ちゃん…担任の担当教科で赤点なんて取って」

前の学校では当たり前のように赤点を取ってました。
このエリート学校に入れたのは奇跡だもの。
…なんて言っても開放はされないだろう。
むしろ、叱られるか、呆れられるかのどちらかだ。

今回のテストで私は赤点を取った。
しかも、担任の先生の教科である、生物で、だ。
なので、私は今この職員室にてお説教をくらっている。
あーあ。かったるいから早くお説教終わらないかなぁ。

「…ね。君、俺の話、全く聞く気ないでしょ」

私にお説教をたれている担任教師…柏木林斗先生は、呆れ顔で私を見ていた。

「そんなことないです」

わかってるなら早く開放してください。
そう腹の中で呟くが、あえて口にはしない。

柏木先生は「はぁ」と大きな溜息をついた。

「心にも思ってないことを口にしない。君の顔には早く帰りたいって書いてあるよ」

そこまでわかってるなら早く帰らせて下さい…とは思うだけで、やっぱり口にはしない。
逆らわなきゃその分だけ早く帰れるだろうと思っている。
しかし、私の考えとは裏腹に柏木先生はにこっと笑い、

「それじゃ、今から補習と言う名の個別授業を初めるか」

と言った。
この言葉を聞いた私は肩を落とし、大きく溜息をついた。










個別授業のため、柏木先生の部屋に連れていかれる。
初めて柏木先生の部屋に上がるけれど、大人っぽい部屋だなぁというのが率直な感想。
なんていうか…物が少ない。

「ようこそ俺の部屋へ。歓迎するよ、お姫様」

優しく微笑んで、私に腰掛けるように促す柏木先生。
私はテーブルの前に腰掛けて、持って来た鞄の中を漁り、生物の教科書とノートを取り出した。
柏木先生はその間にお茶を用意してくれる。

「紅茶でいい?」

「はい、お願いします」

こういうことって、本来は女である私がやるべきことなのだろうけれど。
…柏木先生が親切でやってくれてるんだものね。甘えておこう。

「それにしても…ちゃんは勇気あるね」

柏木先生が、クスクスと笑いながら紅茶を運んでくる。
コトンと音を立てながらカップをテーブルに置くと、じっと私の顔を見つめた。

「勇気?何のことですか?」

不思議に思いながら、柏木先生の淹れてくれた紅茶を啜る。
すると柏木先生はにっこりと笑った。

「年頃の男女が部屋に二人きり。
ちゃんには…「何かされちゃうんじゃないか」っていう危機感はないのかな?」

何かされるなんてことは絶対にないと思う。直感的に。
そんなことよりも、柏木先生の台詞中の「年頃」、というのがひっかかった。

「柏木先生は年頃なんですか?」

「酷いこと言うね」

私の質問に、柏木先生は苦笑いを浮かべた。
そして、テーブルに肘をつき、指を組んで微笑んだ。

「…さっきね、その紅茶に媚薬入れたから」

「ブフゥッ!!」

柏木先生の言葉に驚き、飲んでいた紅茶が気管に入った。
思わず、口の中に入っていた紅茶を噴いてしまう。
柏木先生はそんな私を見て大笑いしていた。
ケホケホと軽く咳き込んだ後、私はポケットからティッシュを取り出し、
濡れてしまったテーブルと自分の服と、そして口元を拭う。

「柏木先生!?え、マジでこれ媚薬入ってるんですか!?」

飲んじゃったよ!思いっきり飲んじゃったよ!!
私は眉間に皺を寄せながら柏木先生を凝視する。
すると柏木先生はお腹を抱えながら

「冗談。俺がそんなことできるわけないでしょ?」

と、笑っていた。

「…リアルな話すぎて信じちゃいましたよ…!」

私ががっくりと肩を落とすと、柏木先生は「じゃあ、今度からは入れてあげるから」と微笑んだ。
…柏木先生め。言っていい冗談と言っちゃダメな冗談がありますよ。

「媚薬は入ってないけれど、俺の愛情は入ってるよ」

そう言いながらニコニコしている柏木先生に、私はどうリアクションをとればいいか分からない。
どうして柏木先生は平気でそんなことがペラペラ言えるんだ!
恥ずかしくはないのだろうか?

「柏木先生って教師っていうか、ホストですよね」

「褒め言葉として受け取っておくけど…ちゃんは俺に夢中になりたい?それなら頑張っちゃおうかな」

「柏木先生…」

もうやめてください、という視線を送る私に気づいてくれたのか、
柏木先生は「はいはい」と言って教科書を手にした。
今、授業でやっているページをめくり、私に差し出し、そっと呟いた。

「…ま、夢中になってるのは俺の方なんだけどね」

「へ!?」

柏木先生の言葉に、私は目を丸くするが、柏木先生はクスっと微笑んで、再び教科書に視線を移した。
今、何て…。

「さ、わかりやすく教えてあげるからきちんと覚えて、次は100点を取ってよ?」

何事もなかったかのように振舞っている柏木先生。
…今のは、空耳だったのかな。
それに、またいつもの冗談かもしれないし、ね。


二人でいる口実



(今は、まだ言えないけれど…いつかはきちんと言うからね)



執筆:07年3月7日