「、四年ろ組の田村と付き合いだしたんだってな」
焔硝蔵で火薬の在庫を数えていると、久々知先輩がいきなり世迷い言を言い出した。
田村くんに追われるようになってから、憧れの久々知先輩と久しぶりの二人きりだというのに、まさかこんな話を振られるなんて思いもしなかったよ。
ちなみに田村くんは会計委員の会議でしばらくは来れないはずだ、ざまあ。
「はぁ? そんなわけないじゃないですか! 久々知先輩にはちゃんと大きなぱっちりとした目がついてますよね? その目でしっかりと真実を見て下さいよ! どう見てもあたしは彼から逃げているじゃないですか! もう毎日ですよ、24時間労働ですよ、ブラックどころじゃありませんよ、労働基準法なにそれ美味しいの状態ですよ。いや、迷惑防止条例違反ですよね。あたしが? 田村くんと? 付き合っている? ありえません!」
「うん、よくわかったから落ち着け」
久々知先輩を睨みつけながら否定すると、久々知先輩は苦笑いをしながらあたしの肩に手を置いた。
いやいや落ち着いてなんかいられないよ。憧れている貴方様に勘違いされたんでっせ?
「つまり、は田村と付き合っていなくて、田村が一方的にに片思いしているんだよな?」
「それで合っていますが間違ってもいます」
「どういうことだ?」
困ったように首を傾げる久々知先輩。
なんていうか、つい勢いでこんなこと話してしまったけれどよく考えたら久々知先輩には全然関係ないことなのに、しかもあたしなんかの事情を話しても仕方ないんじゃないだろうか。
でも、誤解を解くには必要なこと……だよね。うん、とりあえず事情を話してみよう。
「田村くんは、別にあたしのことを好きってわけじゃないと思うんです。田村くんはあたしの育ての父である照星を敬愛しています。だから、あたしと結婚したがっているようで……」
「なんだそれ」
久々知先輩がムッと眉間に皺を寄せた。
うわ、めったなことでは怒らない久々知先輩がなんか怖い。
「俺が田村に言ってこようか?」
うわあああああ優しいなぁ、久々知先輩! そのお気持ちだけであたしは嬉しいです! もうね、久々知先輩が田村くんに直接ガツンと言ってくれたら天にも昇る気持ちだよ!
だがしかし、それって何だか久々知先輩に迷惑かけてしまう。そしてあたしは久々知先輩ファンのくのたまたちに八つ裂きにされるであろう。それは御免被る。
「いや、いいですよ。久々知先輩にご迷惑かけるわけにはいきません。これはあたしの問題なので、自分で解決してみせます。あたしも一応くノ一の卵です」
「……そうか」
少しだけ、久々知先輩の表情が和らいだ気がした。そして、久々知先輩があたしの頭をくしゃりと撫でた。
「どうにもならなかったら、俺を頼っていいんだからな」
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ! ドキドキで壊れそうなんですけど! なんてことしてくれやがるのですか先輩!!
はぁ、田村くんじゃなくて久々知先輩があたしを追いかけてくれればいいのになって思う。絶対ありえないことだけど。
「久々知先輩……」
「はもう火薬委員の一員のようなものだからな、遠慮はいらないぞ」
頭を撫でてもらえたのは嬉しい。嬉しいんだけど……これはやっぱり、兄が妹にするようなもの、だよね。つまりあたしは久々知先輩にただの「後輩」としか思われてないということで。
うん、仕方ない。わかってた。でも今はそれでいい。
「あのさ、は田村のことはどう思っているんだ?」
久々知先輩はあたしの頭から手を離した。そして、切なげな表情であたしを見つめてくる。
「えっ……あたしは、田村くんのことは友達だと思っていますけど? 色々しつこくされていますが、それが無ければ本当はいい奴ですし」
でも、どうしてそんなこと聞くんですか。
そうたずねようとした瞬間、突然大きな音を立てて扉が開いたと思ったら田村くんが乱入してきた。
「ーーーー!! こんなところにいたのか! しかも久々知先輩と密室で二人きりぃ!? わあああああどういうことだ、! 私というものがありながらこの仕打ち!!」
「げっ、田村くん!」
なんていうタイミングで入ってきたこいつ!! 狙っていたのか!? そうとしか思えない! 会計委員の会議はどうしたというのか……まさかもう終わったのか!? おい地獄の会計委員長潮江文次郎先輩さんよ真面目に仕事してくださいよォ! しっかり田村くんを繋いでおいてくださいよ使えないなちくしょうめ。
田村くんはすぐさまあたしに駆け寄り、あたしの肩を掴んでガクガクと前後に揺さぶった。
「大丈夫か!? 何もされなかったか!? 久々知先輩、にちょっかいだすのはやめてください!」
「ぐぇ!」
まるで久々知先輩から庇うように抱きしめられる。首が絞まり、苦しい!
ちょ、田村くんギブ……ギブです……っ!!
そして、この凄まじい光景に見かねた久々知先輩が助け舟を出してくれた。
「あのな、田村……俺とは火薬委員会の仕事をしていただけだ。それと、はお前のことは恋人と思っていない、友達と思っているんだ。だからそういうのは……」
「……知ってますよ。に好かれていないことくらい」
――田村くん?
「でも、私は本当にのことが好きなんです! こうしてと一緒にいれば、いつか私を好きになってくれるのではないかと思っているのです!」
田村くんの腕の力が緩んだ。あたしは目を丸くして田村くんを凝視する。
え、だって……うぇええ!?
「……え、ええ!? 田村くんってあたしのこと、好きだったの!?」
田村くんの衝撃発言に、頬に熱が篭るのを感じた。久々知先輩と田村くんも驚いた表情であたしを見ている。特に田村くんは心外だとでも言いたそうな表情で、目を見開きながら。
「はぁ!? どれだけ鈍いんだ! 私は最初から愛情表現していたじゃないか!」
「だ、だってそれはあたしと結婚すれば叔父上と家族になれるから……だからあたしを利用するためだとばかり」
「あのなぁ、確かに照星さんの家族になれるのは魅力的だけど……それ以上に私はお前のことが好きなんだってば!」
……それじゃあ、田村くんは。
あたしを利用としてたっていうのはあたしの勘違いで。ちゃんとあたしのことを好きで、あたしに好きになってもらおうと頑張っていて?
田村くんの真っ直ぐな視線があたしの心をざわつかせた。
執筆:13年04月26日