繋いだ手
「今日もいい天気だぁー」
のびをしながら空を見た。まだ残りの洗濯物が残っているけど、ちょっとだけ休憩。だって、こんなに天気がいいんだもん、仕事どころじゃないよ。母上に見つかったらこっぴどく怒られそうだけれど。
くっそー。「暇なら洗濯物やって!」とか……私だって寝るのに忙しいのだよ。今日はとても面白い夢を見ていたのに。どんな内容かは忘れちゃったけど、とにかく続きを見ていたかった。
母上に起こされていなければ……!ああ、思い出しただけで腹が立ってきた。
「!」
「何さ!」
イライラしている時に突然話しかけられて更にイライラが増す。振り向くと、そこにはお城の客員剣士様が立っていた。
――リオン・マグナス。
セインガルドでその名を知らない人は恐らくいないと思われるすごい人だ。彼の家はうちの父上のお得意様で、そんな関係だから、私は小さい頃から彼を知っていた。
それと、もうひとつ。
リオンは私の想い人だ。かれこれ10年以上片思いをしている。
「あ、わ、リオン様! 失礼しました……」
私は慌てて頭を下げた。しかし、リオン様は困惑した表情を浮かべる。
「敬語は使うなと言ったはずだ」
「了解ッス」
幼馴染の仲に敬語は不要と、以前言われたことがあった。でも、私の父上はそれを許さない。
まぁ、今、父上はいないから、いっか。
「忙しかったか? 用事があって来たのだが」
リオンは少し躊躇いながら私に訊ねる。
「いや、母上に洗濯物干すのを押し付けられてサボっていたところなの。リオンの家のようにメイドでも雇えばいいのだけど、母上はそういうのが嫌みたいで」
おかげで我が家は一応貴族でありながら、貴族の暮らしではなく、庶民の暮らしに近い。でも、私はそんな生活が嫌なわけじゃない。自由だし、英才教育なんてないし、気の合う友達も多く作れる。
「相変わらずだな、お前は」
リオンはクスクスと微笑んだ。私は、リオンの笑顔が好きだ。なかなか笑わないから、滅多に見ることはできないけれど。
「ところで、用事って何? 私としては、この洗濯物たちから解放されるなら、どんな仕事だって引き受けるよ!」
とにかく今は私の睡眠時間を奪った洗濯物たちから離れたい。
私の問いに、リオンは何故か恥ずかしそうに答えた。
「買い物に付き合ってもらいたい」
買い物……。
リオンにはマリアンさんというお気に入りのメイドがいる。ははーん。私と買い物に行くという事は、ついに彼女に愛の告白をするためのプレゼントを買いにいくのだな。
い、行きたくないなァ。
恋敵(と勝手に思ってる)の為のプレゼントを、好きな人と選びに行くだなんて。これは拷問ですか?
「な、何を買うの?」
予想通りの言葉が返ってきたら、どうしよう。
「ある女性へのプレゼントなのだが……女性の欲しがるものはよくわからないからな。そこで、女であるお前に選んでもらおうと思ったのだが、付き合ってもらえるだろうか?」
やっぱりな! 絶対行きたくない!
ある女性なんて言っちゃってるけれど、私にはお見通しなのよね。でも、大好きなリオンの為! ここは我慢するしかない!
「ええ……わかった。任せて」
マリアンさんとは夕飯の買い物の時によく会って話をするから、バッチリなはず! でも、マリアンさんと話をするときっていつもリオン絡みの話題ばかりだった気がする。
まっ、大丈夫でしょ! プラス思考で行こう。それが我が家の家訓だ。
「待ってて。母上に残りの洗濯物のお願いしてくるから」
「ああ」
リオンにそう言い残し、私はため息を吐きながら母上の所へ向かった。
※ ※ ※ ※ ※
市場までやってくると、流石に人がごみごみしている。この市場は各国からの輸入品が集まるため、世界中の人が集まるって父上から聞いたことがある。
「すごい人だね」
「離れるなよ。こんな中で離れたら探すのが大変だろうからな」
「はーい」
返事をしたものの、この人ごみでリオンとはぐれないようにマリアンさんへのプレゼントを物色するなんて無理だ。
うーん、でも、それじゃあ目的は果たせないし……。
そんなことを考えていた時、突然誰かに背中を押された。
「わっ!?」
バランスを崩した私は前のめりになったが、誰かに腕を引っ張られたおかげで転ぶことはなかった。
「大丈夫かい?」
「あ、はい」
私は助けてくれたその人にお礼を言った。その人は「いえ、気をつけてくださいね」と言って去っていった。
親切な人だ……なんて思っていたら、大変なことに気がついた。
うわぁ、リオンがいなくなっちゃった。
「まったく、いい年こいて迷子だなんてみっともないんだから。自分で離れるなとか言ってたのに」
いや、迷子になったのは私か? 私の方ですか?
とりあえず、大声を出してリオンを捜すのも恥ずかしいし、どこかで待ってた方がいいのかな。それとも、私から捜した方がいいのかな。
いや、捜そう。リオンだってきっと私のこと捜してくれてるはず!
「リオンっ!」
恥ずかしさを押し殺して、リオンの名前を叫ぶ。人ごみの中で叫んでいる私は当然注目の的になる。でも、そんなのに構ってられない。
だけど見つからない……。時間が経つにつれて、焦ってくる。
「はぁ……はぁ……」
世界は広いんだなと、実感した。形はどうであれ、折角リオンとの買い物デートだったのにな。面白い夢を見ていたのに途中で起こされるし、好きな人に買い物誘われたと思ったらライバルのためだし、そしてリオンと離れちゃうし。今日はとことんツイてない。厄日なんだな。
リオン、本当にマリアンさんが好きなんだな。私なんかが敵うはずないよね。大人だし、美人だし。リオンとは一生「ただの幼馴染」で終わるんだ。このままリオンのことを忘れて別の人を好きになった方がいいのかもしれない。今日こんなにツイてないのは、神様の忠告なんだよ。不意に、涙が溢れ出す。
今までずっと好きだったのに、振り向いてもらいたくて頑張ってきたのに、諦めなきゃいけないのかなぁ。
そう思うと、さらに涙が溢れ出す。我が家の家訓は…プラス思考……プラス思考って、なんですかぁ!? わからないよ……!
「帰ろうかな」
見つからないし。これ以上ツライ思いはしたくないし。ああ、なんて悲惨なのだろう。
※ ※ ※ ※ ※
とぼとぼと帰路を歩いていると、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。
「!」
目の前から駆け寄ってくるのは、大好きな人。何で、ここにいるんだろう?
「リオン? どこに行ってたの? ずっと捜してたのに」
「はぐれてしまってからずっとお前を捜してた。もしかしたら家に戻っていると思ってな。いや、お前こそ今までどこにいたんだ! 離れるなと言ったそばから離れて」
ブツブツと文句を言うリオンに、私はカチンときた。今まで積み上げてきたものが、全て崩れたって構わない。もう、どうにでもなっちゃえ。
「リオンこそ! もう、知らない! マリアンさんへのプレゼントなんて自分で選んでよ! 私には関係ない!」
「お前、何を言っている? 何でマリアンが出てくる……」
「マリアンさんへのプレゼント選びに私を利用したんでしょ!? 人の気も知らないで!」
『あーあ、やっぱり……。坊ちゃん、下手に隠そうとするからが勘違いしているみたいですよ』
リオンのソーディアン、シャルティエがはぁっと大きなため息を吐いた。
勘違いって、何? マリアンさんへのプレゼントじゃなかったってこと?
「シャル、お前は黙ってろ」
「どういうこと? じゃあ、誰のプレゼントなの?」
まさか、他にライバルがいたのかな? 私の知らない女性……マリアンさんより最悪だっ。
「……だ」
「は?」
「へのプレゼントだったんだ。本当はただをデートに誘いたかっただけだ。どうしても口実が欲しかった。僕が、を好きだということがバレて、嫌われてしまうのが怖かった。だけど、プレゼントをすると同時に好きだという事を伝えたかったんだ」
もう、それもできないけれどな、とリオンは自嘲する。
ま、まさか。そんなこと……!
私はなんてアホなのだろう。勝手にマリアンさんに告白するのかと勘違いした挙句、他の女性の存在をも考えて自分である可能性を全否定していただけだって!?
――半端なく、アホです。
「あの、えっと……今からじゃ、もう遅い?」
「何がだ?」
「デートの続き。私も、リオンと……好きな人とデートしたい。プレゼントなんていらない。ただ、リオンと一緒にいたいの」
そう言った瞬間、頬に熱がこもるのを感じた。緊張する。恥ずかしい。溶けてしまいそう。
「……っ。お前が、そう言うなら」
ふと、顔を上げてリオンの顔を見た。よく見たら、リオンの顔も真っ赤だった。それがなんだかとても可笑しくて。
「行こうか。今度は離れないように手を繋いで」
「ああ」
私とリオンの目が合う。私たちは同時に笑ってしまった。
父上、母上……申し訳ありません。はまだまだ未熟者でした!
執筆:09年4月22日