山のようにある執務をこなしていると、窓から風を感じた。今日は窓を開けた記憶はない……と思いながら窓に視線を向ける。すると、必死に窓から部屋に侵入してくる私の仕える主様の姿が。私は眉間に皺を寄せた。
「何をなさっているのですか、曹丕殿」
「よ、しばらくの間邪魔をするぞ」
窓から華麗に降りた曹丕殿が私の机の引き出しから、密かに貯えていたお菓子を取り出した。
この部屋でくつろぐ気だな、しかも私が仕事をしている横で。そうはさせるか、阻止だ阻止。
「どなたかー、私の部屋に不法侵入者が」
「大声を出すな」
私が声を出すと、曹丕殿が慌てて私の口を手で塞ぐ。
「もおほへはははひはは」
もう声出さないから。
曹丕殿の手が邪魔でうまく喋れなかったけれど、私が言いたいことが伝わったのか曹丕殿は私の口から手を離した。
「次に人を呼ぼうとしたら私の双剣の錆にする」
「じゃあ、執務手伝って下さいよ。元々は曹丕殿の仕事なんですよ」
「才あるお前こそにふさわしき職務だと思って任せたのだ。お前がやれ」
そう言って曹丕殿は椅子に腰掛けた。イラっとする……。
丁度その時、廊下から司馬懿殿の怒声が聞こえてきた。
「曹丕殿! 軍議に遅れますぞ、いい加減出てきてはいかがか!」
成る程、曹丕殿は軍議をサボりにきたのか。
私はニヤリと笑い曹丕殿に書簡とお菓子を差し出す。
「曹丕殿ー、軍議に狩り出されるのとお菓子を食べながらゆったり執務をこなすのはどちらがよろしいですか?」
「……よかろう、この私が直々に手伝ってやるとしよう」
「いやだから元々は曹丕殿の仕事ですからね」
曹丕殿はしぶしぶ私から書簡を受けとった。
「どうして軍議サボったんですか? 面倒だという気持ちは解らなくはないですが」
「今回の軍議の内容は私にとってどうでもいいものだからだ。それならば限りある時間を有意義に過ごしたいと思ったまでよ」
なんだか賢いんだか阿呆なんだかわからない。いつもはもっとしっかりしてるのに、どうしてかな、曹丕殿は私の前だとどうしようもなくなる。
「曹丕殿はやればできる人なのに、どうしてやらないんですかね……」
ふぅ、と深く息を吐いた。
私の前でも、いつものカッコよくて頼れる曹丕殿でいてくれたらな、なんて。しかし、曹丕殿は意外な言葉を口にする。
「お前といると落ち着ける、お前の隣は私にとって唯一の休息の場なのだ」
「……え?」
「今回とて、くだらぬ軍議よりもお前の傍らにいることを選んだ――それだけだ」
そんなことを言われたら悪い気はしない。私はにやけそうになる顔を手で覆い隠した。
「まぁ、ゆっくりしていって下さい」
一番下の引き出しの奥からとっておきのお菓子を取り出し、曹丕殿に差し出した。
最高の場所はここに
(この食感は不思議だな。気に入った…何という菓子だ?)
(グレープグミって言うんですよ。残り少ないので大事に食べてくださいね)
執筆:12年1月16日