を解放する。
心臓がバクバクになってしまった私は、ぜーぜーと息を荒くしていた。

「……気遣ってくれて…感謝している」

私がぜーぜー言っている間に、カインが何かを呟いた。

「え?今何か言った…?」

「いや。…さっさと作るぞ。手伝え」

中断させたのはカインじゃん!と、心の中で文句を言いながら私はカインの手伝いを再開した。








執筆:08年1月5日