自分が誰かに特別扱いされるのって、嬉しいよね。
それが自分の好きな人にされるなら、もっと嬉しいだろう。
だけど、私の好きな人は本来恋をしてはいけない人なんだ。
気づいた頃にはどうすることもできなくなっていた。
どんなに自分の気持ちを否定しても、やっぱりダメだった。

柏木先生。

私のクラスの担任の教師。

ちゃーん」

柏木先生はポツンと一人で席に座っている私に気づいたのか、ニコニコしながらこちらへと歩いてくる。
話す相手がいない私に気を使ってくれる柏木先生に心底ドキドキだ。
ああ、ダメよ。優しくされる度に、微笑みかけられる度にどんどん深みに嵌っていってしまう。
柏木先生は知らないでしょうね。私は先生がだーい好きなんですよー。

「また一人で…ちゃんは可愛いから男共が放っておくはずないのに」

確かに男子たちは私に話しかけてくる。でも、私は彼らを相手にすることはない。

「だって、鬱陶しいんですもん。私は柏木先生以外興味ないでーす!」

「ははっ、そんなに可愛いコト言ってると襲っちゃうぞ」

ニッと微笑む柏木先生に後光が射して見えるのはきっと私だけかもしれない。
ああ、寧ろ襲って下さい。柏木先生に襲われるなら本望。

「林斗先生!をからかわないで下さい!」

さっきまで天城寺くんたちと話をしていた恋ちゃんが私と柏木先生の間に入った。
すると柏木先生は私に向けた笑顔と同じ笑顔を恋ちゃんに向けながら

「何?恋ちゃんはヤキモチやいてるの?」

なんて、言った。
チクリと痛む私の心臓。違うよ柏木先生、ヤキモチやいてるのは私だよ。
柏木先生はさっきまで私と話してたのに、恋ちゃんが来た瞬間、恋ちゃんと楽しそうにするんだもん。

「ち、違いますよ!林斗先生がをからかってたから…」

ちゃんがこの学園に来るまで、オレにからかわれるのは恋ちゃんだけだったもんね。
だから嫉妬しちゃったんでしょ?」

クスクスと笑う柏木先生と、顔を赤くしながら怒ってる恋ちゃん。
ああ、なんだか疎外感。そして、どす黒い感情が渦巻く。
私がこの学園に来る前の話なんて、私は知らない。私だけが知らない。
だからこの話題になれば私はいつも省かれる。

「………」

冷ややかな目で未だに私がいなかった頃の話をする二人を見る。
もしも、恋ちゃんより先に私がこの学校に来ていれば、
今柏木先生と話してるのは私だったのかなって考えてみた。
明るくて、誰に対しても優しい恋ちゃんだから柏木先生も恋ちゃんを好いてるのかな。
暗くはないと思うけど、興味のある人にしか接することができない私は、どうなんだろう。
多分、柏木先生は私のことはただの生徒として、恋ちゃんは特別な生徒として思ってるんだろう。
そう考えたら、すっごく悲しくなってきた。







青い空を見上げて大きくため息をつく。
つくづく自分の社交性の無さが嫌になる。
5限目の授業をサボった私は屋上で一人お弁当を広げていた。
昼休みからずっとここにいる。
ひっそりと身を隠すように一人で昼休みを過ごして今に至る。
5限目の授業は生物だ。柏木先生の担当教科だから、なんとなく嫌だった。
このエリート校で授業をサボるような人は私くらいだろう。
学校内はしーんとしていて、
グラウンドからは体育を受けている生徒たちの声と教師の声が小さく聞こえた。

「このまま帰っちゃおうかな」

もちろん、無断で。
早退するとなれば担任の許可を得られないといけないからだ。

「こーら。まさか黙って帰るつもり?」

広げっぱなしだったお弁当を片付けていると、上からコツンと小さな拳骨が降ってきた。
聞き覚えのある声にぱっと顔を上げれば、そこには柏木先生が息を切らしながら私を見下ろしていた。

「わ、柏木先生!?」

「昼休みから姿が見えなかったと思えば…。授業にも出てないから何かあったのかと心配したよ」

まったく、とため息をひとつついて腕を組む柏木先生。
私はバツが悪くなり、俯いた。
まさか柏木先生が私を捜しにくるなんて思ってなかった。普通に授業してるのかと思ってた。
だから予想外の出来事に驚いたのと同時に嬉しかった。
…でも、よく考えれば何の連絡もなしに授業に出ていない生徒がいれば誰でも心配するか。

「すいません…」

ちゃんらしくないね。それに、今日はずっと元気が無いし…どしたの?」

「……いえ、なんでもありません」

「俺に言えないこと?」

心配そうに首を傾げる柏木先生。
もちろん、柏木先生が私じゃなくて恋ちゃんとばかり楽しそうにするから、なんて言えるわけがない。
だから私は沈黙を守ったが、柏木先生はクスクスと嬉しそうに笑った。

「へぇ。そゆこと」

「え…?」

私は柏木先生の意外な反応にきょとんとした。
私は何も言っていない。でも、柏木先生は事情を理解した様子。

「恋ちゃんばかりってわけじゃないよ。
そう思うのは…きっと、ちゃんが俺のことを好きすぎるからそう思ってしまうだけだよ」

「はい!?」

ちょっと待ってよ、どうして柏木先生は私の気持ちを知ってるの!
わけがわからない。だって私口に出してないもの!

「フフフ、どうして私の考えてたことがわかったのかって顔だね。
俺、読心術を心得ているからわかるんだよ」

まさかの事態に血の気が引く。
私は顔を真っ青にしながら焦る気持ちをなんとか落ち着かせた。

「な、何…それ…。それじゃあ、私の気持ちなんてとっくに柏木先生は…っ」

「知ってたよ」

まるで鈍器で頭を殴られたような感覚に襲われる。
なんてことだろう。こんな時一体どうすればいいのやら全く分からない。
思いつくのはひとつ。逃げることだ。
私はお弁当を鞄の中に詰め込み、慌てて屋上から出ようとした。
しかし、柏木先生が私の前に立ちふさがり、屋上の扉を塞がれてしまった。

「な、何ですか?」

「俺がちゃんのことをどう思ってるか知りたくないの?」

目を細めながらジリジリと近づいてくる柏木先生。
私は後退りしながら柏木先生から視線を逸らした。
柏木先生の気持ちなんて、私だってとっくに分かってる。
柏木先生は教師で私は生徒という立場の違いがあるのに好意を抱かれて迷惑。
何より、こんなヤツに好かれてうざったい。

ちゃんのこと…」

聞きたくない。聞きたくない。
私は耳を塞いで大声を発した。

「あー!あー!きーこーえーなーい!」

だけど、柏木先生が私の両腕を掴んで、じっと私を見つめた。
今までに見たことの無いくらい真剣な、柏木先生の表情。
何よりも、息がかかるくらい近い、柏木先生との距離。
私は呆然としてしまい、声を出すことすら忘れてしまった。

「好きだよ」

うわ、柏木先生の吐息が…って、アレ?

「…?今何て言ったんですか?」


Once more, please



(あのね…。今度こそボーっとしてないでちゃんと聞いててよ?)



執筆:09年10月1日