郭先輩はかっこいい。

そう思ったのは、私、である。
高校1年生。サッカー部のマネージャーを務めている。

郭先輩は、サッカー部の先輩で、2年生ながら部の中で一番サッカーが上手いと称されているのだ。
それもそのはず。中学時代に東京選抜のメンバーにもなっていたのだから。

だけど、私自身郭先輩と話をしたことは一度も無い。
強いて言うなら、ボールを拾った際に「ありがとう」って言われただけである。

きっと…その時の笑顔に、私は郭先輩に一目惚れしてしまったんだ。











「郭先輩かっこいいんだよー!」

「うるさいよ、。さっきから何回同じコト言ってるのよ。そんなのわかってるから。」

ここ最近、友達との会話のネタは郭先輩のことで持ちきりだ。
と言っても、それは私が強制的にしていることなんだけど。

友達は呆れ返ってしまい、盛大にため息をついたけど私は気にしなかった。

「郭先輩~。」

「あのさ。そんなに好きなら告っちゃえばいいじゃん。」

友達は私から目を逸らしつつ、かったるそうに言った。

そんなこと、できるわけないよ。

まだ好きになって間もないし、郭先輩とだってまともに話したことも無い。
告白したって「ごめん」って言われるのは目に見えてる。

「無理。」

「じゃあ、せめて私の前で「かっこい~」連呼するのはやめて。耳にタコができる。」

「う…。わかった。」

私は仕方なく口を閉じ、他の話題を考えた。
はっきり言って今は郭先輩のことしか頭にないので、他の話題なんて考えられるはずも無かった。

「あんた、ホント郭先輩のことじゃないと無口になるわね。」

「恋する乙女っていうのはそんなもんよ。」

「恋って恐ろしー。」

友達は身震いする真似をしながら笑った。










一日の中での一番の楽しみである部活の時間。

私は急いでジャージに着替えると、ボールの入った籠を部室からグラウンドに運び出した。

どうやら、郭先輩はまだ来ていないらしい。
他の部員はいっぱいいるのに。
郭先輩、いつくるんだろう。

そんなことを思いながら、重たいボール入りの籠を運ぶ。

こういうとき、マネージャーが私の他にもいてくれたらなって思う。
そう、私はこのサッカー部にマネージャーが一人もいなくて哀れに思えたのでマネージャーになったのだ。
もともとサッカーは嫌いではなかったから、軽い気持ちで入ることができた。
入部した当時は部員にすごく歓迎されてたっけ。
だけど、今ではもう当たり前のように振舞われてる。

あーあ、入部した当時は部員も手伝ってくれてたから楽だったのにな。

と、急に籠が軽くなったのを感じた。
ふと、横を見ると郭先輩が無表情で籠を押すのを手伝ってくれているではないか。

「か、郭先輩!!?」

「ごめんね。部員のやつら、最近全然マネージャーさんの
手伝いしてなかったから。せめて俺だけでもって思って。」

「そそそ、そんなっ!悪いです!」

「なら、これもトレーニングだと思ってよ。」

郭先輩はニッと笑って見せると、軽々と籠を押してくれた。

「あ、ありがとうございます!」

先輩の好意を踏みにじることなんてできるはずもなく、私は先輩を受け入れた。
先輩の横顔が、すごく輝いて見えた。

そう、ヒーローって感じかも。

やっぱり、郭先輩はかっこいい。
やばいよ、本当に惚れちゃったな、私。
頭の中、先輩のことでいっぱいだよ。












日も暮れて部活も終わり、下校中のことだった。
郭先輩が、女の人と肩を並べて歩いてるのを見てしまった。

ショックだった。
ショックで頭の中が真っ白になったような感じだった。

郭先輩、彼女いたんだね。
そうだよね。郭先輩、かっこいいもん。
彼女がいたっておかしくないよね。

何自惚れてたんだろう、私。

たとえ郭先輩に彼女がいなくたって、私が彼女になんてなれるわけもないのに。
今日、優しくされたのは、郭先輩が優しいからでしょ?
私が特別ってことはないんだから。

さよなら、私の恋。
こんにちは、失恋。

なんだか、何もかもがイヤになってきた。
せっかく、好きな人を見つけたと思ったのに、悔しいな。
そりゃあ、まだ好きになって間もない。
きっと、郭先輩に名前すら覚えてもらってない。
だけど、一旦好きになっちゃったんだもん。
このドキドキだって止まらない。

郭先輩…。

「あれ?マネージャーさん?」

気づけば、いつの間にか目の前に郭先輩がいて。
その隣には彼女さんがいて。

「郭先輩…?」

「あれ?泣いてるの?」

郭先輩に言われて初めて気づいた。
私、泣いてたんだ。

みっともない。
郭先輩の前で泣いてるなんて、バカみたい。

「あ、郭君が女の子泣かした。」

彼女さんが、微笑みながら郭先輩を茶化す。

「違うよ杉原!で、どうしたの?何かあった?」

郭先輩は、私の涙を人差し指で拭ってくれた。
待ってよ。彼女さんの前でそんなことしてもいいの?

「な、なんでもないんです。」

彼女さんがいるのに、悪いよ。

「ダメ。言ってよ。好きな女の子が泣いてるのに、放って置けるわけ無いでしょ。」

『好きな女の子』。
私は自分の耳を疑った。

「え」

だって、郭先輩には彼女さんがいる。
しかし、彼女さんは全く関係のなさそうな顔をして、ただ微笑んでいるだけだった。

「あーあ、言っちゃったね。」

あれ?もしかしてこの人は彼女じゃないの?
私の、早とちり?

「そういうわけだから、付き合ってくれないかな?」

郭先輩は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
そんな新鮮な郭先輩がとても愛らしい。

「あの…その人は彼女さんじゃないんですか?」

私がそう訊ねると、郭先輩は露骨に驚いた顔をして

「何言ってんの!こいつは男だよ!」

と、必死になって否定した。

あれ?!この人、男なの!!?

「やだなぁ、僕、女の子に見られてたの?僕は杉原多紀。
今日は郭に選抜のときのメンバーで集まる日を伝えに来ただけだよ。」

杉原さんは、クスクスと笑って
「じゃ、僕はお邪魔みたいなので」と言って去っていってしまった。

バカみたい!私、何一人で勘違いしてたんだろう!
穴があったら入りたい。

「それで…答え、もらえるかな?」

郭先輩はまちきれない、と言った様子で私を見つめていた。
じっと見つめられてて恥ずかしい。

「もちろん、私も郭先輩が好きです。よろしくお願いします。」

私は笑顔で郭先輩に答えた。
すると、いきなり郭先輩が私を抱きしめてきた。

「ありがとう!!」

「ひゃぁ!」





「俺が18になったらは16か17だよね。」

郭先輩は微笑みながら呟いた。

「はい、そうですが?」

「じゃあ、俺の18の誕生日に結婚しよう?」

「気が早いです、英士先輩。」


daydream



(先輩とお付き合いすることになった私は、今とても幸せです。)



執筆:04年06月09日
修正:09年08月18日