※設定あり夢主。詳細は夢絵参照。(見なくても読めます)
怠惰の茶会にて
薄暗い洞窟の中から一人の少女が出てきた。暗いローブを身に纏っているその少女は気怠げに空を見上げてため息をついた。雨だ。通りで気分が沈むわけだと納得して踵を返し、洞窟の中へ戻っていく。
そろそろお茶の時間になるだろうと湯を沸かし始め、彼の好きな茶葉を取り出し、洒落たティーポットに入れた。
「さん、アナタ勤勉デスねぇ! ワタシはこの身の怠惰を恥じるのデス! 脳が、脳が震えるるるるるゥッ!!」
背後から狂ったような大声が聞こえて振り返ると、そこには法衣を纏った痩せぎすの男が狂笑いを浮かべながら髪を掻き毟っていた。
「――ペテルギウス」
声の主、ペテルギウスはが苦笑しているのを見るとピタリと手を止め、そして素早く懐から可愛らしいラッピングが施されたお菓子を取り出す。ちょこんとテーブルの上に乗せられ、そこから甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「……あなたこそ勤勉。他の指先たちに任せればいいのに、自ら掃除と洗濯をしていたじゃない。それにお菓子まで作ってしまうのだから」
「お褒めいただき光栄デス! それよりも、アナタはお客様なのデスから本来であればそれはワタシの仕事ッ! ささっ、こちらへ」
ペテルギウスは椅子を引いてに座るよう促すが、は首を横に振る。
「私は自分をお客様だとは思っていないの。親のように思っているペテルギウスがいるここは実家のように思っているのだから、これくらいはやらせてほしい」
「嗚呼ッ! なんと優しく甘美な言葉ッ! アナタのような素晴らしい娘ができてパパは嬉しいデスよッ!!」
感極まって涙を流したペテルギウスがを強く抱きしめた。は驚いて目を瞬かせるものの、表情を緩ませる。
こんな所をペテルギウスのことが大好きなシリウスに見られたら、そしての旦那であるレグルスに見られたら、二人にグチャグチャ言われるだろうと考えるも、やはり親しい者にこうしてもらえるのは幸せだ。
このことは絶対に内緒にしておこう、とは一人小さく頷いた。
「さぁ、折角のお茶が冷めてしまいます。頂きましょう」
「はい」
は口元を緩ませながら席に着く。ペテルギウスはポットを手にしてふたつのティーカップに茶を注いでいった。
久々に過ごす特別な時間。
ペテルギウスは大罪司教として日々魔女教の活動に勤しみ、はペテルギウスの指先であるものの同じく大罪司教であるレグルスの妻として常に彼の側に控えている。その為、ふたりでお茶を飲むのは滅多にできない。特にレグルスはがペテルギウスとお茶を飲むことに関していい顔をせず、バレれば殺しにかかってくる程。はレグルスに対抗したりこっそり逃げたりと、ここに来るまで毎回一苦労である。
今日も言い争ってからここに来た。帰ったら面倒だな、とはお茶を飲みながら苦い顔をしていると、ペテルギウスが怪訝な顔をする。
「さん、またレグルス・コルニアスのことを考えているのデスか?」
「……ええ」
は夫であるレグルスの面倒すぎる挙動をペテルギウスに一から十まで話す。普段寡黙なが不思議と饒舌になる瞬間だ。
ペテルギウスは心が壊れてしまう前も愚痴を聞いてくれていた。でも、今もこうして前と同じように心配してくれて話を聞いてくれて慰めてくれる。壊れてしまっても変わらぬ優しさに感謝しかない。
「ペテルギウスは今も昔も変わらず優しいから、つい甘えてしまう」
「さんが愛しくてつい可愛がってしまうのデス」
白い歯を見せながらニッと笑うペテルギウス。普通の人が見ればそれは気味の悪い笑みではあるが、はその笑みが好きだった。
「……あたしはペテルギウスの指先でもあるのだから、もっと一緒にいたいのに」
その訴えは切実なものだった。叶うことはないと頭では理解できているはずなのに。
ペテルギウスも同じ気持ちではあったが、お互いの役目を考えれば仕方のないことだと言い聞かせ、戒めの為に自らの指を噛み潰した。血が流れてテーブルを汚していく。
「さんはレグルス・コルニアスに愛されています。ワタシもできればさんと多くの時間を共有できれば嬉しいのデスが、レグルス・コルニアスから愛されているさんを奪うことはできないのデス!」
はレグルスから与えられた愛に応えなくてはならない。それこそ、勤勉に。
――言い訳だった。ペテルギウスのそばにいたいがために指先になってくれたが、指先としてを使うことはしたくない。どうしても、避けたい。それが本心だが、勤勉に魔女の愛に報いるペテルギウスはそれを口にしてはいけなかった。
しかし、ペテルギウスの説得には眉間に皺を刻み、
「気色悪い」
そう一蹴した。
「レグルスは自己満足のためにあたしを妻にしているだけでそこに愛はないわ。そもそも、妻はあたし以外にもいっぱいいるのだからあたしに固執する必要なんてないと思う。もちろんあたしも彼のことなんて愛していない」
レグルスはに愛を与えていない――の言にペテルギウスは首を傾げた。
記憶にあるレグルスは、常にを離そうとしない。他の妻たちと扱いが随分と違い、口では彼女を酷く罵倒することもあるが、行動はその逆だ。そう感じるのはペテルギウスだけではなかった。他の魔女教徒からもそういった話を耳にする。恐らく、二人の距離が近すぎて理解できていないのだろうとペテルギウスは考えた。
「確かに彼は大勢の奥方がいらっしゃるのデス。しかし、昔からさんだけは特別扱いでした。それは紛うことない愛なのでは?」
「反吐が出る」
心底嫌そうな顔をするにペテルギウスは冷静に目を細める。
今は気付かずとも、いずれ二人は気付くのだろう。お互いが大切な存在であるということに。その時こそ本当に可愛い娘のようなを取られてしまう。
だから今はこうして二人の時間を大切にしようと、ペテルギウスは思った。
「あたしはペテルギウスといる時が一番幸せ」
「さん……!!」
目を潤ませながら両手を震わせた。今すぐにでも抱き締めたい衝動をなんとか抑え込む。娘のような存在とはいえ、自分の指先とはいえ、異性の少女だ。何度も抱き締めるわけにはいかない。
プルプルと身体を震わせるペテルギウスを見たは苦笑いを浮かべた。
「話、聞いてくれてありがとう……そろそろ帰るわ」
「そうデスか……外まで送るのデス!」
は残念そうなペテルギウスの顔を見ながらお茶を飲み干した。
席を立ち、ペテルギウスと並んで歩きながらは考える。
もし、一番最初に出会ったのがレグルスではなくペテルギウスだったら。もし、フォルトナ様がいなかったら。――そしたらきっと迷う事なくペテルギウスとずっと一緒にいることを選択していたわ。
はそれを言葉にすることはなく、自嘲した。
「雨が止んでいるのデス」
外に出て、ペテルギウスは腰を曲げて狂ったようにポーズをとった。
執筆:20年9月1日