番外編 『バレンタインにクソ食らえ』
「ジングルベールジングルベールすっずがーなるー」
ザクッザクッと豪快な音を立てながら私は包丁を何度も振り落とす。歌に合わせて切り刻まれていく、ガー●チョコたち。イエーイ、今の私はノリノリなんだぜー。
「、夜中のキッチンで歌を歌うとは神経を疑うぞ。それと、クリスマスはもう終わっただろう」
背後に忍び寄る影。私は一瞬「ひっ」と小さく悲鳴を上げたが、それがすぐにリオン君だと分かるとほっと胸をなでおろした。
「なんだぁ、リオン君か。驚かさないでよね」
「僕はただキッチンから物音がしたから何事かと思って来てみただけだ。それより、一体こんな時間に何をしている。腹でも減ったのか?」
……んおぉう!? リオン君だって!? ちょ、リオン君に見られたくないからわざわざこんな時間を選んだのに。調子に乗って物音を立てすぎたか、私の歌のせいか。それよりも、今何しているかをリオン君に教えるわけにはいかない。
「き、キャー! この覗き魔! エッチー!! 何見てんのよっ!」
「……付き合いきれんな。いい加減、僕の質問に答えないか」
リオン君はため息を吐き、シャルを振るった。私は必死に避ける。
「あ、危ねぇーっ!」
『が答えないからじゃないか』
シャルも呆れた様子だ。
そう、明日は乙女がチョコで愛しのダーリンを虜にすつための……いやいや、乙女が愛しのダーリンに告白するためのバレンタインデーなのだ。だからリオン君に「あなたのためにチョコを作ってるのよ」なんて言える筈もなく。だって、今日バラしちゃったら明日がつまらない。今日は前日なのだから。
「え、えっと……あ、うん。急にチョコレートを混ぜてみたい衝動に駆られて色んなチョコを混ぜ合わせているの。まずは普通のチョコとホワイトチョコを混ぜてみたのさ!」
唐突に言っちゃったけど、我ながらなんつー意味不明な嘘だ。
「あきらかに不味くなりそうだな。相変わらずわけのわからん女だ。というか、金の無駄遣いとはこのことなんだろうな」
リオン君はまるで汚物を見るかのような顔で私を見つめた。私は言葉を失い、チョコを捨てようと思ったが、めげずに持ちこたえた。
そういえばリオン君はバレンタインデーのこと知っているのだろうか。リオン君の世界にもバレンタインデーがあるなら、今この時チョコを弄っていたらバレバレだ。とりあえず、少し怖いけど、聞いてみることにしよう。
「時に、リオン殿。明日は何の日か知っているかね?」
するとリオン君は眉間に皺を寄せて考え始める。しばらくして「2月14日はシャルの誕生日か?」と言い出してしまう。シャルは「全然違いますよ、覚えててくれなかったんですね坊ちゃん」と呆れてしまった。
どうやらリオン君はバレンタインを知らないらしい。これはこれでチャンスかもしれない。
「ちなみに明日は数学の小テスト。最悪ね」
「そうか。そういえばそうだな。楽しみじゃないか」
数学の先生、ありがとう。明日を小テストにしてくれて。これで言い訳ひとつ、できました。だけど、こんな時間にこんなことしてる私はもちろん0点をとる事間違いなしだ。
※ ※ ※ ※ ※
「、おっはよ」
「やぁ、咲。おはよう」
昨日はあれからリオン君にどうやってチョコを渡そうと悩んでてどっと気疲れしてしまった。よくよく考えれば、リオン君がバレンタインデーというものが何かを知らなければチョコを渡す意味が無い。何でも無い日にチョコを渡すようなものなのだから。あんな嘘つくんじゃなかったと後悔しながらいろんな言い訳を考えたけど、結局は正直に話して謝りつつ渡そうというごく普通な渡し方。言い訳を考えた時間がとても無駄だった。
「チョコ持ってきた? リオン君に渡すんでしょ? それとも、もう家で渡した?」
咲が私の袖を掴む。私は苦笑いを浮かべた。
「あ、いや……持ってきてないよ。渡すんだけど帰ってから渡そうかと」
「ふーん。でもさ、リオン君は今日は大変かもね」
「え? 何で?」
「バカ。リオン君はほぼ全校の女子みんなの人気者なんだから。もらうチョコの数だって相当な物でしょうよ」
――そっか、忘れてた。チョコを渡すのは私一人じゃなかったんだよね。何で気づかなかったんだろう。余裕ぶっこいて昨日あのあと手抜きなトリュフチョコ作っちゃったよ。当然、私より凝ってる人は沢山いるんだろうな。
うう、悔しい。今すぐ家に引き返して作り直したい。もっと、もっと凝った物を……! 誰にも負けたくない気持ちが強くなる。
「お。、あれ見て! あれってリオン君の下駄箱だよね!?」
咲に言われて、私は前方のクラスの下駄箱を見た。するとある一定の場所に綺麗に装丁された箱がどっさり。もちろん、リオン君の下駄箱だ。こんなの漫画かアニメでしか見たことないけど実際見てみるとおぞましいものだと思った。
ああ、もうやっぱりダメ。帰りたい!
私はオプションに涙を流しながら、勢いよく踵を返して家に向かって走り出そうとしていた。
しかし、それは誰かの手によって阻止される。腕を掴まれたのだった。
「オメーはチョコ如きで学校サボるつもりか。」
私のチョコレート補完計画を阻止した咲を見て、微笑んだ。
「ふ…愛は勉強よりも大事ってね。」
「アホか。」
私は咲にぶん殴られ、無理やり教室へ連行されたのであった。
教室に着けば着くで大変なことになっていた。
教室の前の廊下には女子が大勢いて、それは綺麗な列を作っていた。
しかも綺麗に装丁された箱を大切そうに手に持って。
彼女たちの目的はもちろん、学園王子様こと、リオン・マグナスである。
リオン君、ご愁傷様。
もうここまでくるとリオン君が哀れに思えてしょうがない。
恋する乙女って素晴らしく怖いものだと実感する。
私もその中の一人であることには間違いないだろうけれど。
…とりあえず、このまま教室に入ってリオン君にチョコが渡される光景を見たくない。
それに、夜中に頑張ってしまったものだから眠くて眠くて仕方が無い。
「咲ー…私1限目は保健室でサb…じゃなかった。
休んでくるね。担任には腹痛だって伝えておいて。」
「は?ちょっと待て!サボるのね?サボる気なのね!?」
私は咲の言葉を背中で受け流した。
後ろを振り返れば、咲が追ってくる様子は無い。
鞄を引きずりながら来た道を戻り、保健室に向かう。
廊下を曲がるたび、チョコやお菓子を持って嬉しそうにしている女子生徒とすれ違うたびに憂鬱になる。
私も、学校にチョコ持ってくればよかったかもしれない。
家で渡していればよかったかもしれない。
保健室につき、「失礼します」と言って戸を開ける。
すると保健の先生が「どうしたの?」と心配そうに出迎えてくれた。
「ちょっとお腹が痛いんですけど…。」
腹痛なんて嘘だけど。
でも、先生は信じてくれたみたいだった。
「あらあら、大変ね。ベッドで休んで様子みてみよっか?」
そう言って先生はベッドメイクをしてくれる。
私は一言先生に「ありがとうございます」とお礼を言ってベッドの上に乗った。
「先生、2時間目から出張なんだけど…先生いなくても大丈夫よね?」
「はい。平気です。」
「じゃあ、元気になったらちゃんと授業に出るのよ。」
そう言ったあと、先生はカーテンをシャーッと閉めた。
うは、先生が出張とはなんというラッキー!
あわよくば4限目までサボってしまえ。
3限目開始のチャイムが鳴って、しばらくたった。
保健室のベッドで悠長に眠っていた私の上に人影が。
「。」
「…んー。」
「起きろサボり娘。涎が出てるぞ。」
「っ…ハァッ!?」
「涎」という言葉に反応し、私は勢い任せにがばっと起き上がってすぐさま口元を拭った。
すると隣からクスクスと小さな笑い声が聞こえた。
私は顔を赤くしながら隣を見ると、そこにはリオン君がいて。
リオン君は悠々と椅子に腰掛けて私を見ている。
「嘘だ。」
「り、リオン君…。無事だったの?というか、何故ここに?」
リオン君は鼻で笑うと、立ち上がった。
「お前が保健室に行ったと聞いてな。丁度いいから僕もここに逃げてきた。
授業中に見つからないように窓からこっそりと抜け出してな。」
「へー。」
「まったく、これでも大変だったんだ。」
「ってか、窓からかよ!教室は2階だよねぇ!?ここ保健室は1階だよねぇ、オイ!」
「今更ツッコむのか…お前は。」
私の反応の鈍さにため息を吐くリオン君。
いや、これは仕方が無いんだ。寝起きだから頭がボーっとするのだ。
しかし、窓から逃げてきたって…本当に危険ではないか。
まさに命がけだな、リオン君。
「窓から抜け出すくらい元の世界でよくやっていたから慣れている。
あの時はマリアンに人参を無理やり食わされそうになって怖くて必死だったな。」
向こうの世界での経験がこの世界で役立つとは思わなかった、としみじみ語るリオン君。
ていうか、私が思ったのはマリアンさんてお腹が黒いのね、ということだ。
是非とも一度お会いしてみたい。
それよりも意外だったのは、そんな腹黒いマリアンさんのことが好きだというリオン君。
まさか実はリオン君は真性のマゾなのではないのだろうか。
「またお前は変なことを考えているな。一応「違うぞ」と言っておく。」
「あっは。何でわかっちゃうかな…。しかも否定されちゃったし。」
「伊達にお前と一緒に住んでいない。」
リオン君は「まったく」と呟いて、またため息をついた。
流石だね、リオン君。私の思考パターンもお見通しってわけか。
それは、私のことを少しでも意識してくれてるという事なのかな。
いや、一緒に住んでるから自然とわかるようになっただけなのかな。
「それよりも。」
リオン君は私を見て少し嫌そうな顔をしながら腕を組んだ。
「今日はバレンタインデーなのだそうだな。
まさか、昨日お前が作っていたのはそのためのチョコなのか?」
「え…。」
やっぱりばれてしまった。
いや、流石に学校でこんなに騒がれていれば分からない方がおかしいか。
とりあえず、私はこくりと頷いた。
「…うん。」
「まさかとは思うが、僕にも作ったのか?」
そんなリオン君の問いかけに私の心が躍った。
もしかして、リオン君は私のチョコを楽しみにしてくれているの?
「え?まっ、まぁ。リオン君にあげるつもりでしたが?」
私の答えを聞くと、リオン君は怪訝そうに私を見つめ、眉間に皺を寄せた。
そして首を横に振った。
「いらん。」
予想外であったリオン君のこのセリフに私はカチンとくる。
ベッドから飛び降り、私はリオン君をキッと睨みつけた。
「何それ。他の女の子から貰ったから私のはいらないって言うの?
はいはいはいはい、わかりました!リオン君にはあげないよーーーっだ。」
「そ、そうではない!お前、昨日色々なチョコを全部混ぜたと言っていただろう!
そんなもの、この僕が食えるとでも思っているのか。大体、お前はスイーツをなめている。」
「ハァ!?失礼な!いくら私でもそんなことするわけないでしょうよ!
真面目に作ってたところにリオン君が来るからやむを得なく嘘ついただけ!
だって、今日いきなり渡してリオン君をビックリさせたかったんだよ…。」
腕を組みながら私を睨むリオン君に、とても腹が立った。
それと同時に悲しかった。
例えリオン君が勘違いしていたとはいえ、私のチョコはいらないと言ったのだから。
お互い息を切らしながら言い合い、ようやく落ち着きを取り戻す。
しばらくの沈黙が続いた後、リオン君は肩を落とした。
「そういう、ことか。」
「もういいよ。捨てるから。」
私はソッポ向いた。
ふん。反抗期なのさ、さんは。
しかし、次の瞬間リオン君に頬を引っ張られ、強制的にリオン君と向き合わされてしまった。
「だが、僕のために作ってくれたのだろう?無駄にしたくない。」
顔が近くて、ドキっとしてしまう。
だから私は必死に目を背けるように努めた。
リオン君は貰ってくれると言ってくれてるのだろうけど…でも、だ。
「嫌。だって、他の女の子からいっぱいもらったんでしょ?
食べきれないだろうし、私のは手抜きで形が汚いし…。」
「僕が欲しいと言っているんだ。、素直に渡せ。」
どんどん詰め寄ってくるリオン君に、
私は一歩一歩下がれば後ろにはベッドがあって逃走不可能な状態に。
リオン君が近づいてくるから、それでも後退すれば当然私はベッドの上に座る形になってしまう。
ギシッと軋むベッド、更にリオン君の手が伸びてくる。
私はこの雰囲気に耐えることができなくなり、ギュっと目を瞑りながらリオン君の手を払った。
「わかったよ!あげる、あげるから!でも、形だけじゃなくて味も保障しないからね。」
「普通の味のチョコなら手抜きでも構わん。大切なのは、作った者の気持ちだろう。」
リオン君はそう言ってふっと微笑んだ。
「はい、リオン君。」
「ああ。」
家に帰って、早速リオン君にチョコを渡す。
するとリオン君は嬉しそうに微笑んでくれた。
それと、リオン君は全校女子のチョコを全部受け取らなかったらしい。
放課後にこっそりと恵まれなかった男子たちに全部与えてしまったのだそうだ。
だけど、私のチョコだけ受け取ってくれた…。
私だけが特別みたいな感じで、嬉しすぎるよコノヤロー。
そんな幸せを噛み締めていると、リオン君の小さな悲鳴が聞こえた。
「…おい、何だコレは!」
装丁を開けたリオン君が一言そう言って絶句した。
「何って、チョコ…」
「この形はどう見ても一口サイズのウン●だろう!」
な…っ!
私が夜中にそこそこ頑張ったものに対してその比喩は酷すぎる。
「た、確かに形が歪なのは認める。だけど、その下品なものと一緒にしないでほしいわ。」
「こんなもの口に入れる気にならん。作り直せ、もしくは市販のを買って来い。」
「わぁああ!酷すぎるよリオン君!さっきと言ってたことが180度違うじゃない!!
大切なのは作った者の気持ちなんじゃないの!?」
「それとこれとは別だ!!」
リオン君は私が一生懸命、だけど手を抜いて作ったチョコを投げつけてきた。
…何がウン●だ。何がチョコだ。何がバレンタインデーだ。
バレンタインなんてクソ食らえ。
私は半べそをかきながらコンビニに出かけた。
執筆:04年2月14日
修正:10年2月13日