「うわぁ!今回もヒューバートに負けた!何でよ!!」

あたしとヒューバートの間に成績表を隔て、その上から顔を覗かせてヒューバートを睨む。
ヒューバートはきょとんとした後、苦笑いを浮かべた。

「たった1点差じゃないですか。恐らく、ぼくの負けですよ。」

そのヒューバートの言葉にあたしは頬を膨らませる。
確かにあまり変わらない点数ではあるけれど…

「1点差でも負けは負けでしょ…。それに、何でヒューバートの負けになるのよ。」

あたしが問い掛ければ、成績表を鞄にしまい込みながらヒューバートが答える。

は学校から帰ったらパラディ家のメイドとして働いているのでしょう?
ぼくは家に帰れば勉強か稽古ですから。仕事に勉学にと…よく両立できますね。」

その答えを聞いた瞬間、一瞬血の気が引いた気がした。
本当はあたしはパラディ家のメイドではなく、一人娘だ。
パラディ家の娘であることは夢の実現のために隠している。
だから表向きはメイドということになっているけれど…
メイドとして働いている時間なんて1日30分にも満たなかった。
あたしだってヒューバートと同じように、帰ったら勉強か礼儀作法の訓練、武術などの稽古だ。
ヒューバートの言うように、勉強時間が少ないというハンデがあるわけではない。

「ダヴィド様はお優しい方なので、仕事の合間に勉強してもいいと言われているから…
きっと勉強時間はヒューバートと大して変わらないよ。」

自分の父親を褒めるのは何だかこそばゆい。

「そうなんですか。ところで、は何故奉公に出たのですか?」

更にヒューバートの猛攻は続いた。
母の姓を名乗って夢を叶えようと決めた時、自分なりにある程度の設定を決めていた。
でも、親友に嘘をつくという罪悪感で胸が苦しかった。
ああ、あの時お父様が言ってたな。「お前は親しい人間にも隠し通せるのか」って。
ヒューバートになら本当のことを言ってもいいんじゃないかって…思ってしまう。
…それでもあたしは隠し通すんだ。
乗り気じゃなかったのに協力してくれたお父様や応援してくれるお母様やうちの使用人たちのためにも。

「あ…あたしの実家はオル・レイユなんだけど、流石にユ・リベルテにある軍学校まで毎日通えないじゃない。
一人暮らしも不安だし諦めかけてたんだけど、偶然奉公の話が来たんだよね。
で、ユ・リベルテに来て今軍学校に通ってるの。もちろんダヴィド様の了解も得てるよ。」

もちろん、そんなのは嘘だ。

「…実家はオル・レイユなのですか、遠いですね。
ご両親も心配でしょう。軍人になるのを反対されるのも無理ないです。」

両親に会えないことを不憫思っているのか、心配そうにあたしを見つめるヒューバート。
ごめん、本当は実家はユ・リベルテだしいつも両親と会ってるんだよ。

「だ、大丈夫!たまに里帰りさせて頂いてるから!寂しいとかはない!ヒューバートもいるし!!
それに両親ともあたしのこと理解してくれたし許してくれたし、もう大丈夫!」

テンションを高めに笑えば、ヒューバートは安心そうに微笑んでくれた。

それからあたしとヒューバートは今日は教官の機嫌がどうだったとか、
クラスメイトが授業中にどうだったとか何気ない話をしながら帰路を歩いていた。
オズウェル邸の近くに差し掛かると、レイモン様が辺りをキョロキョロとしているのに気付いた。
今日は非番なのかと考えていると、レイモン様もあたしとヒューバートに気付く。

「ヒューバート、。いいところに!」

レイモン様はあたし達に駆け寄り、じっとあたしを見た。
あまりにも見つめてくるので、怖くなったあたしは一歩後退した。
ヒューバートがあたしを背に隠して「何か用ですか、従兄さん」と訊ねた。

「うちのメイドの一人に不幸があってね、急遽里帰りさせたはいいが働き手が足りなくなってしまってね。」

とても大変そうな話であるはずなのに、ニヤニヤと笑っているレイモン様。
嫌な予感がした。悪寒が走った。

「そこで、に1日だけうちのメイドになってもらいたいのだが。」

嫌な予感が的中。
あたしとヒューバートは顔を見合わせる。

「あたし、ですか…?」

「従兄さん、何を言っているのです!?そんなことができるわけ…。」

ヒューバートが眉間に皺を寄せて声を荒げた。
あたしも、何故あたしなんだと不思議に思いながらレイモン様を凝視していた。

「できるのさ!パラディ家には既に交渉済みで了解は貰っている。」

レイモン様の嬉しそうな声が木霊した、気がした。
お母様が楽しそうに笑いながらオッケーを出したのが簡単に目に浮かんだ。

















メイド服に着替えたあたしはレイモン様の私室に通された。
メイドの仕事と言っても、主な仕事はレイモン様の身の回りの世話だと言われた。
本業じゃないけれど、なんとかなるだろうと思いながらまずはレイモン様に挨拶をしようと口を開いたが、
レイモン様はあたしの姿を見るなり両手を広げた。

「さあ、ご主人様と呼んで!!」

あたしと、隣にいてくれたメイド長が口を開けたままレイモン様を凝視する。

「…ご主人様。」

とりあえず呼んでみる。
不服ではあるけれど、今あたしの仕える人はこの人だ。

「…っ!!このまま私の専属にならないか!?」

息を荒くしながらまるで獣のようにあたしにジリジリと近づいてくるレイモン様が
あまりにも気持ち悪く感じられた。
身体全体がぞわっとして、背中が痒くなった。

「ご主人様はご病気か何かですか?できればあまり近付いて欲しくないです。」

我慢できなくて、首を横に振って拒否しながらレイモン様から離れる。
あたしの言動と行動と態度に焦ったメイド長が慌ててあたしの口を手で塞いだ。

「ちょっ、さん!?レイモン様に向かってなんて事を…!」

「ありがとう、我々の業界ではご馳走さ。」

「レイモン様…!?」

現場はレイモン様の暴走により混乱し、もうわけがわからなくなった。
結局あたしはヒューバートの身の回りの世話をするように言われ、ヒューバートの私室に連行された。
…それがオズウェル邸に着いてから現在までの経緯。

「…というわけで、とりあえずヒューバート様のお世話を任されました。」

これから仕える主に頭を下げる。
すると主であるヒューバートは顔を真っ赤にしながらあたしを見つめる。

「なっ…!」

「ヒューバート様、何かご用がございましたらなんなりとお申しつけ下さいね。」

あたしの普段見ない姿に照れているのだろう。
微笑ましいなぁと思いながら再び頭を下げた。
頭を上げて、周りを見渡す。
ああ、ここがヒューバートの部屋かぁ、と何故か感動してしまった。

「と、とりあえず落ち着きませんので様を付けるのをやめて下さい!」

あたしがレイモン様が戦っている間、悠々と勉強していたのだろう。
机から離れてあたしの肩を掴むヒューバートは本当に必死で笑えた。
が、笑うのは失礼なのでなんとかこらえる。腹筋がプルプルした。
どんだけ恥ずかしがっているのだ。

「しかし、今はヒューバート様はわたくしのご主人様でございますし…。」

「いつも通りにしてください!気味が悪いです!」

気味が悪い、と言われて調子に乗っていたあたしのテンションは急降下した。
確かに、ヒューバートの前でこんな風じゃ気持ち悪いよね。

「…ごめん、なさい。」

急にしゅんとしてしまったのが不気味に思ったのか、心配してくれたのか。
ヒューバートは「ち、違うんです!」と言った。

「本当に気味が悪いんじゃないんです、すみません。
ただ、の雰囲気がいつもと違うので戸惑ってしまって…。」

ああ、なるほど。ヒューバートなりに緊張していたのか。
あたしは右手に左拳をポンっと置く。

「じゃあ、いつも通りに接しながら身の回りの世話をする感じで良いかな?」

「そうですね、それでお願いします。」

あたしが部屋に入ってから初めてヒューバートが笑顔になった。
あたしの口調が砕けたから、安心したのかなぁと思った。

「はーい。それで、お世話は何からしたら良いかなー。」

ヒューバートのお世話が仕事。
だけど具体的にどうすればいいのかがわからなかった。
ヒューバートも一緒に考えてくれるも、特に何をしたら良いという答えは出なかった。

「とりあえず…一緒に勉強でもしませんか?夕飯まで大分時間もありますから。」

勉強しにきたわけじゃないけれど…。
これも主のお世話だよね。きっと。

「はい、ご主人様がそう仰るのでしたらご一緒させていただきますぅ。」

「それ、やめて下さいってば。」

「はいはい。」

あたしとヒューバートは笑いながら机に向かってテキストとノートを広げた。

「…なんだか、は仕えるよりも仕えられた方が似合うような気がします。」

ペンを片手にヒューバートが微笑む。
…確かに本来ならあたしは仕えられる側の人間だ。
冗談、だとしても言い当ててしまうのだからあたしは苦笑した。

「ヒューバートってたまに鋭いかもね。」

「どういう意味ですか。」

そのままあたしは答えることなく勉強に集中した。



一日限定専属メイド





(ヒューバートに仕えられてみたい。執事服着てよ。しーつーじー!)
(何をバカなことを言っているのですか。勉強の続きを…)
(見たい見たい見たいみたい。セバスチャーン!)
(…わかりましたよ、いつか着てあげますから。)




執筆:11年2月2日