竹谷くんと俺

 
男装の授業で課題が出された。
予め先生が決めたターゲットに男装で接近し、友達になること。期限は一日。

「…というわけで、男装して竹谷くんを騙すことになりました!」

こんな面倒な課題はさっさと終わらせたいからね。
早速男装をして、仲良しである五年ろ組の鉢屋三郎と不破雷蔵に会いに行った。
最初二人は男装した私を見て「誰?」と首を傾けたけど、
変装の名人である三郎はすぐに私だとわかってくれた。
事情を話すと、二人は楽しそうに笑う。

「くのいちって面白い課題が出るんだね!バカみたい!」

おおおおおい!?雷蔵、それはそんな天使のような笑顔で言うセリフじゃないぞ!
くのいちの先生たちに聞かれたら消されるぞ!この怖いもの知らずさんめ!

「それで、この私鉢屋三郎に協力をしてもらいたいと?」

天使のような笑顔で悪魔のような台詞を吐く雷蔵の隣で、三郎がニヤリと笑った。

「その通り!話が早くて助かるよ、三郎」

なんとなく、こういう人を騙すということは三郎が得意なイメージだからね。
まぁ、それはあえて口には出さないわけだけど。

「こういういたずらじみたことは大好きだ。喜んで協力しよう」

「だから三郎は性格が悪いって言われるんだね!」

やめて雷蔵!これ以上その天使の笑顔で毒を吐き散らさないで!
ああっ、三郎がしょげちゃったじゃないか!わ、話題を変えようそうしよう。

「で、でもさ。偉大なる三郎様のお力を借りずとも、
竹谷くんって単純そうだから一緒に虫を捕まえてあげれば簡単に手懐けられる気がするよね」

元々私と竹谷くんは友達だ。
そのきっかけは後輩のペットの毒蛇を探している竹谷くんを手伝ったことだ。
三郎と雷蔵と仲が良かったのも手伝って、今ではよくつるんでいる。
それに、竹谷くんは人当たりがいいからすぐに友達になれるはずだ。
寧ろ友達になれない要素が見つからない。この課題、楽勝だな。

「それ気のせいじゃないよ」

「八左ヱ門攻略余裕」

雷蔵と三郎も私の意見に賛同してくれた。
私を含め、ここにはまともな人間はいないのだと思った。

「とりあえず、どうやって竹谷くんに近付くか…」

「私に考えがある」

性格の悪い三郎が、やっぱり性格悪そうに微笑んだ。








竹谷くんを見つけるのは至極簡単だった。
彼はやはり逃げた毒虫たちを探しているのだろう、
虫網を持っていたから目立つので屋根の上から学園中を見渡せばすぐにわかるのだ。
そんな竹谷くんに近づき、私達三人は顔を見合わせてニヤリと笑った後、まずは三郎が竹谷くんに声をかける。

「八左ヱ門、ちょっといいか?」

「ん?どうしたんだ、三郎」

きょとんとした竹谷くんはこの後自分が騙されることを知らない。
そう思ったら口元が緩んでしまった。いけないいけない、気を引き締めなくては。

「私の親戚なのだが、今日から数日忍術学園に体験入学でな。
私と雷蔵はこれから用事があるから、よかったらこいつの面倒を見てくれないか?」

三郎に腕を捕まれて、竹谷くんに突き出された。
竹谷くんと視線がぶつかる。

…バレて、ないよね?

一瞬心配になったけれど、竹谷くんはにこりと笑った。

「おほー!いいけど、名前を教えてもらえるか?俺は竹谷八左ヱ門!」

「えと、だ。よろしく、竹谷くん」

ぺこりと頭を下げると、竹谷くんはあははと苦笑した。

「呼び捨てでいいぞ?」

「じゃあ、竹谷で」

ちらりと後ろにいる三郎と雷蔵を見ると、二人は笑みを浮かべた。

『上手くやれよ』

そんな矢羽音が飛んでくる。
ええ、もちろんやってやりますとも。

「それじゃ、僕たちは行くね」

「八左ヱ門、をいじめるなよ!」

「いじめねーよ!」

雷蔵と三郎を見送り、私は竹谷くんに問いかけた。

「竹谷は何をしていたんだ?」

まぁ、何をしてるかなんて分かりきっていることですが。それでも、課題のためである。
竹谷くんは困った顔をしながら虫取り網に視線を移した。

「ああ、後輩の飼っている毒虫が逃げてしまって、探しているんだ」

安定の竹谷くんであった。
彼が放課後に何をしているか…それはこうして逃げた毒虫や蛇を探しているか、
生物たちの世話をしているか、教科の補習を受けているかだ。

「そっか…じゃあ俺も手伝う」

「え、いいのか?」

私の申し出に竹谷くんは目を丸くする。なんだか少し嬉しそうだ。

「体験入学といっても、特にやることなくて暇だしな」

「…そっか、お前いい奴だな」

竹谷くんが二カッと笑う。
ここまでシナリオ通りすぎて、私は吹き出しそうになるのを頑張って我慢した。











「よし、あと数匹だな!」

毒虫の捕獲も佳境を迎えた頃、竹谷くんがそういえば、と私の顔を覗きこんできた。
あ、あんまりジロジロ見ないで頂きたい。

「くのたまにさ、って子がいるんだけどお前と似てる。雰囲気かな?顔も…笑った時とかなんとなく」

な、何で私の名前が出てきたんだ。
まさかこの野郎本当は私が男装していると気づいているのではあるまいな!?
しかし、私はまだ諦めない…!

「へ、へー?ちゃん…その子可愛いの?」

…なんちゃって。
自分から聞いておいてなんだけど、恥ずかしい。竹谷くんはそんな私を見て、眉間に皺を寄せた。

「可愛いさ!言っておくが、お前にはやらんぞ!」

突如、竹谷くんが不機嫌になった。
はい?やらない、とは?別に私は竹谷くんのものじゃないんですけど?

「は?」

意味がわからなくて目を細めながら竹谷を見ると、竹谷くんは声を荒げた。
やばい、なんか激おこぷんぷん丸だぁ…。

「お前みたいなイケメンがに近付いてみろ!あいつ以外とミーハーだから瞬殺だぞ!
俺みたいなボロ雑巾頭は友達でいるのが精一杯なのに…!ああもう、イケメンが憎いッ!駆逐してやるっ!」

こわっ。駆逐するとか、こわっ。
そしてツッコミ所多すぎだわ!
竹谷くんは私のことが好きだったのか!知らなかった。
ねぇねぇ竹谷くん、君は今何してるか知ったらどんな楽しい反応をくれるのかな?
あと、ミーハーで悪かったな!
ああー、今すぐ正体バラしたい…!
近くに隠れて私たちを見てる三郎と雷蔵は今頃爆笑してるんだろうな。羨ましい、私だって笑いたい。
しかし今は何よりも、暴走しだした竹谷くんを落ち着かせようじゃないか。まずはそれからだ。

「た、竹谷だってイケメンじゃね?俺より男らしいし、カッコいいと思うけどな」

「男の思うイケメンと女の思うイケメンは違うんだよ!
女はなぁ、お前のような中性的な優男のことをイケメンって呼ぶんだよ!!」

知らなかったわ。
竹谷くんは私の中ではイケメンの部類に入ってたんだけど、私はどうやら世間一般からズレてたんだね。

「じゃあ、い組の久々知兵助って奴はどうなんだ?あの人もなかなかイケメンじゃないか?」

「兵助は…豆腐小僧だし、前にがないわーって言って爆笑してたからいいんだ。駆逐する必要はない」

…兵助、マジゴメン。そういえばそんなことを言った気がする。
つまりは、だ。竹谷くんは私、が好きになってしまいそうな男はダメってわけか。
そして男装した私はのタイプかもしれないから警戒中と…あれ?これは雲行き怪しくない?

「ふ、ふーん」

この話はやめよう。の話は地雷だ、把握。とりあえず残りの毒虫を探そうじゃないか。

「そうやって、俺には関係ないって澄まし顔してさ。サッパリしやがって。性格もイケメンだなは」

そしてつっかかる竹谷くん。

「そりゃどうも」

内心私は思った。
竹谷くん面倒くせぇなてめぇその頭のちょこんとしたチャームポイント引っこ抜くぞこのやろう。
そして竹谷くんに聞こえないように舌打ちをする。
それが聞こえてしまったのだろうか、竹谷くんは私を睨みつけた。

「俺、お前とは友達になれなそう」

なんだと!?

「何でだよ!」

意味わかんないし!お前ぇ!初対面のひとにいきなり友達になれない宣言とかありえないだろ!
本当は私の正体分かってて、実は課題の内容も知ってるんじゃないのか!?

「俺とお前が友達になったら必然的にとも知り合うだろ、は可愛いしお前はカッコいいじゃん、
二人は付き合うじゃん、俺…そんなの耐えられないって」

急にションボリとしてしまう竹谷くん。
うん、もう君が私を好きなことは分かったよ。十分にわかったからさ。だけど…

「どんだけが好きなんだよ。そいつより可愛い女なんてたくさんいるだろ」

くのたまには私なんかより可愛い子は沢山いる。町に出れば星の数程いる。何で、私なんか…?

「俺はがいいんだよ!」

物凄い形相で、顔を真っ赤にしながら吠える竹谷くん。
な、な、なんだよこいつ!知らないとはいえ本人の前で堂々とよくもそんなことを言えたものだな!
尊敬に値する!ああもう、すごくドキドキする!鎮まれ私の心臓、鎮まりたまへー!
…くそっ、私の顔まで赤くなってきた。

とりあえず、ものすごく敵対心を持たれていてこれでは友達になれやしない。
はぁ、竹谷くんなら楽勝だと思った私はとても愚かだった。
というか私自身がまさかの伏兵になるとは誰が考えるさ?
先生はコレを知っていて私のターゲットを竹谷くんにしたんじゃあるまいな!?
一か八か…いや、もうこれ言うしかないだろ。

「言っておくけど、俺はって子に興味はないから。他に気になる奴、いるし」

「え?」

呆然とする竹谷くんに、私はにこりと微笑んだ。

「竹谷がその子のことを好きなのはよくわかったからさ。頑張れよ、俺は何もできないけど応援はするからさ」

…」

なにやら目を潤ませながら口をパクパクさせる竹谷くん。うん、君の恋路は邪魔しないよ。
だって、私だって竹谷くんのこと、気になってきちゃったんだもん。

「俺、勘違いしてた!お前がのこと好きになったらって勝手に決めつけてしまった…ごめん」

土下座する勢いで謝ってくる竹谷くんに、私は首を横に振った。

「いいよ。竹谷」

まぁ、一時はどうなることかと思ったけどね。

私と竹谷くんは無言のまま熱い握手を交わした。男同士の友情の芽生えである。
とりあえず、無事に課題は合格した。
しかし、竹谷くんとの関係はまだ終わっていない。
私は不可抗力とはいえ、竹谷くんの気持ちを知ってしまったのだから…今まで通りではいられない。
だから、もう少しだけを演じることにした。












翌日の放課後、三郎に頼んで竹谷くんを呼び出してもらった。
男装の課題は終わったけど男装をしている私を見て三郎は頑張れよって言ってくれた。
やっぱり昨日のやりとりは全部見られていたらしい。

「おほー!じゃないか!どうしたんだ?」

私より少し遅れて竹谷くんが待ち合わせの場所に現れた。
さぁ、気合い入れろ、私!

「俺、今日でいなくなるんだ。だからお別れを言いに来た」

「そっか…体験入学は今日までなのか」

お別れ、という単語に竹谷くんが寂しそうな顔をした。

「う、うん。あと、ちょっとした告白をだな…」

「告白?」

なんのことだか全くわからない。
竹谷くんはきょとんとしながら私を凝視した。

「俺は、竹谷八左ヱ門のことが好きだ」

私の吐いたセリフにより竹谷くんが固まった。
そりゃそうだ、今の私は、男だ。つまり、竹谷くんは今同性に告白されたということ。

…!?」

慌てふためく竹谷くんに、更に追い打ちをかける。

「ごめん、この姿はちょっと訳ありでね」

瞬時に男装を解いて、普段の私を竹谷くんに曝す。

「は……」

「男装の課題が出て、私のターゲットが竹谷くんだったんだ。騙してごめん」

「……」

きっと今何が起きているのか、どう反応すべきなのか、とにかく脳内会議で忙しいのだろう。
竹谷くんは微動だにしない。
そう、これは仕返しだ。すんなり課題をこなせるかと思ったのに、苦労させやがって。
だけど、竹谷くんのこのアホ面を見てスッキリした。

「それと、竹谷くんの気持ち、すごく嬉しいから…これからもよろしくね」

この言葉はしっかり伝わったのか、竹谷くんは顔を真っ赤にさせて私の肩を掴んだ。

「もう色々限界…」

竹谷くんはそう呟いて私の身体を抱きしめた。







執筆:13年07月06日