愛を、錬成しました



『また書類忘れたの?バカ!無能!』

電話の受話口から少女の声が響き、ロイは思わず右目を瞑ってしまう。
そして、「無能」と言われてヘコみ気味になる。

「そ、そんなこと言うなよ。大切な書類なんだ。今すぐ持ってきてくれ」

『…わかった。じゃあ、今度何を奢ってもらうか考えておくよ』

少女は無邪気に笑うが、一方ロイは苦笑するしかなかった。

「そういうところはズバ抜けてしっかりしているな。
書類は私の机の上の一番上にあるやつがそうだ。宜しく頼むよ、

『はーい。わっかりましたよー』

と呼ばれた少女はそう言ってすぐに電話を切る。
ロイもほっとしつつ受話器を置く。
そして懐から自分の財布を取り出し、中身を確認した。

「…明日のデートは無理、か」



















「ったく!あんの無能兄貴め。このクソ寒い日に大事な書類忘れんなっつーの!」

は大事な書類を手に、大急ぎで走っていた。
そこの十字路を左に曲がればすぐ目的地である司令部だ。
即座に左に曲がったに、大きな鎧が立ちはだかった。

「わわ!?」

ガィィィン…と衝撃音が響く。
当然、急には止まれるはずもなくは大きな音を立てて鎧に体当たりしてしまった。

「あっ!大丈夫!?君!!」

鎧はよろけるを抱きとめた。
顔面に直撃したのか、少しだけ鼻先と額が赤くなっている。

「何やってんだよアル」

「あ、兄さん」

アルと呼ばれた鎧の後ろから金髪の少年が覗き込む。
アルこと、アルフォンス・エルリックの兄、エドワード・エルリックだ。

「うぁぁ、おデコが痛い…」

額に手を当てるを見て、エドワードは説明されなくとも状況がわかった。

「おい、大丈夫か?」

エドワードはの顔を覗き込む。
不意に、エドワードと目が合ったはみるみるうちに頬が赤く染まりだした。
エドワードの綺麗な金色の瞳に思わず見惚れてしまう。

「綺麗…」

「おい?」

「え?!だわぁ!大丈夫!平気!ありがとう!!」

は慌ててアルフォンスから離れて二人に頭を下げた。
顔が赤いままだった。

「すみませんでした!それじゃ!!急ぐので!!!」

はそう言い残して猛スピードで走って行ってしまった。
残されたエドワードとアルフォンスは呆然としたまま、の後姿を見送った。
エドワードは足元に何かが当たるのに気が付く。
そこには茶色い封筒が落ちていた。
無論、エドワードとアルフォンスのものではない。
ということは先程の少女のものか、とエドワードは確信した。

「兄さん、その封筒どうするの?それ、あの子のだよね?」

「あっちに向かったってことは、あいつは軍の関係者か何かか?届けてやるか」

アルフォンスの問いに答え、エドワードは微笑みながらの向かった方を見つめた。


















「ゴメン!兄貴!どっかで書類落としてきちゃったみたい」

「アホ!大事な書類を落とすなんてお前私を殺す気かー!?」

ロイのところに辿りついたは手に書類がないことにやっと気づいて、ロイに平謝りをした。
当然、ロイは怒る。挙句にはの肩を揺さぶって「私はこのままでは死刑だ!!」と嘆く。

「大丈夫!今から拾ってくるよ…」

必死にロイを宥めるをよそに、ロイは慌て続ける。

「軍の者以外の誰かに見られる前に拾うんだ!!絶対…」

「その大事な書類ってコレのこと?大佐」

部屋のドアのところに、エドワードが茶色い封筒をひらひらと揺らしながらニッと笑って立っていた。
ロイはその封筒を見るなりすぐさまエドワードに駆け寄り、封筒を受け取る。

「鋼の…愛してる!大好きだ!」

「ばっ!?き、キショイ!!」

投げキッスをして部屋から出て行ったロイに親指を下におったてる。
そしてエドワードは部屋に残っていたに向き直った。

「ありがとう。何度も助けてくれて…」

「いいって、いいって」

エドワードはいたずらっぽく微笑を浮かべ、手をひらひらとさせた。


「そういえば私、自己紹介まだだったね。私はロイ・マスタングの妹の
あなたたち、エルリック兄弟だよね?さっき兄貴が「鋼の」って言ってたし」

はエドワードとアルフォンスの顔を舐めまわすように見はじめた。
エドワードとアルフォンスは互いの顔を見詰め合って「?」マークを浮かべた。

「そうだけど、何か問題あるのか?」

「いや…問題はないんだけど、私が思ってたのとは全然違ったから驚いたの」

「違ったって…。どーせオレは小さいよ!!」

「に、兄さん…」

アルフォンスはふてくされるエドワードを宥めるように「どーどー」と言う。
は二人のやりとりを見て小さく笑った。

「ううん、身体のことじゃない。性格だよ。もっと自分勝手な人だと思ってたのに実際優しいから。
兄貴が、エドワードは小さいながらにせこく・ずるがしこく・逞しく生きてる。
はそんなのになっちゃだめだぞって言ってたから」

「あの野郎…っ!」

エドワードはがぁぁあああああ!と叫ぶ。
それをアルフォンスが抑えた。

「あはははは!エドって本当、そうしてれば子供だね!」

突然笑い出すを見て、エドワードとアルフォンスはきょとんとした。
しかし、エドワードは「子供」と言われたのに気づき、カッとなった。

「お、オレは子供じゃねぇ!!」

エドワードはに襲い掛からんばかりに両手を広げた。
「きゃー」とは楽しそうに笑いながら小さく悲鳴をあげた。
エドワードはそんなを見て、手を下ろして微笑む。
アルフォンスもクスクス笑いながら二人を見守っていた。

「…ったく」

「でもエドはすごいよ。私と同い年なのに国家錬金術師なんだよね。
私はまだ修行中だから全然ダメなんだ。兄貴は毎日仕事で忙しいから教えてくれないし」

は床に錬成陣を描くと、そこに部屋の観葉植物を置き、気を集中させ、錬成陣に手を翳した。
すると、煙を出しながらよれよれの木でできた人形が出てきた。
それを見て、一瞬止まっただったが、「へへ、ほら失敗」と言って笑った。
エドワードはその様子を見て「ぷっ」と噴出した。

「バカだなぁ。錬成陣、よれよれじゃねぇか。まずこれじゃ、まともなのができるわけないだろ」

「うぇー。だって、円って書きづらいんだもんー」

「そんなこと言ったってな…」

エドワードはに錬成の仕方を教え始めた。
アルフォンスは「ぼく、邪魔かな」と呟き、静かに部屋を出て行った。














「うおっし!!いくよ!」

数時間後、エドワードにさんざん錬成のやり方を教わったは再び錬成をし始める。

(今度は絶対に上手くいく…。それはエドが教えてくれたから?
エドが隣で見ているから?理由はわからないけど、絶対上手くいく)

はそう確信した。
手を掲げると、部屋中に光が溢れる。
案の定、錬成は見事成功した。
観葉植物は見事に可愛らしい木の人形に変化した。

「す、すごい!できたよ!エド!!」

は感嘆の声をあげた。
そして感激のあまり我を忘れてエドワードに抱きついた。
エドワードも、感激のあまり構わずを抱きしめ返して嬉しそうに笑っている。

「やったじゃないか!よし!このままもうひとつ錬成するか!」

「今度は何を錬成するの?」

が訊ねると、エドワードは急に顔を赤くしてソッポ向き始めた。

「…あ」

そう言いかけて目を瞑る。

「あ?」

「何でもない。やっぱやめとく」

エドワードのよそよそしさに、苛立ちを覚える
は突如、がばっとエドワードから即座に離れた。

「あで始まるもの、あで始まるもの…飴、とか?」

「バカ、違ぇよ。愛の錬成だよ…」

「あ、愛?」

エドワードの意外な発言には驚きの表情を隠せなかった。
発言したエドワード自身も驚いて口を手で覆っている。

「どうやって錬成するの?誰かと誰かをくっつけるの?」

「に、鈍いなぁ!お、オレは…その、なんだ。が、お前の事が気になるんだよ!
好きになっちまったんだよ!悪いか!!どうせ一目惚れだよ!!」

ぶっきらぼうに告白するエドワードを見て、は気の抜けた声を出してしまった。

「へ?」

「だから…オレの愛をやるからも、の愛をオレにくれたら…いいなぁ、と」

エドワードは指で鼻の頭をこすりながら真剣にを見つめる。

「等価交換…」

は小さく呟いた。そして、頬を赤くしながら嬉しそうに言った。

「…うん。いいよ」

そしてエドは「信じられない」といった顔でを見つめた。

「は!?」

「私も、エドのこと好きだもん。なんていうの?私もひ、一目惚れってヤツ、かな」

エドワードは何も言わずにを抱きしめた。
も、嬉しそうにエドワードに抱きつく。


…。よし!じゃあ等価交換成立、だな!」

「うん!」

こうして二人の愛の錬成は成功した。
しかし、後に兄(ロイ)に猛反対されることなど、この時誰が予想しただろうか。
















「妹はやらん!帰れ!」

「何言ってんだこのクソ兄貴!」

ロイの個人仕事部屋から聞こえてくる声。
声の主は当然マスタング兄妹のものだった。
その会話の凄まじさに部屋の外にいたホークアイとハボックは顔を見合わせてため息をついた。

「だいたいどうしてエドワードとなんだ!お前には私という素敵なお兄様がいるだろう!」

「黙れよこのシスコン!私、もう決めたんだから!
兄貴の許可不許可構わずエドと生涯を共にするって!!いいかげん妹離れしろ!」

「(シス…!?)だからいけないんだ。旅には常に危険がまとわりつくんだぞ!
お前は家にいなさい!そして私だけの面倒を見ていればいいんだ!」

「大佐!はオレが必ず守る!だから許可してくれ!」

「ダメだ!絶対に守れるという保証はないだろう!」

エドワードは一瞬表情を緩め、ニヤリと笑った。
そして、ポケットから一枚の紙切れを取り出す。

「書類と一緒に入ってたこの落書き。この絵、大総統だよねぇ?
なんだか犬耳?猫耳?しかも牙まで生やしちゃって。
あーあ。この落書き、会議の資料の裏に書いてあるしね。
これを大総統にみせたらどんなことになるか楽しみだよ、大佐」

「のあああああああああああ!!わ、わかった!わかったから!許可するからそれは!」

「(大佐の弱みゲット!)そう?じゃあ、は貰ってくよ。行こうぜ、。アル」

「うん!エド!」
「う…うん、兄さん(恐ろしいなぁ、この人は)」

エドワードは勝ち誇った顔をしながらとアルを連れて部屋を出て行った。

これから始まる旅に幸あれ。



一番最初のサイトでやってた、ドリームアンケート栄光の第1位・エド・甘々夢(?)。

執筆:03年12月30日
修正:11年1月6日