七松先輩と僕


標的の忍たまに男装で近づき、友達になること。
私が指定された日時は明日の朝から日付が変わるまで。
なお、友達になれなかった場合、標的に男装がバレた場合は失格とする。

こんな課題を出されて、くのいち教室からは悲鳴があがった。

先生が用意したくじで標的になる忍たまが決まる。
一年生などの後輩が当たった子もいれば中には先輩が当たってしまった子もいる。
もちろん、学年が上になるほど男装がバレる確率が上がるどころか、友達になれるかすらも危うい。
なので、どうか私は後輩…できれば一年は組のよい子たちの誰かに当たりますようにと
念じながらくじを引いた結果、見事に六年ろ組の七松小平太先輩を引き当てた。なんだこの私の凶運っぷり。
終わった。私のくの一人生はここで潰えるのだ。
話したこともない、見たこともないし(顔と名前が一致しないだけかも)よく知らないけど、
あの暴君と称される七松先輩だぞ?
近付いただけで殴り殺されてしまうかもしれないじゃないか。ぶるぶる。

…生きろ」

同室の友人が私の肩にそっと手を置いた。
その顔はいかにも「プークスクス」と笑っているようでイラッとした。

男装自体は嫌いではない。私の顔は薄いから化粧によって色んな顔が作れるし楽しい。
つまり男装も楽しいと思っている。
今までの男装の授業でもくのたまたちにキャーキャー言われたくらいだ。どやぁ。
でも、今回は相手が悪すぎだ。暴君の異名を持つほどの御方だ、
半径3M以内に近付いただけで全てを悟ってしまうんじゃないだろうか。はぁ…憂鬱だ。







翌朝、化粧を終えて忍たま四年生の制服に身を包んでくのいち教室を出た。
標的の七松先輩はどこにいるんだろう。食堂で朝食?六年生の教室かな?まだ寝ていたりして。
そんなことを考えていると、突然白いモノがマッハのスピードで目の前を横切った。
白い物体は壁に激突して大きな音を立てながら破裂した。
え、手榴弾…いや、ボール?バレーボールじゃないかこれ!何でこんなものが…。
しかし危なかった。あと一歩前に出ていたら私の首は吹き飛んでいただろう。
まさか、この近くに七松先輩が潜んでいて私がくのたまだと、もうバレたのか!?
怖い、怖すぎるぞ七松先輩ぃぃぃ!

「おい、こっちにボールが飛んで来なかったか?」

「た、滝夜叉丸!?」

平滝夜叉丸…私と同郷の幼なじみだ。
何故かボロボロになった滝夜叉丸に声を掛けられ、私は目を丸くした。
授業はまだのはずなのに、こんな朝早くからどうしてこんなにボロボロなんだこいつ!
というか、さっきのは滝夜叉丸が犯人かよ、ビビらせやがって!

「む、この美しい滝夜叉丸様を呼び捨てにするとは…」

「幼なじみなんだからそこは気付いてよ。私、だよ」

「…?」

「そう、男装の課題で七松先輩を騙して日付が変わるまでに友達にならなきゃいけなくてね…」

詳細を説明すると、滝夜叉丸は哀れみの目で私を見つめた。お願いやめてその目。

「なるほど、そういうことか。しかし、相手が七松先輩とは…お前も不運だな」

本当にな。
そういえば、滝夜叉丸は七松先輩と同じ体育委員に所属しているんだっけ。
七松先輩が今どこにいるか知っているかもしれない。

「まあ、うん。で、七松先輩がどこにいるか知らない?」

「七松先輩なら…」

滝夜叉丸がげんなりとした顔で私の後ろを指差した。
振り返ると、遠くから物凄い速さでこちらに向かって何かが近づいてくる。
それは…その人は私の目の前すれすれで止まり、口を尖らせた。

「おい!!滝夜叉丸遅いぞ!何やってるんだ!」

天に雷鳴が轟き大地が裂けるような大声がした。私は身を堅くさせながら大量の冷や汗をかく。

この人が、七松小平太先輩…!

「あ、委員長すみません…この者が迷ったと言うものですから」

滝夜叉丸の言葉に、私の目の前にいる七松先輩が目を瞬せた。
私と七松先輩の目が合う。
うわぁ、目がぁぁぁ!目で殺されるぅぅぅぅ!?

「なんだお前!見ない顔だな!」

私の頭をがっしりと掴んで「なはは!」と豪快に笑う。
すいません、すいません、恐怖で課題どころじゃありません。
今すぐ逃げたい!いや、泣きたい!
滝夜叉丸に『助けて』と矢羽音を送るも、彼は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
この薄情者ー!うう、腹を括るしかない…!

「さ、最近編入してきたんです、よろしくお願いします…えーと」

「私は七松小平太だ!」

です…」

か!よろしくな!」

とりあえず、怪しまれてはいない様子で一安心。
しかし七松先輩は私の頭を掴んだまま離そうとしない。
抵抗しようにも全く、微塵も動かない。ええええ何これ怖い。

「なぁ、!所属する委員会は決まったか!?」

無邪気な笑顔で問い掛けてくる七松先輩。何故今そんなことを聞いてくるんですか。
それより頭、頭を離してください。

「あ…いいえ、まだですが」

震える声で答えると、七松先輩は嬉しそうに二カッと笑う。

「なら体育委員会に入ろう!楽しいぞ!」

なるほど、委員会の勧誘か。
体育委員になれば簡単に七松先輩と友達になれるだろうか?ここは頷くべきなのだろうか…?
しかし、七松先輩の後ろで滝夜叉丸が顔を真っ青にしながら矢羽根を飛ばしてきた。

『やめておけ、死ぬぞ』

「滝夜叉丸、うるさいぞ」

口だけ笑ってるのに目が殺気立っている七松先輩を間近で見てしまった。
暴君と呼ばれている理由がわかった気がした。
ていうか、何故矢羽根飛ばしてることがわかった七松先輩!怖い!やっぱり怖い!!
そして、あの滝夜叉丸があんな顔でやめておけとか言うなんて、そんなにやばいのか体育委員会。
いやああああ、本当に無理!

「いや…あの、他にちょっと気になる委員会がありますので…」

「ちょっと気になる程度なのだろう?問題ないじゃないか!
よし、は今日から体育委員だ!早速今日の放課後から活動だ!」

いけいけどんどん!と腕を挙げて笑う七松先輩。
私はこれ以上何も言えなくなって、がくりと項垂れた。

「そういえば私の投げたボールはどこにいったんだ?」

七松先輩の口からそんな言葉が漏れた。あれはやっぱり七松先輩だったのか…。
私、今日が命日になるのかもしれない。







「というわけで、新しく体育委員会に所属する事になっただ!」

です…よろしくお願いします」

とうとう放課後になり、こっそりとくのいち教室に戻ってしまおうかと
校庭の隅で悩んでいたら地中から突然現れた七松先輩に捕まって今に至る。
悩んでいないでさっさと逃げてしまえばよかったと後悔してももう遅い。
一体、体育委員会の活動は何をするのか。
噂によれば、マラソンをしたり塹壕を掘ったりするらしいけれど…。
後輩たちは滝夜叉丸と私を除けばあとは下級生しかいない。
この子たち、いつも七松先輩と一緒でよく生きていられるな。

「おい、大丈夫なのか

滝夜叉丸がこっそり耳打ちしてきたので、私は苦笑いを浮かべた。

「うん、まぁ…七松先輩に捕まっちゃ仕方ないよね。保健委員じゃないけど、僕も不運だなぁ…って」

「滝夜叉丸、、二人で何をこそこそしているんだ。そろそろ出発するぞ!」

出発って…え?

「いけどんマラソンだ!いけいけどんどーん!」

私がきょとんとしていると、七松先輩にがしっと手を掴まれた。

「え…?」

は今日が初めてだからな!迷子にならないように私が手を繋いでやろう!」

嫌な予感しかしなかった。

「ギャアアアアアアアア!!!」

七松先輩が猛スピードで走り出しやがった。

!?な、七松先輩…!!」

滝夜叉丸が慌てて止めてくれようとしたけれど、間に合わなかった。
私は七松先輩に引き摺られながら情けなく悲鳴をあげる。
ちょっと待って下さいよ、後輩たち置き去りですけどいいんですか!?

「ななまづぜんば…げふごほがはっ」

七松先輩に抗議しようとするも、風圧で上手く喋れないとかウソだろ…?
私を引っ張りながらこの速さ…この人、人間ですか?







「あれ…?」

「ようやく起きたか、!」

いつの間にか気を失ってしまったのか、気付くと七松先輩はもう止まっていた。
ていうか、うっわあああ!?七松先輩の顔が近い!!

「な、七松先輩!!近い、近いです!!」

「ん、そうか?」

しぶしぶと私から離れる先輩に続き、私は身体を起こした。
一瞬、バランスを崩して倒れそうになったところを七松先輩がとっさに私の腰に手を回して抱えてくれた。

「あ…ありがとうございま…………え!?」

しかし、その後ろの景色がおかしい。
七松先輩の肩越しに見える、空、雲。
下を見れば沢山の木々と少し遠くに見える忍術学園。

「高ーっ!!」

七松先輩に連れてこられたのは一本杉の頂上。
もう、あまりの高さにまた失神しそうになった。
さっきのはバランスを崩したんじゃなくて落ちそうになったのか、把握。
しかし何でこんなとこにいるの私!
七松先輩か、七松先輩か!この人は私を殺したい程憎いのか!?

「はしゃぐのもいいが、見てみろ、!」

はしゃいでねーよ。
…と胸の内で抗議しながら七松先輩が指差す方へ視線を向ける。

「おー…!」

真っ赤な夕日と紺色の空のコントラストに、目がしみた。これは絶景だ。

「私のように体力をつければこんな景色がいくらでも見られるようになるぞ」

「それは、魅力的ですね…!」

そっか、七松先輩はこの景色を私に見せるためにこんな場所に…。
何だよ誰だよ七松先輩を暴君とか言い出した奴!めっちゃいい人じゃないか!
七松先輩に抱きかかえられながら、私はもう一生見られないだろう景色を目に焼き付けた。
残念だけどどんなに頑張っても七松先輩くらいの体力なんて、女子である私につくなんて思えない。
こんなところまで自力で来れるようになれる気がしない。
それでも、七松先輩に少しでも近づきたいと思った。

「そんな顔しなくても大丈夫だ」

「え?」

七松先輩が、私を膝に乗せてニカッと笑う。

がまたここに来たいならいつでも連れてきてやる。特別にな!」

…今なら、言えるかもしれない。
私のお腹に回された七松先輩の大きな手にそっと自分の手を重ねる。

「あの、七松先輩」

「どうした」

たった一言だけど、緊張する…。一呼吸し、私は七松先輩の目をじっと見た。

「僕と友達になってもらえませんか?」

言った、言ってやったぞ!
先輩に対して友達というのはおかしい気がするけど、そんなことはどうだっていい!

「……なんだ、友達か」

何故か落胆する七松先輩。
あれ…やっぱりダメなのか…!?

「だ、ダメですか?」

「いや、いいぞ!」

七松先輩は満面の笑みを浮かべた。
…よ、よかった。これであとは日付が変わるまでバレなければ課題は合格だ。

「えへへ、ありがとうございます、七松先輩!」

だけど、この課題が終わったら私と七松先輩は…。
課題だとバレてしまえば、きっと軽蔑されて嫌われるのだろう。
バレなかったら、という存在は消えて私と七松先輩の関係は今までと変わらずただの他人同士だ。
どちらにせよ、悲しい結末だ。





次の日。
課題を見事にこなした私はいつも通りくのたまの制服を身に纏っていた。
七松先輩と友達になれた。だけどそれはとしてであり、私…つまりではない。
せっかく七松先輩が素敵な先輩だってわかったのに、私と七松先輩は知り合いですらないんだ。
なんだか、昨日の出来事がまるで夢のように感じる。
…七松先輩に会いたい。
いっそまた男装して会いに行っちゃおうかなぁ。

はいるかー!?」

遠くで、叫び声が聞こえた。
この声は、七松先輩だ…。ああ、もしかして体育委員会に現れない私を捜しているのかな。
行けるわけないじゃないですか。はもういないんですよ。
…でも、ちょっと待って?七松先輩、さっき「」じゃなくて「私」を捜してた?
何で?「私」とは顔見知りですらないはず…!
だとしたら、男装してたことが、バレた…?
そして復讐に来たと…?あ、あわわわわわわ!!!!

殺される…!

「見つけたぞ、!!」

隠れるか隠れないか迷っていると、天井から私の目の前に七松先輩が軽やかに降りてきた。
ダメだ、この人から逃げられるわけがない。

「な、な、な、七松先輩…!こっ、こんにちわ!あの、私に何か用ですか…!?」

七松先輩はじっと私を凝視する。
蛇に睨まれた蛙状態の私はただ七松先輩の次の行動を待つしかできない。

「さっき滝夜叉丸から聞いたぞ、お前が、が女だったってことだ!!」

滝夜叉丸…!にゃろう、何故バラした!
いや、気持ちは分かる。
七松先輩に問いつめられたら全てを吐き出すしかないよね。
きっと七松先輩に「はどうした!?」とか聞かれたんだろうな。

「…騙してすみませんでした」

七松先輩がさっきから険しい表情だ。やっぱり課題とはいえ騙したこと怒ってるんだ。
うう、今日こそが私の命日だ…!

「いや、が女で私は嬉しいぞ」

「え?」

七松先輩の言葉に、私は目を丸くした。
はい?私が女で嬉しいとは…?

「私は男色だったのかと、焦ってしまったからな!なはは」

さっきから全然笑わなかった七松先輩が豪快に笑う。
怒ってなかった、それは助かる。
しかし、七松先輩が言ったことって…。

「七松先輩、それって…」

言葉の意味を理解した私の頬に熱がこもる。
よく見たら七松先輩の頬も赤くなってて、私は唇を噛んだ。

、またいつでも体育委員会に遊びに来い!くのたまだろうがお前なら大歓迎だ!
それに、またあの場所にも連れて行ってやるぞ!」

「…はいっ!」

七松先輩は私の頭をがっしりと掴み、私の額に唇を落とす。
それは一瞬の出来事で、何が起きたのか理解するに時間がかかった。
私の頭はもうダメかもしれない。

「今は友達でも、いずれは…」

パニックになる私をよそに、七松先輩はぼつりと呟いた。





執筆:13年06月17日