「ごめん、俺好きな子いるからさー」

 君の事は好きになれないんだよね。

 そう半兵衛が言ってたのを影でこっそりと聞いてしまった私は鼻から大量の息が漏れそうになり必死に押さえ込んだ。
 何でこんなところで告白なんてされちゃってるのかな、私の上司様。そもそも誰に告られたのかと思い、興味本位でこっそりと現場を覗きこんでみれば、半兵衛と身長が然程変わらない足軽の女性だった。あんな下駄と帽子で小さい身長を必死に誤魔化してる男のどこがいいんだろう。
 そして、半兵衛の好きな子って一体誰なのだろう。
 私は息を殺して二人の様子を窺う。しかし、女性はそのまま泣きながら逃げ出してしまい、半兵衛が一人その場に取り残されただけで半兵衛の意中の女性の名前を聞くことは出来なかった。
 いやいや、そこは「その人の名前、聞いてもいいですか」って迫るべきところでしょうに。つまらん。

「そんなところで何をしているんだい、

 突然背後から声をかけられ、私はビクッと肩を震わせる。振り返ればそこには笑顔を浮かべた元就殿が「やぁ」と手を振っていた。

「元就殿! いいところに! 今半兵衛が女性から告白されてたんですよ! それで半兵衛には好きな子がいるからって! どういうことなんです!?」

「……えっと、こっちがどういうことって聞きたいんだけど」

「いつもいつも私のこといじめてくる半兵衛に好きな子がいる! これは好機だと思いませんか? その方と半兵衛をくっつけてしまえさえすればきっと私はもう半兵衛にいじめられなくて済むようになると思うんです!」

「そ、そうかな?」

 若干興奮気味の私に引き気味の元就殿の会話はうまく噛み合わない。
 とにかく、だ。事あるごとに半兵衛にいじめられ苦汁の日々を送っていた私もついに開放される。そう思ったら嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
 こうなったら、私は全力で半兵衛の恋を応援しようではないか。半兵衛の恋の成就イコール、私の平穏な日々。
 私は元就殿の手を取る。

「元就殿は半兵衛の好きな子ってご存知ですか?」

 きらっきらに瞳を輝かせる私に元就殿はビクっとしながらおずおずと答えた。

「ざ、残念だがそれはちょっとわからないなぁ。半兵衛殿の近くにいる女性といえばくらいしか思い浮かばないし」

 ですよねー。
 半兵衛の色恋の話なんて今まで全く聞いたことがなかったし周りにいる女と言えば私かおねね様くらいだし。だからこそ今回がチャンスかも! って思ったけれど、甘くはないようだ。
 私が落胆していると、隣で元就殿が苦笑した。

は、半兵衛の好きな子が自分なのではないかとは思わないんだね」

「はぁ? ありえませんよ。だって、半兵衛はいっつも私をいじめるんですよ? 一昨日はいきなり後ろからタックルかまされ、昨日は秀吉様の前で頬を痛いくらいつつかれまくって、今日だって官兵衛殿が私のために買ってくださったお団子を全部食べて! くそう!」

 お団子の件は特に許せねぇ。
 私がプルプルと震わせながら拳を握れば、元就殿はまぁまぁと私を宥めてくれた。

「うーん、確かに半兵衛殿はに酷い事結構してるけど……」

「いいえ、半兵衛は私のことが嫌いなんですよ。私だって――」

 嫌いだ。
 元就殿の言葉を遮ってそう言いたかったけれど、何故かその言葉を口にすることは出来なかった。胸に突っかかるような感情に戸惑う。
 あれ、おかしいな……半兵衛の事、嫌いなはずなのに。

「傷つくなぁー、俺が好きなのはなんだけど」

 戸惑う私の後ろから半兵衛の声がした。反射的に振り返り、半兵衛を睨みつける。

「半兵衛!」

 すると半兵衛は残念そうに目を伏せた。

「この作戦もダメとか、俺って恋に関しては全然ダメダメだなー。そもそも相手じゃ分が悪すぎたのか」

「作戦って……何、どういうこと?」

 半兵衛はまた何か企んでいるのだろうか。先程私のことを好きと言ったのも気に掛かる。そんなの、冗談に決まってる。またいつものいじわるなんだ。

「さっきの女に頼んで、の前で俺に告白する演技をしてもらったんだよ。そうすれば鈍感なにも気づいてもらえると思ってたのにさ。俺の気持ちに。それに加えて、が嫉妬してくれればもう言うこと無しだったんだけどねー」

 全く効果なかったけど。
 自嘲する半兵衛に、私は目を丸くした。
 半兵衛が好きなのは私? 私のためにわざわざこんなことをしただなんて。胸がきゅんと切なくなる。でも、それでもだ。

「わ、私のことが好きなら何でいつも私のこといじめてくるの!? やっぱり嘘なんでしょ!」

 きっと彼はまた私が騙されたところを見て笑うのだろう。そう思っていたのに、返ってきた言葉は意外なもので。

「それは……、他の男がに近づくのが耐えられなくて、つい」

 半兵衛の顔が赤くなっていく。それに、照れてる?
 確かに、私がいじめられるのっていつも私が他の殿方といる時だ。もしかして、半兵衛は嫉妬して……?

「この子にはストレートに伝えなきゃダメだってことさ。半兵衛。ほら」

「ちぇっ、仕方ないなー」

 元就殿に諭されて、半兵衛がバツが悪そうに舌を出した。それから、唇を引き締め真面目な表情で私と向き合った。

「好きだよ、。俺のものになってよ」

「え……えぇ!?」

 今まで嫌われてたと思ってた。だからいきなり「好き」って言われても返答に困るわけで。

「じ、時間をください……」

 半兵衛と元就殿は顔を見合わせて苦笑した。まるでその答えは最初からわかっていたかのように。

「まぁ、これから時間をかけてじっくりを攻略するよ。俺の軍略でね」


嫌い嫌い、好き




(元就殿は半兵衛の好きな子、知ってたんですか!?)
(フフフ、まあね。半兵衛からいつも相談受けてたんだよ)
(だって、俺がいくら天才でもバカ代表のが相手だと策が全く通用しないからさ)



執筆:12年1月4日
修正:20年8月17日