「杉原くん、いっしょに食べよ?」

ぼくが食堂で昼食をとっているときだった。
いつものようにカザ君がぼくの隣にやってくる。
ついでに小岩君も。

「……」

「なんだよタッキー、そんな風祭の顔見つめて…ってお前まさかっ!?」

「違うよ。頭沸いちゃってるのかな小岩くん?
ただ、カザ君を見てぼくの大切な人の顔を思い出しただけ。ほんとそれだけ」

「杉原くんの大切な人?」

カザ君が顔を真っ青にしながらぼくに訊ねる。

「うん、ぼくの彼女」

「「えええええ!?いたの!?」」

小岩くんとカザくんが声を合わせて驚いた。









あの頃、ぼくが川崎ロッサのジュニアを辞めて半年が経とうとしていた時だった。
小さくてガリガリで普通の子程体力がなかったぼく。
どんどんまわりに追い越されて悔しかった。
だから当時のぼくはもうサッカーを捨て、荒れていた。
荒れていたと言っても、そこらの不良のように授業をサボるでもないし、たばこを吸うでもない。
いや、腹いせにサボってみようか、吸ってみようかとは思ったけど。
でも、将来ぼくにとって何の利益もないわけだから、やめておいた。

ただ、ひとりでいる時間が多くて友達付合いが悪くなったんだ。
サッカーも友達も無くしたぼくは生きている実感も無かった。
彼女がぼくの前に現れる前までは。

「杉原くーん!!」

中学に入って二日目の下校中、不意に後ろからぼくを呼ぶ声がした。
振り返ると、そこには知らない女の子。
その子の笑顔は眩しくて可愛くて、まるで天使みたいだった。

「何?」

ぼくが止まると、女の子は息を切らしながらぼくに何かを差し出した。

「ほい、これ!」

それは無くしたはずのぼくのトレカ収納ケースとその中に入ったトレカだった。
女の子はぼくに其れを渡すと、ふぅ、と溜息をついた。

「何で君がこれを…?」

「ああ、友達が落ちたのを拾ったんで渡しておけって」

「そっか。ありがとう、えっと…」

「私は。同じクラスだよ。私、川崎ロッサで杉原くんのこと見てたから知ってるんだ」

そういえばこの子、同じクラスにいたっけな。
特に目立つわけではないから、とくに印象に残っていない。
って、待ってよ。ロッサで見てた?ぼくを?

「じゃあ、さんはロッサにいたの?キミもサッカーするの?」

するとさんが微笑む。

「ううん、私はサッカーはしないけどね。友達が見にこいって言うから見にいってたの。
まったく、人の気持ちも無視してテメェ何様だってカンジだったけど、
まぁ、杉原くんを見ることができたからよしとするよ」

微かに黒い表現が含まれていた気がするけど、あえてそこはツッコまなかった。
そういえば、フェンスの向こう側に何人か見物人がいたような気がする。
よく覚えていないけど、その中にさんはいたのかな。

「ねぇ、杉原くんはどうしてロッサ辞めちゃったの?」

さんが首をかしげながら訊ねてきた。
正直、傷を抉られるような気持ちになった。
あそこにナイフが突き刺さったという表現でもいいかもしれない。
それくらい、ぼくにとってはツライ質問だ。
そして、ぼくは苦笑しながら答えた。

「ぼく、小さいから。それに、人より体力も無い、それだけだよ。だからサッカーはやめた」

それだけで、サッカーができなくなってしまったんだ。
ぼくの生きがいだったサッカー。
どんなにつらくたっていつも人より努力し、頑張ってきたのに。
運命とはかくも酷なものだ。

「サッカーを辞めた?もったいないね。杉原くんはいつも頑張ってたのに。
私、知ってる。杉原くんはいつも人より努力してたよね。なのに、どうして諦めちゃったの?」

さん?」

突然火がついたように怒り出すさんにぼくは動揺した。
初めて、ぼくの頑張りを知っていた人に巡り会えたから。

「そだ、杉原くん!もう一度サッカーやろうよ!私、マネージャーになって杉原くんをサポートする!
ていうか嫌とは言わせないから。絶対杉原くんをサッカー部一の実力者にするんだから!」

「でも…」

「杉原くん、いくら体が小さくたってサッカーはできるの。
現に幼稚園児でも小さいながらサッカーやってるんだから。ね?」

いや、それは何か違うんじゃないかと思ったけれど。

ぼくはさんに言われてもう一度サッカーをやる気になった。
そうだ。もう、ぼくは体の事で悩まない。
さんの言うとおりだ。小さくたって小さいなりのサッカーはできる…。






その日から、ぼくとさんのサッカーの特訓が始まった。






サッカー部に入部した時にはもう1年生の中で1番上手いと言われていた。
それは、さんのおかげだとぼくは思う。
さんのおかげでぼくはやる気を取り戻し、生きがいを失わずにすんだ。
相変わらずさんはぼくをサポートしてくれるし、何よりもいつも励ましてくれる。
ぼくは、いつのまにかそんなさんに惹かれていった。







夏休みになって、さんが「一緒にロッサに行こう」と言ってきた。
ぼくは少し躊躇いながらも、ロッサについていくことにした。
それもさんと少しでも一緒にいられるという下心まるみえな考えではなく、
ライバルたちはどうしているのか偵察しにいくんだ。

「約1年ぶり、か。もう、あの時サッカーはやらないって思ったのにな」

ロッサの建物を見上げ、ぼくは少しだけ微笑む。
するとさんがぼくの隣で不安げにぼくを見た。

「タッキー、もしかしてここに来るの嫌だった?ごめんね、私が無理矢理連れてきちゃったから」

「ううん、そんなことないよ。ただ、懐かしいなって思って」

さんは「よかった」といって笑顔をみせた。
その時のぼくの心臓は最高潮に達し、高速で動いていた。
ああ、ぼくはさんのことが好きなんだなぁと改めて認識する。

!」

「ん?あ、おっす、英士!」

突然、ぼくとさんの目の前に郭が現れた。
郭は、ぼくがここに通っていた時から気に入らなかったヤツだ。
同じポジションを争っていたけど、結局ぼくが小さいから、という理由で負けたんだ。
まさか、さんと郭が知り合いだったなんて。

、あいつは?」

「は?杉原くんですけどー?英士、忘れたの?最低だね」

郭を横目で睨み、「人として最低だわ」とせせら笑うさん。
そんな罵られている郭はいつものむっつり顔を引きつらせている。

「あの小さくてガリガリだったヤツが1年でこんなになったんだ?すごいじゃん」

「成長期だから、これからも伸びるよ、郭君」

ぼくは密かに嘲笑いつつ言ってやった。
相変わらず、嫌な感じの奴だなと思いながら…。

「やぁだ、タッキー何気に笑顔が怖いよ」

さんが笑いながら「もっと言ってやれ!」とぼくの背中を叩いた。

さんは郭くんと仲がいいみたいだね」

ぼくが苦笑しながら言うと、さんはきょとんとした顔で言った。

「仲がいいのかはわからないけど、幼なじみだし…」

友達じゃなくて、幼なじみだったんだ。
そして、以前言っていたさんをロッサに見に来るよう誘った友達っていうのは郭のことだったのかなって思う。

「こいつ、一度ここに連れてきたらお前に惚れたんだよ?杉原」

郭の一言でぼくは硬直した。
さんが、ぼくを?

「なーんだ。英士ってばタッキーのことちゃんと覚えてたんじゃ…って!
のあああーーーーッ!!!てめえこのバカッ!刈り上げ!死ね!」

「…俺をフっといていつまでも杉原と友達ぶってるからだよ、

郭をフった?さんが?

「うるせぇーーッ!最低だよお前!私、自分から言おうとしてたのに!
あーーーもう!!!英士とは絶交してやる。もう帰ろう!杉原くん!」

さんはとっさにぼくの左腕を引っ張り、駆け出した。







川崎ロッサが見えなくなったところまで来ると、さんが止まりぼくを見つめた。

「あの、タッキー、さっきのは気にしないで。ていうか無かった事に!!」

「ぼくはさんのこと好きだから問題ないと思うけど。それでも、今のは無しにしちゃう?」

「へ?」

ぼくが言うと、さんは呆気にとられたように気の抜けた声をあげた。

「だから、ぼくもさんのことが好きなんだよ」

さんが僕に好意を寄せている事はわかっていた。だから思い切っていえる。
ぼくは卑怯だ。でも、卑怯でいいんだ。

「じゃ、じゃあ!私と付き合ってくれますか?」

「もちろん、よろこんで」

ぼくはさんの手をとると同時に、さんの頬に軽くキスをした。

















「と、いうわけで、ぼくとは今も付き合っているんだ」

すっかり昼食を食べ終え、ぼくはとの出会いを語り終えた。
ぼくの話を熱心に聞いていたカザ君達はぼくが話し終えると「へぇ」と言いながらボタンを叩く真似をした。

「ふーん。でも、あの郭が惚れた女に手を出すなんてタッキーもなかなかだな」

小岩君が何かぼやいてたけど、特に気にしなかった。
そういえば。

「うーん、もうそろそろかなぁ」

「何が?」

ぼくの一言に疑問を抱くカザ君。
ぼくは嬉々としながら言った。

「そのが、今日練習見に来るって言ってたから、そろそろかなって」

「く、来るの!?」

「大丈夫だよ。監督にもちゃんと許可はとってあるし」

「そう云う問題じゃなくて」

カザ君と小岩君が呆れている中、食堂の入口の方でから聞き覚えのある声が響く。
だ。そしてはぼくに駆け寄ってきた。

「あ、タッキー発見!タッキーーーー!!!とぅっ!!」

ドカッ。

ぼくに見事な体当たりをかます
吐血をしながらもぼくは抱きついてくるの頭を撫でた。

「やぁ、

「うっそ。この子が?暴力的でおっかねーけど、可愛すぎだろ!?」

ぼくのを見て、小岩くんが頬を赤く染めた。
小岩君、まさかにホレたんじゃ?

「この子がぼくの彼女の、こっちがカザ君でこっちが小岩君。
二人とも、言っておくけどに手を出したら即ミンチにするからね」

「やだっ、タッキーったら。恥かしい!今度は本気で病院送りにさせっぞ!
初めまして、杉原多紀の彼女のです。宜しくお願いしまーす」

ぼくの首を締め上げながら恥かしがる
が自己紹介をすると、カザ君が会釈をした。

「風祭将です。よろしく。もしかして、体力がなかった杉原くんに体力をつけさせたのって、さん?」

「うーん、そうだね。にいろいろ暴力とか振るわれてたしそれなりに体力はついたよ」

ぼくの言葉を聞いてカザ君が引いた。
そこへ郭がやってきた。恐らくの姿を見つけたからだ。

じゃん、何しにきたの?」

「あぁ、英士。今日はタッキーの練習振りを見に来たの。
ついでに言うと、お前なんか私の視界の中には絶対に入れないから安心してね」

はぼくに抱きつきながら英士を睨んだ。
すると英士がぼくをうらめしそうに(うらやましそうに)睨む。

「杉原、お前に好かれてるからっていい気になるなよ?」

「負け惜しみはみっともないよ?郭君」

ぼくと郭が睨み合っていると、も参戦してくれた。

「タッキーの言うとおりだよ!土に還れ!刈り上げ!」

「…あいかわらず口が悪いな。

どうやら郭はの言葉の暴力に傷ついたようで、顔をヒクつかせながら舌打ちをし、
ぼくとを睨んで若菜と真田のところへと消えていった。

「バカ英士!二度と私の前に現れるな!私のダーリンはタッキーだけだ!」

「ありがとう、

ぼくがに微笑みかけるとも嬉しそうに微笑んだ。

「タッキー、エンジェルスマイル可愛いッ!
はっ、そうだ!早速練習の様子見せてよ!そのために来たんだしさ!」

「そうだね。じゃあ行こうか、カザ君、小岩君。」

「う…うん、そうだね(あの郭くんを蹴散らしたよこの人!)」

「おう、そうだな(あの郭をズタボロにしてたよタッキーのヤツ)」

「今、何か言った?二人とも」

「「何にも!(今、心の中読まれた!?)」」

ぼくはの手を引きながら、カザ君と小岩君は何かに怯えながらグラウンドに向かった。



蹴球少年と毒舌彼女




(タッキー!シュートだ!…ってコノヤロー私のタッキからボーッル盗ってんじゃねぇよそこのタレ目!)
、うるさいんだけど…)



執筆:03年11月19日
修正:10年11月13日