※設定あり夢主。詳細は夢絵参照。(見なくても読めます)
彼の言葉はまだ届かない
オットーにはかつて初恋相手がいて、それはたいそう可愛い子であったらしい。
ガーフィールからそんな話を聞いた私は血の気が引いた。隣でスバルが「マジかよ、あのオットーが」と大笑いしているけれど一緒に笑う気になれない。片想いの相手の初恋が既に済んでいる事にショックを受けたのだ。私の初恋は現在進行形だというのに……!
「オットーの初めては私が奪いたかった……くっ、もっと早くオットーに出会えていたら!」
「あのさ、。それは初恋の話だよな?」
「多分オットー兄ィは童貞だッから安心しろや」
悔しがる私に苦笑するスバルと、鋭い歯を見せて豪快に笑うガーフィール。
今この場にいないオットーがこんな会話を聞いたら赤面しながらガーフィールに抗議していただろうなぁ。そんな彼の姿も可愛らしくてさぞ尊いことであっただろうにと思うと不在が悔やまれる。
だけど、そんなことよりも。
「オットーは、その子とは付き合ったのかなぁ」
ふと浮かんだ疑問に涙が出てくる。仮にも童貞とはいえ、キスくらいはその子と済ませているかもしれないじゃないか。昔のお話だとわかっていても、心穏やかではいられない。妬けてしまうに決まってる。だって私はオットーのことが大好きなのだから。
「どうッだろうな。付き合ったとか付き合ってないとかッまでは俺様も聞いてねェ」
「むぅ、そこは根掘り葉掘り聞いてくれればよかったのに。ガーフィールのあんぽんたん!」
「ハァッ!? 誰ッがあんぽんたんだこのすかぽんたん!」
私とガーフィールが一触即発の状態になった所をスバルが間に入って制した。
「あんぽんたんとかすかぽんたんとかきょうび聞かねぇな……。とにかく元気出せよ。オットーにお似合いなのは誰よりもだと俺は思ってるぞ」
ニカッと笑いながらサムズアップしてくれるスバル。うう、なんて嬉しい事言ってくれるのかしら! いい男! もちろんオットーの方がいい男だけどね!
「ありがとうねスバルー! 私もそう思う。オットーはなかなか私に振り向いてくれないけれど、恥ずかしがってるだけなのよね。まったくそんな所も可愛いんだからー」
両手を重ねてえへへと笑えば、ガーフィールが「相ッ変わらず頭ン中花畑だな」と呆れる。それは私がゆるふわ系の可愛い女の子って言いたいのだと思っておくとしようこのやろう。
「確かッに大将の言う通り、てめェが一番オットー兄ィにお似合いだな。あいつは弱っちィ雄だから強い雌とくっつくのが一番だからなァ」
しかし、ガーフィールまでもがオットーには私と思ってくれていた。くぅぅ、このやろうとか思ってごめんねだよ。でもオットーのことを弱いとか言わないでほしい。私がオットーよりほんの少し強いだけなんだから。
「ガーフィールありがとう大好きでもオットーの方がもーっと大好き」
「ウゼェ……」
ドカッと椅子に腰を下ろしたガーフィールをスバルが宥める。
二人の事は大好きだけど友人以上としては見れないんだよね。だって私にはもうオットーという素敵な人がいるから! まぁ、二人にもそれぞれ想い人がいるし、スバルはエミリア様と、ガーフィールはラムと上手くいくことを祈ってあげようじゃないか。でも、ラムはロズワール様にご執心だからなぁ。可哀想なガーフィール。きっとあなたにはもっといい子がいるはずよ。
「とりあえずモヤモヤして今夜の晩ごはん美味しく食べられそうにないからオットーに尋問してくるよ。私のこの拳は私のためにあるの」
「そりゃ穏やかじゃねぇな!?」
スバルが渾身のツッコミをお見舞いしてくれた。
「口を割らなかったら実力行使だよ」
だって気になるじゃない。好きな人の……オットーの恋愛遍歴。
まぁそのお相手は私が最後の人になるんだけどね!
扉を蹴飛ばしてオットーの元へと走る。後ろでスバルとガーフィールの呆れた声が聞こえた気がするけど気のせいということにしておこう。
※ ※ ※ ※ ※
「オットー!」
内政官であるオットーの執務室の扉を殴り飛ばし、驚くオットーに飛びつく。ふわふわした灰色の髪がくすぐったい。それに、いい匂いだ。
「うわっ、さん! いきなり抱きつかないでくださいっていつも言ってますよね僕!」
顔を真っ赤にしながら私を剥がそうと頑張るオットーの力は弱く、それでも私は離れないように更に力を強めた。
「私流の挨拶だっていつも言ってますよね私!」
「他の人にはやってる所見ませんけど!?」
「大好きなオットー限定だもん」
「っ!」
他の人にやるわけないじゃないか。私のこの魅惑のボディーはオットーのためだけにあるのだから。
思う存分オットーとのハグを堪能した私はゆっくりとオットーから離れる。ぜぇぜぇと呼吸を荒くしながら真っ赤なオットーが恨めしそうに私を睨んでいた。
「ところでガーフィールからオットーの初恋話を聞いたのだけど? その話、詳しく教えてくれないかなー?」
「なっ……余計な相手に余計なこと言いやがりましたねチクショー! そして指を鳴らしながら迫らないでくれませんか!?」
「オットーが吐いてくれたらやめるよー?」
にっこりと笑いながら拳のウォーミングアップを始める。するとオットーはため息をついて両手で私を制した。
「はぁ……わかりましたよ。でも、僕の初恋相手がどんな子か聞いて笑わないでくださいね」
「普通怒ることはあると思うけど、笑える要素があるの?」
可愛いだけでなく面白さも兼ね備えていた子だったと? 確かにオットーはスバルやガーフィールといった愉快な子たちと仲がいいから面白くなくちゃダメかもしれない。
私はオットーの答えを待って、その綺麗な目をじっと見つめた。しばらくしてオットーが口を開き――
「……ええ、だって相手は猫でしたから」
ぽつりと呟くように答えた。
まさかの、猫。こんなのオットーらしすぎでしょ。
「ぷぷっ」
「ああっ! やっぱり笑いましたね!」
私が吹き出したのを見てオットーが頬を膨らませてプリプリと怒り出す。
「ごめん、おかしかったわけじゃないの! 安心しただけよ……ふふっ」
人間の女の子じゃなかった。それだけで不安で曇っていた心が一気に晴れた気がした。
「もう、いいですよ。ガーフィールにも散々笑われましたからね」
言霊の加護で動物とお話できちゃうオットーだからこそ、猫ちゃんが初恋なのだろう。ああ、愛おしすぎるよオットー。
「猫ちゃんなら、なんか許せるかな。まって、なら人間は? 人間の女の子も好きになったことあるの?」
「なんだかバカにされているような気がするのですが」
「そんなことはないわ! 私はスバルたちとは違うもん!」
オットーは気弱で優しい性格からいじられることが多いけれど、私はオットーの事を絶対に悪く言ってない、つもりだ。だって、私が困っている時にいつも一番に手を差し伸べてくれるのはオットーだもん。私だけはずっと彼の味方でありたい。
「私の初恋はオットーだよ。だから、大好きなオットーのことをもっと知りたいの」
オットーの手を取って、懇願する。
「わ、わかりましたよ。言いますよ」
再び顔を真っ赤にしたオットーが私をじっと凝視した。
「あ、あのですね……人間の初恋は、――」
がしゃーん。
大きな音の後、ペトラの悲鳴とフレデリカの声が遠くで聞こえた。恐らくペトラが花瓶か何かを誤って割ってしまったのだろう。そのおかげでオットーの声が遮られてしまった。
「え?」
今、オットーは何て言ったのか。なんてこった。肝心な所が聞こえなかった。
私が首を傾げると、オットーは大きなため息をつく。
「まぁ、こんな事だろうと思いましたけどね。僕の不運っぷりは今日も健在のようです」
そう独り言を呟いて首を横に振ったオットーは一体何を言っているのだろう。
目を丸くしている私に気づいたオットーが苦笑する。
「さっきの答え、聞こえてなかったならいいです。なんでもありません」
いや、なんでもないわけがない。結局答えが聞けていないのだから私は消化不良だ。
「もう一回お願いします」
再度指をぼきぼき鳴らしながらオットーに迫る。
「それ、お願いじゃなくて脅しですよねぇ!? ……人間の女性の初恋は――まだって言ったんです」
そう、しぶしぶと答えてくれた。
オットーは『まだ』と言った。ということはオットーの人間の女性の初恋は私になってくれる可能性はある!
嬉しさのあまりオットーに抱き付くと、オットーは「ちょっと、さん!?」と慌てふためく。
「そっかぁ! それなら、オットーの初恋をゲットできるチャンスはまだあるって事だよね! 私、頑張るから!」
「い、いやいや。もうさんが頑張る必要なんてないんですけどね。むしろ僕が……」
そう言って私から視線を逸らすオットー。
頑張る必要がないと思われる程、まだ私のことなんて眼中にないということなのだろうか。結構必死にアピールしているというのに、全然足りないってことなのね。オットーってばどれだけガードが堅いのかしら。
「今はうざいとか迷惑とかお前なんかアウトオブ眼中とか思われてるかもしれない。でも、見ててよね。そのうち私の色香で絶対メロメロにしてやるんだから!」
「はぁ……何を言っても伝わらないでしょうから、もういいです」
ガックリと項垂れるオットーを強く抱きしめながら、改めてオットー攻略の誓いを立てた。
数年前に描いた夢絵の小説版。
執筆:20年8月22日