夕闇の人気のない公園。制服のブレザーを着てちょうどのくらいの温度。
私は周りを見回して人がいないことを確認する。もちろん、誰もいない。
そして息を整え、一旦瞑っていた目を開いた。

「勇人先輩、好きです」

当然、何の反応もない。私はがっくりと肩を落として、ブレザーを羽織った。
たった一言なのに、本人を目の前にすると言えないものである。
私は半年くらい前から勇人先輩に恋い焦がれている。
おかげで夜も眠れない・・・ということはないけれど、気になってしまうのだ。

「好きです隙です鋤です透きです、すき…っだーーーっ!!言えるかっ!」

バスケ部のマネージャーもやってるけれど、恋の進歩全然はない。
むしろ、ライバルたちに邪魔されてばかりいて。
今日だってそう。勇人先輩にドリンク渡そうとしたら別のマネージャーが故意的に渡して。
そう、マネージャーをやってる子、ほとんどが勇人先輩狙い。あうぅ、勝ち目なんてないよ。

「ああっ!もう嫌こんな生活っ!勇人先輩、私はどうしたらあなたを…」

『ハヤトだって?』

不意に、どこからが声が聞こえた。確かにさっきまで誰もいなかったはず。
と、そこで突然私の前方で激しく煙が立ち上がる。
小さな爆発音とともに、私は悲鳴を上げた。









「うわああああ!?何ーーーーっ!!!怪奇現象っ!!?」

やがて、煙が晴れていき、人のシルエットを表す。

「ゲホゲホ、君!!ハヤトを知っているのか?!」

そのシルエットから伸びた手が、私の手首を捉える。
いきなり掴まれて、私は恐怖に陥った。

へ、変質者!

「は、離せーーーーーッ!!!!」

もう無我夢中で抵抗してみせる。しかし、変質者は私の手首を一向に離そうとしない。
もう、怖くて怖くて、涙が出てきた。
「勇人先輩、助けてください」と、そんな言葉ばかりが脳裏をよぎる。
呼んだって、求めたって、思ったって、あの人が来るはずないのに。
煙が消え、綺麗な青年が私の瞳に映った。青年は、どこか気弱そうで。
あれ?この人本当に変質者なのかな?
でも、変な服着てるし、ギザギザマントだし、煙みたいなのと沸いて出てきたし。
一体この人は何者?!

「話を聞いてくれ!」

青年は真顔で大声を上げた。
抵抗を止め、私は青年の言葉に耳を傾ける。
一体…本当にこの人誰?さっき、確か勇人先輩のこと聞いてきたような。
もしかして、この人は勇人先輩の知り合い…だったりするの、かな?
私は落ち着くために深呼吸をして、青年を見た。
深い藍色(?)の目がとても澄んで見える。なんだか、悪い人じゃなさそうだ。

「あなたは?」

「僕の名はキール。君はハヤトと知り合いなのかい?」

「えと、私はっていいます。勇人先輩とは…そこそこ知り合いですけど」

キールって名前ということは外国人かなのな?それにしても日本語上手い。

「そうか。すまないが、今すぐハヤトに会いたいのだけど、今彼がどこにいるかわかるかい?」

キールさんは焦ったように顔を歪めた。勇人先輩に何か用事でもあるのかな?
でも、もう学校も部活もとっくに終わっちゃってるし。
勇人先輩の家に連れていこうにも勇人先輩の家がどこだか全然わからないし。
どうしよう。

「あの、ごめんなさい。勇人先輩ならきっと家にいると思いますけど
私、勇人先輩の家知らないので。案内すること、できないんです。」

だからといってキールさんを放っておくこともできないし。
キールさんは残念そうな顔をすると、苦笑いを浮かべた。

「いや、大丈夫だ。別に今すぐじゃなくてもいいんだ。明日でもいい。ただ…」

「ただ?」

「僕はこの世界の人間じゃない。だから当然家がなくて寝るところがないんだ」

「え゛」










キールとの出会いが、私の運命を変えるなんて、このとき誰が予想できただろうか。
運命って、本当にわからないものである。












「本当にすまない。世話をかけてしまって」

「平気です。人助け、うちの両親の仕事ですから」

結局、キールさんはうちに泊まることになって、今ここにいる。
私の両親は共働きで、二人とも福祉関係の仕事をしていた。
人助けが仕事の両親は快く了解してくれて、キールさんを泊めることになった。
普通の親だったらまず反対されるだろうけど、うちだからよかったんだ。

「でも、信じられない。違う世界から来たなんてまるで漫画みたい」

キールさんは、リィンバウムという世界から来たのだそうだ。
その世界は召喚術が使えると言う不思議な世界だとか。
勇人先輩は事故で、そのリィンバウムに召喚されてしまったのだそうだ。
キールさんはその事故で勇人先輩を喚んでしまった召喚師で、
送還術という術で無事にこちらの世界に戻った勇人先輩に会いに来たと言う。
しかし、勇人先輩のことを思っていた私の心とキールさんの術が同調して
キールさんは誤って私のところに来てしまったのだそうだ。

「信じられないのも当然だろう。でも、これは現実なんだ。ハヤトに聞けばわかるさ」

「勇人先輩かぁ」

でも明日、どうやって学校に行ったらいいんだろう。
通学中にキールさんと歩けるわけがない。きっと白い目で見られるかもしれないし。
なんといってもこの服装が。せめて制服なら目立たないだろうけれど。
でも、キールさんをつれていく以前に勇人先輩と会えるかどうかだ。
勇人先輩を狙っている女子たちがきっと邪魔をするに決まってるし。
でも、どうやってもキールさんに勇人先輩と再会してもらいたい。
だって、そのために、違う世界からわざわざきたんだもんね、キールさんは。

「キールさんって体力あります?」

「人並みにはあるつもりだけど」

キールさんは眉をひそめながら答えた。
残念だけど人並み、では勇人先輩に恋心を寄せる乙女たちには勝てない。
やっぱり、誰にも邪魔されずに勇人先輩に会う方法を考えなきゃダメかもしれない。
そういえば、バスケ部の連絡網があったっけ。電話、してみればいいかな。

「キールさん、今勇人先輩と話せますか?」

「今、話せるものなら話したいけど、ハヤトはここにはいないだろう?」

「いえ、話せる手段はあるんですよ。この世界には電話という
離れた相手と会話することができる機械がありますから。どうします?」

私はケータイをとり、机の引き出しを開けて、一番上にあった紙…連絡網を手に取った。
バスケ部の部長を務めている勇人先輩の家の番号が一番上に記されている。

「話したい!ハヤトと話をさせてくれ!」

懇願するキールさんを背中に、私は苦笑交じりに「わかりましたよ」と答えた。
勇人先輩の家の番号をケータイに打ち込み、発信させる。
プルルルルという音が、私を緊張させる。何せ、好きな人の家に電話をかけるのだから。

『はい、新堂です』

一発目から勇人先輩だった。
そうわかった途端、私の体内の血液が沸騰したかのように感じられる。
体中に熱がこもるのを感じた。

「も、もしもし!ですが」

『あ、ちゃんか。どうしたの?部活で何かあった?』

キールが首をかしげて私を見ている。

「あの、ですね。先輩を訪ねてきた人がワケありで今うちにいるんですけど」

「今換わります」と言って私は緊張しながらキールさんにケータイを渡した。
キールさんは嬉しそうに微笑みながらケータイを受け取る。

「ハヤトかい?」

『そ、その声…キールなのか!?何で?どうしてちゃんの家にいるんだ?!』

余程びっくりしているのか、ケータイを持っていなくても勇人先輩の声がよく聞こえる。
キールさんは嬉々としながら私のケータイを握った。

「君に会いたくて、この世界まで来たんだ。そして、彼女は、僕を助けてくれたんだ。
この世界に来て、行く当てがなかった僕を助けてくれて…」

『そうだったのか。キール、悪いけれどちゃんに換わってくれるか?』

「ああ、わかった」

キールさんは「ありがとう」と言って私にケータイを手渡した。
は、勇人先輩が私に?ドキドキ、止まらない。

「もしもし、です」

ちゃん、キールがいろいろとよくしてもらったみたいで。俺からも礼を言うよ』

「い、いいえ。そんな滅相もないです!ごめんなさい、なんだか勝手に連れてきてしまって」

『ううん。でも、キールが最初に会った人がちゃんで良かった。
もしもちゃんじゃなかったら大変なことになってたかもしれないな』

私は他の人がキールさんと出会ったらを想像してみた。
確かに、勇人先輩を知らない人だったらキールさんを警察に連れて行ってしまったかもしれない。
人事じゃないと思い、背筋がゾッとした。

「あ、はは。でも、どうするんですか?今からキールさんを連れて公園まで行きましょうか?」

『いいのか!?あ、でも夜は危ないし!』

「大丈夫ですよ。公園、うちから近いですしキールさんもいますから。
それに、先輩はキールさんと早く会いたいでしょうしね」

なんと言っても勇人先輩はモテるから明日学校で、というのは無理だし。
ちらりと横目でキールさんを見ると、キールさんは目を丸くしていた。

『ありがとう、ちゃん。それじゃあ、すぐに公園に向かうから!』

勇人先輩はそう言ってすぐに電話を切ってしまった。
私のケータイから虚しく「プー、プー」と音が鳴る。
勇人先輩、すごく嬉しそうだった。きっと早くキールさんに会いたいのだろう。

「キールさん、公園に行きましょう。勇人先輩と待ち合わせました」

私はケータイを制服のポケットに押し込み、その場に立ち上がった。
キールさんも、ゆっくりとその場から腰を上げる。

「ハヤトに、会えるのかい?」

「そうですよ!よかったですね、キールさん!!」












急いで公園に向かってみたけれど、誰もいなかった。
公園のブランコが風に遊ばれて虚しく「キィ」と音を立てている。
やっぱり、うちの方が公園に近いせいか。

「ちょっと、早かったみたい。勇人先輩が来るまで待ちましょうか」

「そう、だね」

勇人先輩がいなかったのが残念だったのか、キールさんは苦笑交じりに答える。
そんなキールさんを、月の光が照らす。それはなんだかちょっぴり神秘的だった。
私の視線に気づいたのか、キールさんは私を見て、優しく微笑んだ。

、君はここで僕と出会ったとき、ハヤトのことを好きだと言っていたね」

キールさんの突然の発言に、私は思考回路が一瞬だけ停止する。
まさか、アレを聞いていたのだろうか!?

「あ。そ、そうですが何かいけませんか!?」

私は自棄を起こし、キールさんに向かって大声を上げた。
しかしキールさんは動じることなく、寧ろ小さく笑った。
恥ずかしい。ああもう、勇人先輩がきたらどうしよう。
そう思っていた矢先、勇人先輩は息を切らせながら私たちの前に現れた。
勇人先輩とキールさんの目と目が合う。

「キール!!」

「ハヤト…」

いよいよ感動のシーンだ。本当に、よかった。
ど、どうしよう、感動しちゃって涙が出てきちゃった。
勇人先輩は泣いている私に気がつき、すぐさま駆け寄ってくれた。

「ど、どうしたんだよちゃん!!どこか痛いのか!?」

「せ、先輩…。いや、私は大丈夫なんです。ごめんなさい、私のせいで感動のシーンぶち壊しですね」

泣いている私を見て、キールさんは勇人先輩の背中を軽く押した。

「そ、そんなことない!俺は、好きな女の子が泣いているのなんて放っておけない!」

「え」

放心する私に、キールさんが優しく頭をなでてくれる。

「最初は単に同じ名前かと思った。でも、電話で君が家名を言った時に確信したんだ。
君が、ハヤトの好きななんだってね。君たちは、両思いというわけだ。
ハヤトは、いつも言っていたよ。ちゃんが好きだから元の世界に戻りたい、
ちゃんに告白するまで俺は死なない、そう言って魔王も倒したんだ」

キールさんの言葉が、私の体温の熱を上昇させる。
りょ、両思い?私が、勇人先輩と?

「…キールの言うとおり、俺はちゃんのことが好きなんだよ。迷惑、かな?」

「そそっそ、そんなこと全然ないです!嬉しいです」

私は嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
そんな私を、勇人先輩がぎゅっと抱きしめてくれる。
キールさんも、それを見て安心したかのように微笑んだ。








「で、キールはこれからどうするんだ?まさかいきなり俺ん家に来させるわけにも行かないし
だからといってちゃんの家に行かせるわけにもいかないし」

勇人先輩は「うーん」と唸る。

「先輩、それなら平気ですよ。うち、問題ないです」

私がそう答えると、勇人先輩は焦り始めた。

「そ、それはダメなんだ!」

「どうしてだい?ハヤト」

「だ、だって…」

「ん?」

キールさんは楽しげに勇人先輩の顔を覗く。

「と、とにかくダメなんだーーーーーっ!!うちに来い、キール!!」

「ふぅ、僕はハヤトのモノを取ったりしないのに。独占欲が強いな、ハヤト」

「う、うるさいなぁ!も、もう帰ろうぜ?ちゃんも、親が心配してるだろうし送っていくよ」

「は、はい…?あ、ありがとうございます…?」

わけのわからないまま、私は勇人先輩とキールさんに囲まれて家路についた。








最後のチャンス











(二人に繋がれた両手はとても温かかった)






執筆:04年8月16日