幼いころ、私には二人の仲良しがいた。
二人とも男の子で、私だけ女の子。でも、そんなの関係なかった。
一人は名前、忘れちゃった。私より2つ年上だった。
確か、小学校入ってからどこかへ引っ越しちゃったんだっけ。
で、もう一人は藤代誠二くん。私より1つ年上。
もう一人の子が引っ越してからは私は誠二くんが好きだった。
けど中学に入ってからは誠二くんとはめっきり会う機会がなくなってしまった。

誠二くんは武蔵森学園。私は飛葉中。
それに誠二くんは毎日部活のサッカーで大忙し。
家に帰ってくるのも夕方以降だって聞いた。当然朝も早い。

そんな誠二くんに私の想いが伝わるわけない。
そう思って諦めてたときだった。







家のチャイムが鳴って、私は急いで玄関に向かった。
家族は家にいない。両親とも働いてて、妹はまだ小学校だ。
今日はクラブがあるから遅くなるって言ってたっけ。

「はいは~い。」

まったく、人がいい気分で漫画を読んでいるときにお客さんだなんて。
宅急便はともかく、新聞の勧誘とかだったら即追い返してやる。
不機嫌なのもあって、私はやや乱暴に玄関のドアを開けた。

「どちら様ですか!?」

強気に訊ね、そいつの顔を拝んでやる。
けれども、私はその人の顔を見て驚愕した。
私は思わず息を呑んでしまった。

「よっ!!いきなりで悪いね。」

「つつつつつつ、翼先輩!?」

翼先輩とは。
本名は椎名翼。私より2つ年上。私の学校のサッカー部の先輩だ。
といっても私はマネージャーだけど。
大会とかで誠二くんに会えるかもしれないからと思ってマネージャーになったけれども。
でもまだ誠二くんには会えないでいる。
そして、、翼先輩はそんな私の気持ちを知っている。
だからときどきこうして恋の相談に乗ってくれるんだ。
でもたまにからかわれることがある。
最近は特に翼先輩のおもちゃにされてる気がして、ちょっと憂鬱だ。

「すごい話持って来たぜ!、お前、東京選抜チームのマネージャーやれよ!」

「え?どういうことですか?」

「だから!藤代も東京選抜に選ばれてるって前にも言っただろ?
今、玲がマネージャー募集してるんだ。だからもマネージャーになれば藤代に会えるってわけ!」

「うそ…。」

「嘘じゃねーよ。なっ?やるだろ?!」

「わぁ!!うん、やる!ありがとうございます、翼先輩!」

私は嬉しさのあまり翼先輩の前ではしゃいでしまった。
しかし翼先輩は嬉しそうに黙っていただけだった。








それから3日後。
私は翼先輩に連れられて東京選抜の合宿所に来た。

「これからこの東京選抜のマネージャーになってくれるさんよ。
彼女の労働力は私が保障するわ。みんな、仲良くしてあげてね。」

です、よろしくお願いします。」

玲監督に紹介してもらい、私はメンバーの人たちに頭を下げた。
玲監督は飛葉中の監督もしているから毎日顔もあわせている。
だから、知らない人がいっぱいいるこの場所でもとても安心できる。

私の視界に誠二君が映った。
誠二君もこっち見てる!!
すると。誠二君が私に向かって微笑んでくれた。
私のこと、覚えててくれたんだね…!

解散したあと、私はすぐさま翼先輩にお礼を言った。

「本当にいました!翼先輩のおかげです!」

「ははは、よかったな。」

「はい!!」

私が喜びに浸っていると

ちゃん!久しぶりだね!」

不意にそんな声が響いた。
振り向くとそこには誠二君が。

「誠二君…!」

私の前に誠二君が駆け寄ってくる。

心臓がドキドキいってて、脈がどくどくとものすごい速さで脈打って、口の中がカラカラで…
頬が熱くなったのを感じた。

な、何言えばいいんだろう。
頭の中、混乱してきちゃった。

ちゃん?」

誠二君が首を傾げる。
何か言わなきゃ…!何か…。

「あ、あ、あのっ!きょ、今日はいい天気ですね!!」

「えっ?あ…、そうだね…。」

誠二君が苦笑した。
うわぁ、私何言っちゃってるんだろう。ドジっちゃったよー。
何で話題がぱっと出てこないんだろう。

、何言ってんだよ。」

追い討ちをかけるように翼先輩がツッコんでくる。

「へ?あ、ごめんなさい…。」

恥ずかしすぎる。せっかく誠二君に会えたのに。

「そっか、ちゃんは椎名と同じで飛葉中なんだよな。」

「え?そうだけど…。」

「あ、なんでもない。あ、じゃあ俺、キャプテンのとこ行くから。」

「じゃあね」そう言って誠二君は行ってしまった。
なんだか、気のせいかもしれないけれども、避けられた感じがした。
気分はどんよりと曇る。

「気を落とすなよ、。久しぶりだからお互い恥ずかしいだけなんだよ。」

「そう、でしょうか?私がおかしいから誠二君に避けられた感じでした…。」

「そんなことないだろ。ていうか、オレが邪魔だったからだよ。
こう、積もる話とかもあるだろ?今まで会えなかった分さ。」

翼先輩は優しく微笑んでくれると「頑張れよ」と言って私の背中を軽く叩いた。

「でも、一人だときっとまた緊張しちゃって…!」

私は上目で翼先輩を見つめた。
しかし翼先輩は眉間に皺を寄せて私に怒鳴りつけた。

「甘えんな!言ったろ?オレが邪魔だからできる話もできないんだよ。
それに、オレが助けてばかりだときっとは一人で何もできなくなる。」

オレが助けてばかりだときっとは一人で何もできなくなる。

今の感じ…なんだか懐かしかった。
それに、どこかで聞いた覚えがあるような。

「翼先輩…?」

翼先輩は呟いた。

「あの時もそうだったな。」

「あの時?」

「いや、なんでもない。それより、早く行ってきたら?」

翼先輩が睨むように私を見る。

「は、はい。」

なんだかそれがとても怖くて、私は足早に誠二君のいるところへ向かった。












そっと、ドア越しに誠二君の様子を覗ってみる。
誠二君、さっき私と話してた時とはまったく違う。
そう、眩しいくらいの笑顔でキャプテンさんと談笑していた。
見たことが無いくらいの笑顔だ。
それに比べて、私といたときはつまらなそうだった。

やっぱり、私は避けられてたんだ。

誰に言われたわけじゃない。
けど、その気持ちがだんだん大きくなっていって、
私が誠二君に話しかける勇気を失くしていくのには十分すぎた。
だから、その場をあとにした。










「やっぱ、はオレがいないとダメだな。」

「そうかもしれないです。」

戻ってきた私に、翼先輩はため息をついた。
そして私を見て苦笑する。

「やっぱ覚えてるわけないよな。」

「え?何を…?」

「お前、こんな小さかったもんな。…と言っても、オレらとそんな変わらないけどさ。」

小さかった?
私、小さいときに翼先輩と会ったこと、あるの?

「えっと…」

覚えてない。

「そうだよな。オレ、中2になってからこっちに帰ってきたからな。」

帰ってきた?
それってどういうこと?

「よく、遊んだもんだぜ?藤代とお前とオレでな。」

もしかして翼先輩は…。

「お前、覚えてないかもしれないけどさ、よくオレに助けてもらってて。
あの時も『オレが助けてばかりだときっとは一人で何もできなくなる』って
言ったら、お前、なんて言ったと思う?」

「…あ。」


そうだった。
誠二君と翼先輩と私でいつも遊んでたんだっけ。
そのときは私、翼先輩のことが大好きで。
でも、翼先輩は、小学校に入ったら引っ越しちゃって、それから私たちは二人でよく遊ぶようになって…。
だんだん翼先輩のことも忘れていっちゃって、いつのまにか誠二君を好きになっちゃったんだ。

まだ翼先輩がいたとき。
私が誠二君に大切にしてた人形を取られて泣いてた。
そしたら翼先輩が

『おい、いい加減泣き止めよ。』

『だって~、誠二君がのお人形返してくれないんだもん~!』

『お前なぁ…。自分で取り返せよ。オレが助けてばかりだとは一人で何もできなくなるだろ?』

『じゃあ、、翼兄ちゃんのお嫁さんになる!そうすればいつも翼兄ちゃんが助けてくれるでしょ?』

確か、そう言った覚えが。
お嫁さんになるとか言ってた気がする。
ああ、なんて幼すぎたんだろう。

「思い出した?『、は翼兄ちゃんのお嫁さんになる!』って言ってたんだぜ。」

翼先輩もしっかり覚えていたみたいだ。
顔がかあっと熱くなっていくのを感じる。
まだあの頃は小さかったとはいえ、恥ずかしいものがある。

「お、覚えてます…。」

「オレ、あの時すっげー嬉しくて、転校して友達もいなくてすっげー辛かったときだって、
ずっとのその言葉を支えに今まで生きてきた。
でも、この町に帰ってきてからは何だ?はオレのこと忘れてて藤代を好きになってて。
飛葉中で再会したときはもう倒れるかってぐらいにショックだったよ。」

「翼、先輩…。」

翼先輩の大きくて綺麗な目から涙が滴る。
泣いてる。あの、いつも気の強い翼先輩が。

「ごめん。今まで隠してて。でも、オレ、が幸せならそれでいいって思ってた。
だから藤代とをくっつけるのにも協力した。オレのこの気持ち、伝えないでいたんだ。」

翼先輩は涙を拭い、苦笑した。

「正直、つらかったけどさ。」

つらかった。

私が翼先輩を忘れてたから。私が翼先輩を裏切ったから。
翼先輩は、それなのに私の幸せを願ってくれてた。

「翼先輩…ごめんなさい!!」

私は翼先輩を抱きしめる。それと同時に涙が出てきた。
こんな優しい人のことを忘れてしまったバカな自分。
悔しくて、悔しくて。あふれ出る涙。
なんてバカなんだろう、私。

「オレ、かっこ悪いよな。でも、ごめん、オレはが好きなんだ。」

ぎゅう、と抱きつき返してくる翼先輩。
翼先輩の涙が私の肩を濡らす。

「私、これからまた翼先輩を好きになってくかもしれない。
だって、翼先輩のこんな素敵な告白聞いたら好きになるしかないです。」

人の感情なんてころころ変わるもの。
だから、周りの人が迷惑したり、反対にありがたいと思えるときもある。
人間はそうした営みの中で生きてるんだ。
だけど、翼先輩はずっと私のことを好きでいてくれると思う。


忘れていた恋




(だから、私も翼先輩に応えていきたい。)



執筆:04年03月15日
修正:11年1月6日