記念日


私の上官が女官見習いに惚れこんでしまったという噂が。
どうすればいいんだろう。どうすればいいんですか。
確かに上官はどこか抜けててアホだけど。
でもいざとなれば頼れる存在で。正直、とても憧れていました。
でも、まさかロリコンだとは思っていなかったものだから、ドン引きだ。
アホでも何でもいい。ロリコンでもいい。
だけど、鍛錬の途中に抜け出して、その女官見習いを見に行くのはやめてほしい。

…というようなことを、仲のいい兵士に相談したところ。

「それは嫉妬しているというのではないのか?」

と、クスクス笑いながら言われた。
私が、チャン・スロ様に恋をしているとでもいうのか。
…ハッ。そんなわけないじゃない。バカバカしいにも程があるわ。









鍛錬の後だった。私は木陰で休憩していた。
ふと、兵士との会話を思い出す。
私が、嫉妬ねぇ…。

。」

「ひゃああああ!!?」

突然スロ様に名前を呼ばれ、私は焦った。
顔に熱が篭るのを感じ、鼓動が早くなる。
何故自分がこんなに驚いたのか、焦っているのかわからない。
べつにやましい事なんてしてないし、何をしたわけでもないんだけど…。

「何をそんなに驚くんだ。」

スロ様が怪訝そうに私の顔を覗き込む。

「い、いえ。申し訳御座いません。スロ様が突然声をかけてくるものですから、つい…。」

「そうか?…それはそうと、ついてきてくれないか?」

いや、鍛錬で疲れてるんですけど。
あなたは鍛錬サボって女官見習いを見に行ってたから疲れてないでしょうけど。

「私、疲れてるんですけど。」

「王宮の警備を任される兵士が鍛錬ごときで疲れるとは情けないな!」

スロ様は「いいからこっちに来い」と言って私の腕を引っ張った。
自分は疲れてないからって調子良すぎですよ、スロ様。
どうしてこんなに迷惑な上司にあたってしまったのだろう。
己の不運さを呪いたい。

「どちらに向かわれるのですか。」

乗り気ではない私に、スロ様はニっと笑いかける。

「来ればわかるさ」












スロ様に連れてこられたのは、一面花畑の素敵な場所。
花の香りが心地よく、蝶も舞っている、まるで幻想的な所。

「綺麗なところですね…」

特別花が好きというわけでもない私でも、これには感動する。
スロ様は私の隣で頭を掻きながら呟いた。

「この間偶然見つけたんだ。ここでなら、いい雰囲気で祝えそうな気がして。」

「祝う?何をですか?」

スロ様の言葉に、私は首を傾げた。
一体、何を祝うというのだろう。

「やっぱお前は覚えてないよな。うん、覚えてるわけが無い。」

スロ様は苦笑いを浮かべながらウンウンと一人で頷く。
今日は何かあるのだろうか。スロ様の言動からして、私絡みの何かが…。
誕生日…ではないし。なんだろう。

「今日は、オレとお前…が出会って丁度1年だ。」

そう言いながら、スロ様は綺麗な袋を差し出した。中に何かが入っている。
私はそれを受け取ると、それを凝視した。

「開けてもいいんですか?」

「おう。」

スロ様の返答を聞き、私は袋を開けた。
すると、その中には美味しそうなお菓子が詰めてあった。

「わぁ…美味しそうですね。」

しかし、そんなことを祝うなんて…。
前もって言ってくれれば、私だって何かプレゼントを用意したのに。

「女官見習いの子に頼んで作ってもらったんだ。オレじゃ作れないからな。
女の子はお菓子が好きだって聞いたことあったから、お菓子にしたんだが…」

他人を頼るなんてオレもまだまだだよな、とスロ様。
…じゃあ、今まで女官見習いの子に会いに行ってたのは、これを作ってもらうため…?
つまり、それは私のために…。
鍛錬も放り出して、わざわざ…。

「スロ様…」

「それと、今日はもう一つ記念があるんだ。」

スロ様は顔を赤く染めながら私の肩を掴んだ。

「オレ、は…、お前が好きだ。一年前、お前に一目惚れ…してしまった…の、だ…。」

スロ様は目を丸くする私をよそに、「い、言った、言ったぞ!」とガッツポーズを決めた。
私はそれを見て、小さく笑った。
どうやらスロ様は目的を達成した喜びを隠せないらしい。
私はもしかしたらスロ様を拒絶するかもしれないのに…。
でも…。
私はスロ様を拒絶するなんてことは無い。

「ありがとうございます、スロ様。私も、スロ様のこと、大好きです。」

スロ様に「好きだ」って言われて、こんなに嬉しい気持ちなんだから。
ああ、兵士が言ってたことは、本当だったんだ。
私はきっと、心のどこかで嫉妬してたんだろうなぁ。



執筆:06年8月19日