リベンジ



私は剣を振り上げる。
そして、目の前の相手の剣を弾き飛ばした。
私の目の前で驚愕した顔の相手。
私は剣を下ろすと、腰に手を置き、目の前の相手を見下す。

「だらしない。あんた、それでも男なの?」

今、私の目の前にいるこの男は、チャン・スロ。
自分は才能があるからと、剣の修行をダラダラと行っていたヤツだ。
たいした実力も才能も無いくせして、少し身分の高い家に生まれついたからって、自分には元から才能があるなんて思い込んでいる、そんな奴に私は負けない。
私は身分が低くても毎日積み重ねて実力をつけてきたんだ。
私の父は剣を教えている。私もその影響で小さい頃から剣を握っていた。
強くなりたい、その一心で今まで頑張ってきたんだ。

目の前の男、スロは、キッと私を睨みつける。
しかし、睨みつけるだけで、反撃に出ようとはしない。
スロの下僕みたいな奴らが数人、私とこの男を囲っているが、
みんな黙って私たちを見ているしかできないみたいだ。

「だっさ。」

踵を返した。
私が勝ったんだ。調子に乗ってるコイツに私の実力を見せ付けてやった。
それだけでもう十分。これ以上ここにいるつもりも、ここにいる理由も、無い。

「待てよ!」

私に負けたスロが、私を引き止める。

「お前は、何者だ!」

答える義理なんて無い。

「何でオレが身分の低い、しかも女なんかに負けるんだよ!ありえねぇ!
何か卑怯な手でも使ったんだろ!待てよ!!」

私は黙って、そのまま歩いた。
背中で、スロの不服そうな叫びを受け止めながら…。








あれから数年。この数年間で、私は変わった。
私の両親は疫病で他界し、残った私は養女に出された。
それ以来、私は1回も剣を握っていない。
女は女らしく、そう躾けられてきた。
そして、私は数日後には結婚をする…。

、よかったわね。アンタみたいな子を気に入ってくださるお方がいて。
しかも、いいとこのお坊ちゃまじゃない!これ以上の幸せは無いよ!」

叔母さんは大喜びだ。
私の結婚相手は、身分の高い、いい家柄のお坊ちゃま。
何度か私を目にしているうちに、惚れてしまったとか。
…正直、いい迷惑だと思った。
喜んでいるのは、叔父さんと叔母さんだ。
私が結婚すれば、楽な暮らしが出来るから。それが狙いなんだ。
私はちっとも喜べない。愛してもいない人の妻になるなんて、嫌過ぎる。
しかし、私は従うしかないのだ。
育ててもらった恩返しをしなくてはならないのだ。
…私はいつも思う。両親が死んだと同時に、私は死んだも同然なんだ。
まぁ、いいけどね。
他に好きな人がいるわけでもない。いたとしても、その恋は絶対に実りはしないのだ。









私は全てを諦めていた。








少し風に当たりにいこう。
このまま家に閉じ困っていると、どうにも気分が滅入ってしまう。
叔母は結婚の話が決まってからずっとその話しかしないのだ。

「少しお散歩に行ってまいります。」

そう叔母に言い残し、私は外に出た。
今日は涼しい日だ。

すー、はー、と深呼吸をする。少しだけ、落ち着いた気がする。

「…………。」

どこからか、視線を感じる。
ぱっと振り向くと、そこには王宮の武官が立っていて、私を凝視していた。
何かひっかかることでもあるのだろうかと思い、私はその武官に声を掛けた。

「あの、どうかなさいましたか?武官様。」

「……似てる。」

「は?」

武官はじっと私を見つめ続ける。
じろじろと見られるという嫌悪感を抱きながら、私は一歩後退した。
誰に似てるか知らないけど、これ以上近づかないでほしいと思う。

「おい、名前は何と言う?」

突然肩に手をかけられる。
私は眉間に皺を寄せ、下唇をかんだ。

と申しますが…。」

私が答えると、武官は大きく目を見開く。
そして、私の肩を放すと、今度は手首を握られた。

「やっぱりお前がか!」

わけがわからないまま、私は武官の顔を凝視する。
この武官は私を知っているのだろうか。こんな奴、記憶に無い。

「あの、どこかでお会いしましたか?」

「お前のことは一日たりも忘れたことがない!!オレはずっとお前を探してたんだ!
お前に勝って、あの時の屈辱を晴らす!オレともう一度勝負しやがれ!」

そう言って武官は剣を抜いた。かなり興奮している。
そうか。思い出した。こいつ、チャン・スロだ。
幼い頃に私に負けた、あの自信過剰なお坊ちゃん。
しかし、私はやりあう気は全く無い。
第一、こんな人目のあるところでやりあえば、結婚の話がどうなる。
私は、叔父と叔母に恩返しをしなくてはならないのだ。

「何のことでしょう?私には身に覚えが御座いません。」

知らない振りをすればいい。
今更私に勝って何になるのだというのだ。
お前のプライドなんか、知ったこっちゃ無い。

「オレはチャン・スロだ!覚えてるだろう!あの時お前は…」

大きな声で話し出すスロに口を塞ぎ、スロの腕に絡みつく。
そして、スロの耳元でそっと囁いた。

「覚えてる、だからでけぇ声出さないで。一体今更何なの。
…とりあえず、場所を変えるわよ。ここじゃ人目につくから。」

スロは無言でこくりと頷いた。









人気の無い場所に着き、私は腕を組む。

「私に再戦を申し込みたいのはわかったわ。でも、何で私の居場所わかったの?」

去り際、名前も告げずに立ち去ったはず。
私の名前も居場所も、どうして知っているのか。

「お前にやられたあの後、オレはいろんな奴に尋ねたんだ。
そのうちに名前がわかった。そして、家もわかった。
しかし、わかったところで再戦を申し込んだってオレはまた負けるだろうとわかってた。
だから、数年間真面目に剣の修行をし、武術も体得し、オレは強くなった。
今度は絶対勝てる、そう思ってお前を訪ねたのだが…お前はもういなくなっていた。
両親が亡くなって、遠い場所に行ったと聞いたときはショックだった。」

そんなに負けたのが悔しかったのか。
私は心の中でツッコんだが、言葉にはしなかった。

「そのうちにオレは武官になって、いろんなところを探した。
それで、ようやくお前を見つけたんだ…!さあ、勝負しろ!!」

そう言ってスロは剣を抜く。
私はやれやれと首を振り、スロに向かって両手を広げた。

「悪いけど、私は両親が死んでからは剣はやってないの。
それに、数日後には結婚式も控えているのでね。
悪いけど、あなたに付き合ってはあげられないの。
それでも、あなたは無防備な私に攻撃を仕掛ける?」

「…へ?」

スロが目を丸くする。
「嘘だろ?」と呟くが、私は「嘘じゃない、本当」と返した。

「…私、身分の高い人と結婚して、本当の娘じゃない私を育ててくれた
叔父と叔母に恩返しをしなきゃいけないの。だから、ごめん。
もし、今の私が剣を持って昔のカンを取り戻したとしても、
私は女々しくしていないといけないから、あなたとは勝負できない。」

そういうわけだから。
そう言って私は帰ろうとした。しかし、スロが私の腕を掴む。

「じゃあ、結婚なんてしなきゃいいじゃないか。」

その言葉に、私はカチンときた。

「無神経なこと言わないで!私だって好きでもない奴と結婚なんてしたくないわよ!
でもね、恩返し…しなきゃいけないの!
叔父さんも叔母さんも私の結婚をとても喜んでるんだもん!」

スロの手を振り払う。
しかし、再びスロは真面目な顔をして、私の手を掴んだ。

「じゃあ、オレがお前を攫えばいいんだな。」

「え…?」

ふっと、一瞬視界がおかしくなった。
私はスロに抱き上げられたのだ。

「ちょ…ちょっと!!」

「お前は結婚なんかしたくないんだろ?オレだってお前に結婚してほしくないからな。」

私を抱えながら走るスロの力強さに、私ははっとする。
人一人を抱えながらこんなに早く走れるなんて…相当鍛えたのだろう。
スロは、私のために、ただ私に勝つためにここまで…?

スロに抱えられながら、私は呟く。

「ありがとう」

聞こえたのか、聞こえなかったのか。
それはスロにしかわからないが、スロは必死に走ってくれた。









私のいた村から、結構離れた。
叔父さんと叔母さんを裏切るのは良心が痛む。
でも、私ははっきりとわかってしまった。
本当は自分は結婚なんてしたくない。それが、例え恩返しでも。

ちらっと、隣を歩いているスロを見る。
…あんなに嫌味っぽい奴だったのに、こんなにカッコよくなっちゃって。
スロは流石に疲れたのか、口数が少ない。
…やっぱり、スロを巻き込むわけには行かない。
私が我慢すれば丸く収まるんだから。

「ごめん、スロ。私、戻らないと。」

「ここまで来て何言ってるんだ。
戻ったら…結婚しなきゃならないんだろ?それが嫌なんだろ?」

「だけど、やっぱり叔父さんと叔母さんを裏切れない。
攫ってくれるって言ってくれて嬉しかった。」

ゴメン。

それからスロは黙り込んでしまった。
来た道を戻る。
スロも一緒だった。
王宮の警備はいいのかと聞くと、ニカっと笑って、「休暇をもらったんだ」と言った。
…どうしよう。私、今すごくドキドキしてる。

「ねぇ、どうしよう。スロがカッコよすぎるから…私、スロに恋しちゃったっみたい。
バカだよね。何もかももう遅いのに。だって、私は別の人と結婚するんだもん。」

最初で最後の、好きな人への告白。
スロは立ち止まって、私の頭を優しく撫でた。
とても心地いい。ずっと、こうしていたい、そう思った。










家に帰る頃にはもう辺りは暗くなっていた。
家に入ると、叔父さんと叔母さんが心配そうな顔をして迎えてくれた。

「こんな時間まで何をしていたの!」

「ごめんなさい…」

私は頭を下げる。
私の後ろにいたスロが、私の前に出る。
叔母さんは「この武官様は?」と目を瞬かせた。

「チャン・スロと申します。王宮の警備をしています。」

スロは叔父さんと叔母さんに頭を下げる。
そして「娘さんは、この私が娶らせてもらいます。」と、スロ。
叔父さんと、叔母さん、そして私は目を見開いた。
そんなこと、一言も言ってなかったじゃない…!

「スロ!!」

「私は昔からが好きだったんです。そして、今日はを迎えに来ました。」

信じられない言葉が、スロの口から次々と出てくる。
叔父さんと叔母さんは顔を見合わせている。

「私とは好きあっています。その私たちが夫婦にならないのはおかしいでしょう。」

「な?」とスロは微笑む。
私は両手を頬に当てながら頷いた。

「昔、交わした約束があるんです。大きくなったら結婚しよう、そう交わしました。
しかし、は私が迎えに来ないと思って仕方なく別の男と結婚しようとしたようです。」

そんな約束交わしてないじゃんか。
私はクスクスと笑った。








結局、私はスロと結婚することになった。
忘れてたけど、スロは身分が高いし、叔父さんと叔母さんの恩返しも出来る。
好きな人と結婚が出来て、恩返しも出来て…これ以上の幸せはきっと無い。

「ねぇ、スロ。剣の勝負、しない?
当の結婚相手が、私みたいな野蛮な女でもいいって
言うんだから好きにしなさいって叔母さんが言ってくれたの。」

私は久々に剣を持って、はしゃいだ。
この感覚、懐かしい。
スロは「んー」と呻き、私の肩を抱いた。

「オレ、本当はと再戦したくて強くなったんじゃないんだ。
実は、この手でを守れるようになるために強くなったんだ。」

と言って見栄を張っていた。

「妻である私に負けるのが怖いんじゃなくて?」

「んなわけあるか!」

顔を赤くしながらスロは私を小突いた。
私はあははと笑いながら、スロに寄り添う。

「大丈夫。私と勝負したって、結果は見えてる。だって、スロは強くてカッコいいもん。」

「わかってるじゃないか」とスロは笑った。



執筆:06年8月25日