※夢主死ネタ
※名前変換はファーストネーム


貪欲吝嗇の初恋



 彼のことが、好きだ。
 綺麗な白髪に、これといって特徴のない顔。自分本位で言ってる事も滅茶苦茶で、残虐な性格。他人は彼をそのように評するけれど、私はそんな彼が、レグルス様が、愛しい。
 趣味が悪いだとか、狂ってるという自覚はある。周りの妻達も私のいないところで「おかしい」と口を揃えて言うけれど、他人が私をどう思おうと関係ない。レグルス様を好きだと気づいたあの瞬間から、私は全てをレグルス様に捧げると誓ったのだから。

「旦那様、お帰りなさいませ」

 レグルス様が屋敷に帰ってきて一番に出迎えるのは私だ。誰にも譲るものか。
 レグルス様は口角を上げて私の頭をくしゃりと撫でた。嬉しくて笑みが溢れそうになるけれど、笑顔というものが嫌いなレグルス様のために無表情を貫く。

「ただいま、百八十五番。今日も君が一番に出迎えてくれたね。この屋敷にあと二十人は残しているはずなのに、他の妻達は何をしているんだい? どうして百八十五番のように僕の帰りを察して出迎えてくれないのかな? まぁそれは後で話し合うとしよう。彼女達にも彼女達なりの都合や意見や理由があるだろうからね。しっかりと彼女達の権利も尊重して、お互いがより良い生活を送れるようにするに話し合うという事は夫婦生活の基本だ。だとしても、夫のことを一番に考えられないという時点で僕の妻としてどうなのか疑問ではあるけどね」

「まずは、ご無事で安心致しました。レグルス様が妻思いの素敵な夫で百八十五番も幸せです」

「お前は本当に妻の鑑だよ。夫である僕を立て、常に僕の身を案じる。本来ならば妻達を皆平等に接したい、そうしなくてはいけない。だけど、百八十五番が皆よりも突出して僕の事を愛して、案じて、安心をくれている……それなら僕も百八十五番に応えなくてはならないよね?」

 レグルス様が半口を開いてニヤリと笑った。私はこの笑顔が大好きで、釣られて笑みを浮かべてしまいそうになる。

「……君の名前は、何と言ったっけ」

「はい、百八十五番です」

「違う違う、僕の妻になる前の名前を聞いているんだよ。僕だって君の夫なんだ、番号を失念するなんて、礼を欠くような事はしないさ。それくらい察して欲しいところだね」

「……失礼いたしました。私の以前の名はでした」

。君は――君だけは特別に表情を変えることを許すよ」

 私だけが、特別。
 そんなレグルス様の言葉に胸が踊る。他の妻達より、愛されているという証拠だ。しかし、本当に良いのだろうか。唯の気まぐれではないだろうか。

「それは、何故でしょうか」

だけは、真に僕を愛してくれている。それに気付かないような僕じゃないさ。女なんて顔だけ良ければいい――その考えは今でも変わらないしこれからも変わることはないと思うけど、の色々な表情は見てみたいと感じるんだ。そりゃあ、笑顔なんてものは醜いものだ。不快だ。他の妻たちがすることは許さないよ。それでも、僕を心から愛してくれているだけは僕も心から愛しているからね」

 もう、笑い方など忘れてしまったと思う。長い間無表情を貫いてきた私の表情筋は上手く機能してくれるだろうか。

「旦那様の命令でしたら――」

「命令、というよりお願いに近いかな」

 レグルス様が私の頬をそっと撫でる。私は恥ずかしくなり、不意に目を逸らしてしまった。

を見ていると、心臓の鼓動が速くなる。はもう僕の妻であり、僕のものだというのに、それだけでは足りなくなるんだよ。こんな、満たされているはずの僕は無欲であるはずなのに」

 それは、きっと初恋なんだと確信した。
 レグルス様は沢山の妻がいながら、恋をしたことがなかったんだ。私が、レグルス様の初恋なんだ。嗚呼、嬉しい。

「旦那様」

 微笑んだ。微笑んだはずだ。久しぶりの感覚に戸惑うけれど、上手く笑えただろうか。
 レグルス様の手が、私の首元に添えられる。爪が私の肌に食い込み、そこから熱が上がるのを感じた。

「満たされていない……が欲しい。どうすればの全てが僕のものになる?」

 狂気的に笑うレグルス様から目が離せない。
 これ以上はどのようにレグルス様へ愛を示せばいいのか、わからない。それならば、私はレグルス様の愛を一心に受け止めるだけ――。

がいる限り僕はずっと満たされない。を欲して強欲に生きるなんて僕は望まないんだよ。僕がこれからする事で、は永遠に僕のものになる。これが僕の――最後の『強欲』さ」

「旦那様の……レグルス様の御心のままに」

 最期に、最愛のレグルス様の特別になれた。これ以上の事は、ない。

「愛しているよ、。君は最高の妻だね。こんなに夫思いな良妻と永遠に結ばれるこの運命に感謝しなくてはならないよ」

 レグルス様の唇が私の唇に触れる――瞬間、私の意識は途切れ、世界から『私』が消えた。




結局は自分の事しか考えないレグルスさん

執筆:17年6月20日