※本屋さん宅のビビ夢主さんとのコラボ
※男装名前でビビ夢主の名前変更可能です



 その日、・フウレスは悩んでいた。
 ルビィの小劇場でお芝居をすることになったのだが、今回任されたのは女役だ。お芝居では男役を演じているし、普段の生活でもなかなか男勝りな性格と喋り方の彼女にはとても荷が重かった。は、よりにもよって何故自分に女役が回ってきたのかを思い返す。

 ビビと一緒に、何気なくルビィの小劇場に立ち寄ったのが事の始まりだった。
 ルビィはの顔を見るなりすぐに彼女に泣きついた。なかなか役者が集まらないと、の手をガッチリと掴んで離さないのだ。ビビもいる手前、放っておくわけにもいかずは小さくため息をついた後にルビィを窘める。

「まぁ……私にできる役があるなら助けてやるけどさ」

「ほんまに!? なら、やってほしい役あんねん! あ、この役名とセリフのとこに印ついとるやろ? それや」

 そう言ってルビィがに渡した台本。中をパラパラと捲り、印のついた役とセリフを確認すると、それはどうしても女役にしか見えなかった。そしては激昂する。

「何で私が女役なんだ! 私じゃなきゃいけない理由でもあるのかよ!」

「たまにはも女役やってみたらええやん! こんな可愛い顔しとるのに、勿体ないやろ!」

「そんなの、にでもやらせたらいいじゃねぇか! あいつは役者じゃねぇけど、何でも小器用にこなすから大丈夫だろ!」

「ウチかてなぁ、最初はにって思ったんや! そもそもこの芝居はジタンに頼まれてジタンとのために用意したんやで。なのに、が『わたしには無理ですー!』って逃げるんやもん。この話、絶対ジタンとにお似合いと思ったのに……残念やなぁ」 

 なるほど、ジタンが動いたか――とは考えた。ジタンとは昔からくっつきそうでなかなかくっつかないもどかしさがあった。しかし最近はダガーやクジャやエーコがその関係に入り混じり面倒なことになっている。少し前まではがジタンを追いかけていたが、諸事情により今は逆転してジタンがを追いかけている。結局両想いなくせに非常に面倒くさい二人だな、とは思う。

め。ジタンとのラブシーンを演じるのが恥ずかしいだけだろ? あいつどこまでポンコツなんだよ……そんなんだからいつまでもジタンと上手くいかねぇんじゃねーか」

「すみません、ポンコツで……」

 部屋の扉からひょっこりと現れたの頬を引っ張り抗議してやろうと口を開く。隣にいたビビが慌てて止めに入り一瞬躊躇うが、続けた。

「あのな、。お前が逃げたら、ジタンは他の女と……私とラブシーンを演じるんだぜ? それでもいいのかよ!」

「いひゃいでひゅ……。わ、わたしはなら大丈夫なのですよ! むしろ、が女性の役を演じることにとても興味があるのですぅぅうー!」

「お前なぁ……」

 に向かってサムズアップする
 今まで男性の役ばかりだった自分が女性の役だなんて、無理に決まっている。しかもジタンが相手なら尚更無理だ。バカにされて笑われる姿が目に浮かぶ。それはビビにも見られるであろう。大好きなビビの前で恥をかくなんて絶対に嫌だ。

「そもそも、事の元凶であるジタンは相手役がじゃないって知ってんのか?」

「まだ知らんなぁ。ジタン、今頃めっちゃやる気満々やないのん?」

「まぁ、あの猿ジタンを驚かすのは楽しそうではあるけど――」

 ジタンの驚いた顔を見てみたいと思って何気なく言っただけだった。そのはずなのに、瞬間、ルビィは目をキラキラと輝かせた。

「じゃあ、決まりやな! 恩にきるで、!」

「……え?」

 何故かルビィはが承諾したと勘違いしたようで。耳を疑うも、が間髪入れずに畳みかけてくる。

、わたし楽しみにしてるですー!」

「お、おい! 私はまだやるとは言ってないだろ!?」

 決まってしまえば、二人は聞く耳持たずだった。
 ――絶対わざとだろ。
 は二人をジロリと睨むも、手を取り合いながら喜んでいる二人に水を差すのも気が引けてしまう。こういう時に限って強く言えない自分は甘いのだろうか……と下唇を噛んだ。

「……はぁ、ルビィもも強引なんだよな」

 ため息をつけば、騒ぎを傍らで見守っていたビビがにこりと笑う。

「ボクも、おねえちゃんが女の子の役を演じるのが見てみたいなぁ」

「ビビまで……」

「おねえちゃんはいつもカッコいいけど、可愛いおねえちゃんをあんまり見たことがないから……ね、頑張ろう? おねえちゃん!」

 ビビはずるい――そう思いながらビビの可愛い笑顔にすっかりと毒気を抜かれてしまったは口の端を上げた。そして、

「仕方ねぇな。ビビに言われちゃ、やるしかねぇだろ! ちょっと恥ずかしいけどな」

 女役を受けることを承諾したのだった。
 ハメられた感はある。しかしビビが見たいって言うならやってみよう。大好きなビビにはとことん甘いだった。

 回想を終え、はため息を漏らす。しかし一度引き受けたからには全力でやってやる。――そう意気込み、拳を握りしめた。



※ ※ ※ ※ ※


 翌日、稽古をしようとルビィの小劇場に行くと、再び問題が発生していた。

「はぁ? 今度はジタンが逃げただぁ?」

「そうなんや……はぁ、二人はウチの劇場潰す気なんちゃうか?」

 今度は事の発端であるジタンが逃げたというのである。役をほったらかして逃げるような人間ではないのだが、何故――。
 ルビィとがジタンという人間に疑問を持ち始めると、が慌てて首を横に振った。自身も一度頼まれた役を断ってしまった身であるため、必死に否定する。

「そ、そんなつもりはないのです! ジタンは……が女性役と知ったら急に真っ青な顔になって……」

が相手役じゃないなやオレはやらないからな! って言ったっきりどこかに行ってしもたんや。まったく、勝手な男やな!」

 ルビィがやれやれと肩をすくめる。

はともかく、ジタンは劇団員だ。あいつはとっ捕まえなきゃな。一人で稽古したところで、内容が恋物語なら相手がいなきゃ意味がない」

、流石プロなのですー!」

 パチパチと拍手をするに、は人差し指で鼻の下を擦りながら満足気に笑う。その後、ふと可愛いあの子の存在が見当たらない事が気になった。

「そういえば今日はまだビビも見てねぇけど、ビビを知らないか?」

「ビビくんは、見ていないですよ」

「ウチも見てへんなぁ」

「そっか……」

 いつもなら朝一番に会って挨拶を交わす相手はビビだというのに、今日はまだ一度もビビの顔を見ていない。宿屋にもいなかったし、この小劇場にもいないなら、一体どこに行ってしまったのだろうか。しかも、行き先を告げずにには黙って行ってしまうことが気にかかる。
 何か、変な事件に巻き込まれていなければいいのだが。

はビビくんと仲良しさんですねー!」

 の言葉に、は鼻息を荒くした。

「当たり前だろ! あんなに可愛いんだぜ?」

「確かにビビくんは可愛いですし、可愛いものが大好きながベタ惚れになるのは不思議ではないですー」

「まぁな!」

 ビビの話題になるとのテンションは上がる。それも、褒められたなら上機嫌になる。好きな子を良く言われるのは、まるで自分の事のように嬉しいのだ。

「さて。わたしは今からジタンを捜しに行きます。ビビくんを見かけたら、が捜していた事を伝えておきますね!」

「ああ! 頼んだぜ! 私も衣装合わせが済んだらビビを捜しに行くぜ!」

 が手を振りながら小劇場を出て行く。
 そして、辺りを見回すとすぅっと息を吸い……

「ジタン、そこにいますよね?」

「ああ、いるぜ」

 の呼びかけに応え、ジタンが塀の影から顔を出した。ジタンの顔を見て、はにこりと微笑む。

「そちらはどんな塩梅でしょうか?」

「んー……まぁ、最初は手こずったけど、今の所上手くいってる」

 ジタンは今朝のことを思い出し、苦笑いを浮かべた。代役候補の彼を宿屋から連れ出し、城下町のはずれにある桟橋で根気よく説得すること小一時間。なんとか承諾を得たものの、これからの仕込みが大変だ。何せ、主人公の相手役という大役なのだから覚えなければいけないことがたくさんある。

「しかし、ジタンが役を降りて代役を立てた時は驚きました」

にはオレより相応しい相手がいるだろう?」

(まぁ、が相手役じゃないなら意味がない芝居だからな)

 ジタンはに断られたことを思い出し、小さく溜息をついた。

「さぁ、早くの王子様に稽古をつけてあげないと、本番に舞台上で困ってしまうのですよー!」

 しかしはそんなジタンの苦悩を知る由もなく、意気揚々と作戦続行の為に歩き出す。

「なぁ、

「はい?」

 数歩歩いた所でジタンに呼び止められ、振り返る。彼の表情は悲し気で、は思わず息を飲んだ。

「芝居でオレの相手役を引き受けなかったのは、何でだ? そんなにオレが嫌か?」

 嫌なわけではない。ただ、自分と同じくジタンのことが好きなダガーに悪いと思ったのだ。そして何よりも、

「……お、お芝居であろうとジタンに愛の言葉を囁かれるのですよ? わたし、耐えられずに卒倒してしまうのですー」

 そう言って顔を赤く染め、は逃げるように走り出す。

「そんなにオレのことが好きなら、付き合ってくれればいいのになぁ」

 そんなジタンの呟きは風に乗って目の前を走る彼女に聞こえただろうか?
 突然が振り返り、ジタンと目が合う。ジタンはドキっとして、彼女の言葉を待った――

「ジタン! 早く行くのですよー」

 ああ、聞こえてなかったんだな……とジタンは肩を落としたのだった。



※ ※ ※ ※ ※


 そして開演当日。
 小さな控室には、綺麗に着飾りまるで本物のお姫様のようなを見てうっとりしている、満足そうに何度も頷くルビィの姿があった。友情出演ということで無理矢理連れてこられたブランクとマーカス、シナの姿もあった。しかし、肝心のお相手役は未だに現れない。
 は不安になり、何度も扉を見るも動く気配はない。
 ジタンを疑ってしまうのは少し気が引けるが、もう開演まで時間はなく、腕組みしながら大きなため息をつく。

「結局練習はずっとに相手役してもらっちまったけど……ジタンの奴、本当に大丈夫なんだろうな? 本番もこのままが男役でいいんじゃねぇか?」

「それはイヤです!」
 
 ――即答だった。
 お相手役不在では稽古も上手く出来ないということで、が代わりにお相手役を引き受けていた。の演技は可もなく不可もなくではあるが、役のイメージが違いすぎた。どうしても所々で女子っぽさが出てしまう。

「そんな全力で嫌がるなよ……ちょっとナヨっちいけど、演技力もまぁまぁあるし、いけると思うぜ?」

「わたしではダメなのですよー! 、お願いですからジタンを信じてあげて下さい。ジタンも水面下でとても頑張っているのです……」

「何で水面下で頑張る必要があるかがわかんねぇんだよなー。あいつが頑張るべきなのは舞台上でだろ」

(ジタンは今一体どこで何をしていやがるんだ)

 は不安と焦りからジタンへの怒りゲージが溜まっていく。

「ほら、そろそろ出番やで! !」

「……結局、ジタンは来ないじゃねーか!」

 ジタンの出番まではある程度時間がある。それまでに来なかったら無理矢理を舞台上に引っ張り出してジタン自身にはチョップ100回の刑だ、と決めながらは舞台袖にスタンバイした。
 今宵たちが演じるのは『マリアとドラクゥ』という、異国のお話。

「西軍と東軍の戦いは日増しに激しくなっていった――」

 ルビィのナレーションの後、は舞台中央に歩き出す。煌びやかなドレスを身に纏ったに、観客たちが感嘆の息を漏らした。いつもとは違う彼女に誰もが目を見張る。

「愛しの貴方は遠いところへ――」

 の美しい歌声が小劇場に響いた。
 歌っていると気持ちがいい。観客の数は多いとは言えないけれど、観てくれている全員を満足させたいという気持ちが大きくなっていく。
 さぁ、いよいよ相手役であるジタンの登場のシーンだ。ジタンは上手くやってくれるだろうか……そんな不安が残るものの、今は仲間である彼を信じる他ない。最悪、がいる。ルビィが何とかしてくれるはずだ。

「――――」

 しかし、出てきた劇中の恋人は、小さかった。いつもと雰囲気が違いすぎて、気づくのが遅れた。

(な、何で……!)

 ――何でビビがここにいるんだ!?
 危うく声に出してしまいそうになったのを抑えたものの、は狼狽えた。しかし、ここは舞台上で、少人数ではあるものの観客がいるんだ。ここで私情を挟むのはプロ失格。グッとこらえ、演技を続ける。一瞬、ビビの瞳が揺れたのを、は見逃さない。
 ビビは黙ったままに花束を渡して消えていく。

「ありがとう、私の愛する人よ」

 背の小さい、可愛い恋人に笑顔を向けた。
 そして、劇はそのまま続行される――。




 
※ ※ ※ ※ ※



「――で、あれはどういうことなんだ?」

 舞台は大成功を収め、アレクサンドリアの酒場には打ち上げで集まったタンタラスの面々と、お忍びで参加のダガーの姿があった。
 見事なまでに自分が嵌められた事に憤りを感じていたはジタンに詰め寄っていた。が、ジタンは飄々とした態度での問いに答えた。

「どういうことって……オレもと同じように代役を立てただけだぜ?」

「だから! 何でその代役がよりにもよってビビなんだよ! くそ……すごくカッコよかった!」

 抗議したかったはずなのに、舞台上でのビビを思い出してその勢いが崩れてしまう。そして、代わりになんとも言えない気持ちになる。ビビは身長こそ小さいものの、いつもと全然違う雰囲気で自信があるように感じられ、台詞を言う度にゾクゾクしていた。
 隣での言葉を聞いたビビが、ほんのりと顔を赤く染めて嬉しそうに微笑む。

「ありがとう、おねえちゃん。ボク、すごくドキドキしたんだ。お芝居をするのもドキドキしたけれど、おねえちゃんが可愛くてすごくドキドキしたんだ……」

「ビビ……!」

 いつもの服装に戻った二人はすっかりいつも通りの雰囲気で。
 ビビは照れながら帽子を深く被って赤くなった顔を隠す。それでもまだ言葉が足りなくて、顔を隠しながらも言葉を紡いだ。

「ボク、演技ではあったけれど、いつもボクを守ってくれるおねえちゃんのことを助けることができて、おねえちゃんと幸せになることができて、嬉しかったよ。お話を見てる側じゃなくて、演じるのも楽しいんだって思ったんだ!」

 例え物語の中だけでも、大好きなにカッコいい姿を見せる事ができたことが嬉しくて。
 ビビの気持ちが十分に伝わったは、思わず表情が緩んでしまう。しかし、隣でジタンがニヤニヤと笑っているのが目に入り、頬を膨らませた。

「でも、いきなりこんなことさせられて、ビビは理不尽だと思わないのか?」

「それは……最初は怖かったけれど、ボクにこの役をやらせてくれたジタンには感謝してるんだ」

(ビビがいいなら……まぁ、許してやってもいいか)

 は頷きながら目を閉じ――

「そっか。私も……ビビと一緒に演技ができて良かった。すごく、楽しかった!」

 ニカっと笑って見せると、頬を赤く染めながら微笑むビビ。そんな二人を見てジタンとも顔を見合わせてハイタッチをする。

「……。お前もグルだったんだな」

「いやー、ビビくんとの舞台、最高だったのですよー!」

 に鋭く睨まれたは笑顔で話を逸らした。




補足:クジャという婚約者がいるがマリアとドラクゥの台本を読んだとき、自分と重なりすぎてとても演じられないと思った。マリアとドラクゥを演目にしたルビィは、ジタンとに自分たちの気持ちに気づいてほしいと思って渡したのにまくいかなかったけど、結果的にさんとビビがいい感じになったので満足してる。

執筆:17年8月30日