キセキノユキ



私は「楽しい」と感じたことがあんまりない。
物心ついたときから英才教育、そして軍に入れられて毎日が仕事仕事仕事。
だから、自然と笑うことも忘れていた。
笑うって…どうやるんだっけ…?

「シャルティエ。もっと頑張って」

「…わかってますよ」

私はラディスロウのシャルティエとイクティノスさんの部屋で
ソーディアンの外装設計をしていた…はずなのだが、シャルティエの剣の稽古の応援をしていた。
シャルティエはソーディアンチームに選ばれたからもっと強くならなきゃならないんだ。
何せソーディアンチームに地上の明るい未来がかかってるんだから。
そして私もハロルドの下でソーディアンの製作に携っていた。
早く、この戦いを終わらせたい。そう願って私もがんばっている。

「あ、あの、…、ソーディアン、の、外装設計の方は…いいんです、か?」

シャルティエは息を切らしながら剣を振るう。
シャルティエは普段は強いのに、プレッシャーを感じると力を出し切れないでいる。
だからとても心配なのだ。

「平気。もうほとんど終わってる。あとはシャルティエのソーディアンだけ」

「それ…、酷いです、よ…」

「嘘。あとチームの皆の手に合うかどうかを計るだけ」

私がそう言うとシャルティエはぷぅ、と少しだけ頬を膨らませた。

「騙しましたね」

「騙したよ」

私はシャルティエから設計図に視線を移した。。
するとシャルティエはいったん動きを止めて息を整え始めた。

「でも、流石ですね。一晩で6人分、のソーディアンの外装設計してしまうとは」

「そんなことない。私はただ早くこの戦争を終わらせたいだけ」

この戦争が終われば…また笑えるのかな?

























「それじゃあ…そろそろ行くよ、プリシラ」

「うん。頑張ってね、シャルティエ」

シャルティエはプリシラさんと微笑み合った。

「それじゃ、行こうか。

「…うん」

私は小さな声で返事をしてシャルティエの後ろを歩いた。
プリシラさんは以前、ベルクラントで家と家族を失くしたところをシャルティエに保護され、
ラディスロウの部屋に移る前までは二人は一緒に暮らしていた。
シャルティエもプリシラさんもお互いを大切に思っている。
今では大切な家族みたいなものだから…。
だから、シャルティエはこうして仕事の合間にプリシラさんに会いに来ている。

ちなみに私はハロルドにソーディアンの外装設計図を届けるついでにシャルティエに同行した。
シャルティエが誘ってくれたから。
なんとなく来たくなかった。
なんとなく二人を見ていたくなかったと思った。
それは二人がとても楽しげに見えるから。
周りの人が笑っている中、自分だけが笑えないなんて嫌だから。







はあんまり笑わないですよね」

シャルティエが私の前でポツリと呟いた。
そして立ち止まって後ろを黙々と歩いている私を見つめる。
何もかも見透かしていそうな青い瞳が私を捉える。

「そうね」

「笑ってないと幸せ、逃げちゃうんじゃないでしょうか?
…って僕が言ってもあんまり説得力ないですけどね」

シャルティエは苦笑交じりに首を傾げた。
確かに…。笑っていないからなのかはわからないけど毎日が不幸かもしれない。

「…そうね。でも毎日仕事で、遊んでるヒマさえない。
それに小さいときから楽しいことなんてあんまり知らないし。笑えないのも当然」

私は歩く速度を速め、シャルティエを追い越した。
足の下で雪がシャリシャリと音を立てる。

「確かにそうですね。仕事はつらいものばかりだし嫌になります。
だけど、楽しいこと、ありますよ?仕事中にでも、今…この時でも」

シャルティエはクスクスと笑った。

何が楽しいの?
こんな乱れた世の中…。
毎日が暗くていつ死ぬかわからない地上、富と名声を欲する欲望だらけの天上…。
みんなみんな大嫌い。

突如後頭部にぽす、という鈍い音とともにひんやりした感触がした。

振り返るとシャルティエが笑顔で私を見ていた。

「何…?雪…?」

「雪合戦、しましょう!!楽しいですよ!僕、に笑ってほしいです!」

シャルティエは私が答えるまもなく雪だまを作って私めがけて投げてきた。
その雪だまが私の顔にあたってぱらぱらと砕けた。
突然の衝撃と共に私は転んでしまった。
しかし雪の上なので痛みはほとんどない。

「ご、ごめんなさい!顔に当てるつもりはなかったんですが…」

私の顔についた雪が微かに解けて頬を伝って雫になった。

「雪合戦…?」

私が首を傾げるとシャルティエは私の顔についた雪を落としてくれる。

「はい、今みたく相手に雪だまを当てるゲームです!」

シャルティエはにこにこと笑顔で私を見つめた。

「……」

私は即座に雪を掻き集めて雪だまを作ってシャルティエの顔面にあててみせた。
するとシャルティエの顔は雪だらけになった。
シャルティエは「あ…」と呟くとすぐに顔を歪ませた。

「ず、ずるいですよ!不意打ちなんて!!」

「人のこと言える?ていうかこれのどこが楽しいの?体力のムダじゃん」

私はシャルティエの微かに怒った顔から目をそむけて立ち上がった。
するとシャルティエははぁ、と盛大にため息をついた。

、無理してないですか?」

「そんなのしてない。楽しくないもんは楽しくない。
だいたい私が笑ったところで何。貴方には何の得もないんだから放っておいて」

私は後ろにいるシャルティエをひと睨みし、そしてすぐに歩みだした。
後ろからは足音がしない。だけど私は構わず歩き続けた。
しばらくして足音がし始めた。足音が速い。走ってる…?

気づいたときにはもう遅かった。

私はシャルティエに突き飛ばされて倒れた。

「痛っ!何すん…っ!」
「得、ありますよ!僕、の笑顔が見れたら嬉しいです!」

シャルティエに馬乗りされる。
雪がちらちらと舞う。

「わけわかんない」

「ただ、僕がの笑顔が見たい。それだけの理由じゃダメですか?」

シャルティエは悲しそうな顔をした。
そして私から退くと私の手を引っ張り、私を立たせた。
さらに、私の手を引っ張り駆け出す。

「ちょ…、痛い!さっきから何!今日のシャルティエ、おかしい!」

シャルティエは無言のまま私を引っ張る。
放っておいてって…言ったのに…。


あれからどのくらい走ったか。

私はもう息がきれそうになりながらもシャルティエに引っ張られていた。

、ごめんなさい!」

シャルティエはそう言って止まる。それと同時に目の前が真っ暗になった。

「な…何!?」

シャルティエは何も言わずに私の目を隠す。
わけがわからない。この人は何がしたいんだろう。

しばらくして、ようやくシャルティエが口をあけた。

「そろそろ、いいかな」

シャルティエはそう呟くを私の目を開放する。
そして私は抗議をしようとぱっとシャルティエを振り返った。

「…すごいっ!」

私の目の前で、キラキラと無数の光が輝いていた。
まるで宝石が光り輝いているようだ。
しかし、その正体は雪だった。
空中都市の地面の隙間から微かに差し込む
太陽の光が雪を照らして雪が輝いて見えるんだ。

「フフフ…やっぱり、でもここのすごさには敵わないみたいですね」

私の隣でシャルティエが小さく笑った。

「え…?」

の笑顔、やっぱり可愛いです」

そういえば…頬の筋肉に何か違和感が。
あ、私、笑ってる…!?

「ねぇ、今、私、笑ってるの?」

「はい。それはもうばっちり」

シャルティエは嬉しそうにピースサインをする。

はやっぱり笑っているほうが可愛いです。…ってクサかったですかね?今のセリフ」

シャルティエは照れくさそうに笑う。すると不思議とまた笑ってしまう。

「…クサすぎ、ソレ」

そっか。今まで忘れてた…。
楽しいって、こういうことなんだね…。

「ありがとう。今、かなり楽しい。何年ぶりだろう、こんなに笑ったのって…」

「よかったです。の笑顔が見れて。でも、ちょっと思いがけない展開になってしまったかもしれません」

シャルティエは恥ずかしそうに頬を掻きながら私を見つめた。
思いがけない展開?

「思いがけない展開って何?」

「僕、に惚れてしまいました…。でも実は前から気になっていたんですけど…その笑顔を見たらやっぱり…」

シャルティエは真っ赤になってソッポ向いた。
こ、これって…。

告白…?

私、今シャルティエに告白されてる?

まさか…。

「シャルティエ。聞いていい?」

「はっ、はい!?」

私が声をかけるとシャルティエの体がびくんと跳ねた。

「今のは…告白?ああ、違ったらごめん。自惚れてるね、私」

私、今ドキドキしてる…。
よくわからない。何なんだろう、この感じは。

シャルティエ、何ていうかな…?

「こ…告白です…」

「そっか…」

これって、恋って言うのかな…?
この新しい感情の謎を解いてくれるのはシャルティエだけなのかもしれない。



執筆:04年02月17日
修正:06年12月21日