私の家はおかしい。

私の両親はすこぶる仲が悪い。
それは昔から、私が物心ついた時からだった。
言い争いの絶えない毎日に私は幼い頃からうんざりしていた。
だけど決して離婚はせず、ご近所さんや親戚たちの前、
つまり表面上は仲良くしているというから質が悪い。
親戚に聞いたことがある。
うちの両親は自由に恋愛することもできず、お互い親…
つまりお祖父ちゃんとお祖母ちゃん決めた相手と結婚させられたとか。

そして私にも、婚約者がいる。
しかも相手には会ったことすらない。成人する前は会わせないと両家で約束したとか。
だから、私は恋をすることができない。
恋をしたことはあった。
だけど、婚約者の存在と両親の存在が恋の障害になり、それは実る事が一度も無かった。

そんな我が家の事情は幼い頃はそれがあたりまえに思っていた。
だけど、大人の事情ってやつを理解できる歳になった私は心からこの家が嫌いになった。

私の家はおかしいのかもしれない。そう疑い、回りを見回してみた。
世間は自由に恋愛して結婚しているじゃないか。離婚だって、簡単にできるように思う。

当たり前だと思っていたことが崩れ落ちたら、私の中の「常識」ってやつも崩れ落ちた気がした。

だから私はプチ家出という名目で一人でぶらりと京都に旅行しに行った。
テキトーに名所巡りでもしようと思っていたら、道に迷って知らない場所に出た。
駅のありそうな方向に行けばと思い、歩いた。

…というのが、これまでの経緯。








路地裏なんて入るんじゃなかったと後悔した時にはもう遅かった。
なんとなくこっちに駅がありそうだ、近道だ…と思って通ったら狭いし長いしもうクタクタ。
結構歩いてきちゃったから戻るに戻れないし…こんなに長いとは思わなかった。

「もう、路地裏なんて入らないぞ…!」

決意を口にしても誰が聞いているわけでもなく、虚しさを感じさせる。
ここを抜けたらとりあえず人に道を尋ねればいいんだ。

「よし、あと少し!」

ようやく拓けた場所に出た…途端に、私は人にぶつかってしまった。
横から人が飛び出してくることを想定していなかったものだから、私はその人に抱きつく形になってしまう。

「す、すいません。」

私はぶつかった彼に視線を向けた。
ふと、違和感を感じる。
え、何?着物を着ている…?
まぁ、京都だしね!
ありえない話じゃないよね!
でも、彼の腰にあるものを見て驚愕する。
脇差し…?
何なんだ、ここはコスプレ広場か何かか。
そういうイベントか祭でもやっているのか。
そんなことを思っていると、ぶつかったその人は私を見て眉間にシワを寄せた後、私の服を指差した。

「貴様の身に纏っているそれは何だ。貴様は…異人か?」

低くて冷たい声。そして、見下しているかのような態度。
異人…て、外国人ってことかな。
いやどう見ても私と彼は言葉も通じるし日本人な顔立ちではないか。

「あなたこそ、コスプレか何かですか?」

「こす、ぷれ…?」

彼は私の言葉に顔を歪ませた。
え、コスプレを知らないの…?

「顔立ちからしてこの国の者と思ったが…やはり異人であったか。」

彼の言葉に「違う」と否定しようとして、ふとあたりを見回せば着物を着た人しかいない。
しかも、教科書とかにあるような、昔の侍や町人たちが着ていたようなものだ。
そして、心なしか建物の雰囲気も昔っぽくて。
これじゃ、まるで…。

「あ、あれ…?私、夢でも見てるのかなぁ。」

タイムスリップした…とか?いやまさかそんな。
だって、さっきまで普通に現代の日本の京都を歩いていたじゃないか。
そうだ、また路地を戻ればいいんだ。
そう思って来た道を戻ろうとすると、あんなに長かったはずの道は10メートル先の景色がはっきりと見えた。
そこに見えるのも、現代の京都の様子ではない。
あ、あれ…どういうこと?帰れないってこと?

「てめぇ、今オレの財布を掏っただろう!?」

突然、背後から怒声が響いた。

「ぬ、濡れ衣ですダンナ!」

何事かと振り向いた瞬間、赤い何かが私の目の前で飛び散る。
それが人間の血だと理解するのには時間が掛かった。
本物の刀を持った人と、首を斬られて血を吹いている人。

なに、これ…?

思考回路がショートする。
途端、身体がフラつき、目の前が真っ白になった。









次に目が覚めると、見たことのない天井。
旅館なんてとったっけ…確か私は漫画喫茶で寝泊まりをしてたはず。
だんだんと意識がはっきりしてきて、私は即座に身体を起こす。

「…夢じゃない!」

知らない天井。知らない部屋。

「起きたか…。」

そして聞き覚えのある低い声。
咄嗟に声のした方に振り向けば、先程ぶつかった彼が無表情で私を見ていた。
彼がここにいるってことが夢ではない事を証明している。
ん、あれ。そういえば私はどうしてここにいるんだろう。
……ああ、そうだ!倒れたんだっけ。
もしかして、この人が私をここまで運んでくれたのだろうか。

「た、助けてくれたんですか?」

私が問いかけると、彼は刀を抜き刃を私の首に当てながら答えた。

「…貴様には、聞きたいことが色々とあるからな。」

眩しいくらいに光る刃に、私は息を飲む。
このまま少し動かすだけで私の首は簡単に斬れてしまうだろう。
そう、さっき目の前で殺された人みたいに。

怖い。
それでも私は必死に言葉を発する。

「聞きたいこと、って…何ですか…。」

「まず、貴様は何者だ。」

「…信じてもらえない…と思いますが、未来の日本から、来ました。」

「未来…。」

やはり信じてもらえないのか、刃が私の首を掠めた。
ひやりと冷たいと感じた瞬間、チクリと痛みが走る。
嫌だ、死にたくない。
私は拳を握り、必死に弁解した。

「き、気づいたらこの時代にいたんです!多分、証明する事もできます!
この先何が起こるのかとかもわかるかもしれませんよ!?
今は何年ですか?誰が天皇ですか?それとも将軍がいますか?新撰組はまだありますか?
坂本竜馬は?板垣退助は?廃藩置県は?まだ東京は江戸ですか?えっとえっと、あとは…。」

先ほど見た街の様子と、彼の服装からして江戸時代から明治の初めくらいだろうと予想した。
とにかく私はそのあたりで有名な単語を連発していた。
…もっと日本史を勉強しておけばよかったと真面目に思った。

「…なるほど、それだけでもう十分だ。俄かには信じがたいがな。」

彼は剣を収めると、鼻で笑った。
信じて、もらえたのかな。どの単語かが彼にひっかかったのだろう。
とりあえず私は運がよかったのかもしれない。
ほっと息をつき、私は彼の顔を見た。
冷酷そう…としか言い表せない。

「何だ。」

その冷酷そうな顔で私を睨みつけた。
ビクリと身体を震わせ、私は言い訳を必死に考える。

「あー…あ、あの!私、行く宛てとかないのでよければあなたの傍に置いてもらえればなー…なんて…。」

咄嗟に出た言葉だった。
口に出してから私ははっとする。
何言ってんの、私。この人はいとも簡単に私を殺そうとした人だ。
いくら倒れて助けてくれたからって、こんな怖そうな人の傍になんていたらいつ殺されるか…!
でも、言ってしまったのだから仕方ない。それに、私は本当に当ても何もないのだから。
あははーと笑いながら「ダメ?」と首を傾げてみる。

「…ほう、貴様は俺についてくる気か。」

ニヤリと怪しく微笑まれ、私は笑顔を引き攣らせた。

「そ、そう…ですかねー…。あなたがよければでいいんです!」

これで断られたらどうしようと思いつつ、彼を見つめる。
すると彼は無表情のまま

「構わんぞ。ただし、俺には妻にする女がいる、そのことを忘れるな。」

一応、傍にいていいってこと、だよね…?
ていうか、妻にする女がいる、だと!?
つまりそれは俺に惚れるなよという警告…!

「えっ、恋人がいるんですか!?」

意外すぎる言葉に、私のテンションは急上昇。
そんな私に少し驚いたのか、目を瞬かせる彼。

「…恋仲ではない。あれはただの道具に過ぎんからな。」

「道具」とか言いながらこの人実は照れてるんだろこのやろう!
まだ両思いじゃないからって、素直になれないんだろうなー。
意外と可愛いところがあるんだなぁ。

「ふふふ、協力しますよ!私も一応女子ですから、女心は任せて下さい!」

こんな人でも恋してるんだなって思ったら何だか親近感が沸いた。

「私、です。よろしくお願いします!」

「…風間千景だ。」

こうして千景さんとの奇妙な生活が始まった。
この時代で生きていく事が不安じゃないわけではない。
だけど、千景さんと一緒なら何故か大丈夫そうな気がしていた。





(で、意中の彼女は今どちらに?)
(新撰組の屯所だ。)
(し、し、し、新撰組…!?)


執筆:11年10月4日