仲間以上、恋人未満
その日は満月で夜風が心地よくてキラキラ光る無数の星がとてもキレイだなぁと思った夜だった。
のんびりと雑務をこなしながら私は一息つく。う客員剣士サマはもちろん、その部下も多忙だったりするのだ。たまには休暇を取ってのんびりと旅行にでも行きたいんだけど、そうも言ってられない。ピチピチの10代でこんなこと考えてる私だけど精神は老けているのかなぁとちょっぴりブルーになる。
「!」
扉の向こうからけたたましく聞こえてきた上司の声に私は眉間に皺を寄せた。まだ書類の整理は終わっていないのに、更に仕事を持ってきたのだろうか。そう思ったらため息をつかずにはいられない。はぁー。
「何?」
ノックも無しに突然開かれる扉。一瞬女の子と見間違えてしまうくらい整った顔立ちの上司、リオン・マグナスはムスっとした顔でツカツカと私の方へと歩み寄る。
「剣の稽古に付き合え。見ているだけでもいい」
ようやく訪れた、一人だけの静かな時間。そんな貴重な時間に剣の稽古なんて正直付き合ってられない。しかも見てるだけってなんだ。だったらその貴重な時間を睡眠時間に充てたい。
「えー、マリアンさんに見てもらえばいいのでは」
「マリアンは今忙しい。だからお前に頼んでいるんだ」
私だって貴方が持ってくる雑務のおかげで忙しいんだけど。
――なぁんて、言えるわけもなく。恐らくリオンが片想いしているだろう女性の名前を出せば、彼の表情が少し和らぐことを私は知っていた。案の定リオンは先程よりも表情が若干優しくなった気がする。単純、とお腹の中で笑いながら私はしぶしぶ立ち上がった。
「はいはい、わかりましたよ」
あーあバカバカしい。マリアンさんのことが好きならもっと積極的にいってしまえばいいのに。部下である為誘いやすい私なんかに積極的にならなくてもいいじゃないか。
――とかなんとか色々と不満はあるけれども直接伝えることはできないのであった。
※ ※ ※ ※ ※
「あら、お二人ともこんな時間までお仕事?」
外に向かう途中、廊下でマリアンさんとすれ違った。私は一瞬隣を歩くリオンを見る。やはり、いつも見せないような穏やかな表情になっていた。
いつもそうやって愛想よくしていれば可愛いのに、と私は苦笑いをする。
「ええ、リオンが今から剣の稽古に付き合えと」
私の言葉にマリアンさんが驚いた顔をした。
「まぁ、こんな時間から? もう遅いしゆっくりと休んだらどうかしら」
「あはは、私は朝早いしそうしたいんですけどね」
うんうんと頷く私の横でリオンが眉間に皺を寄せて私を睨みつけてくる。
「、明日何か予定があるのか?」
「うん、スタンさんに会いに行くんだけど――」
「何?」
私は目を瞬かせて一歩退いた。リオンのオーラがなんとなく怖かった。もしかして、いやもしかしなくても怒ってる?
「や、前々からスタンさんに会おうって言われてて、明日はオフの日で丁度良いなと思って」
何故リオンが怒っているのか理解できないまま、必死に答える。
神の眼奪還の旅を終えてから、なかなか会う事のなかったスタンさんが久しぶりに会おうって言ってくれた。だから会う事にした。それだけだ。
「二人で会うのか?」
リオンも誘わなかったことに怒っているのだろうか? それなら、急ではあるけれど今誘えば――
「そうね、まだ他には誰も誘ってないかな。リオンも一緒に行く? スタンさんならきっと喜ぶと思うよ」
「…………」
「リオン?」
「……やめる」
「え?」
「剣の稽古は中止だ。明日はスタンと二人で楽しんで来い」
そう吐き捨て、リオンは踵を返してすぐに自室へと戻っていってしまった。
「ええー!? ちょっと、リオン!?」
私の呼びかけも虚しく、扉が激しく閉まる音をその場に取り残されたマリアンさんと聞いた。マリアンさんと顔を見合わせれば、マリアンさんは困った表情をしていた。
「リオンが何故怒ったのかわからないって顔ね」
「マリアンさんはわかるんですか?」
私はリオンが行ってしまった理由がわからない。誘うのが遅すぎた? ううん、なんとなく、そんな理由じゃない気がする。
「もしも、がリオンのことを大切に思っているのなら、もっとリオンのことをちゃんと見てあげて。リオンが何を思っているのか、考えてあげて」
そう言ってマリアンさんは微笑んだ。
私は、リオンのことを大切に思っているのだろうか? 大切に思っているつもりだ。そりゃあ、面倒くさい性格だし、一緒にいて疲れることもある。それでも、リオンは私にとって大切な人。
「私、リオンのところに行きます。リオンとちゃんと向き合いたいです」
そうすれば、怒った理由も分かるし、いけなかったところも直せるはず。とにかく今うやむやにしたらダメだ。
「ええ。頑張って、」
マリアンさんに頭を下げ、リオンの元へと急いだ。
※ ※ ※ ※ ※
「リオン」
リオンの部屋の扉をノックするが、応答が無い。こんな短時間で寝ているわけないし、無視だなこれは。
ここで引き下がるわけにはいかない。部屋の中にいるのは明らかだ。話さえ聞いてくれればいい。
「聞いて。私、リオンのこと大切に思ってるの。だからもっとリオンのこと知りたいし、私のダメなところも直したい。何で怒ってるかはわからないけど、このままじゃ嫌だからせめて理由を教えて欲しいの」
何も反応の無い部屋の扉の前で待つ。
だんだんと虚しくなってきた。私はリオンのことを大切だと思っているけれど、リオンにとってそれは迷惑なのだろうか。
「リオンは、私のこと嫌い?」
「僕が怒っている理由を知れば、お前は困るんじゃないのか?」
どういう意味なの。何で私が困るの。
よくわからないけれど、とにかく今この状況を打破できるのであれば。
「それでも知りたい。ちゃんとリオンと向き合いたいの」
「――――」
しばらく沈黙した後、リオンが部屋の扉を開いてくれた。別に嫌われているわけじゃないんだなぁと安心してほっと胸をなでおろす。
リオンの部屋に入り、静かに扉を閉めた。
「それで、理由は?」
早速私が問いかけると、リオンは突然私を壁際に押し付けた。
「――こういうことだ」
抵抗する間もなく、ぐっと顎を固定されたと同時に重なる、リオンと私の唇。私は目を見開き、今起こっていることが現実なのか疑う。
しかし、押し付けられたときの背中の痛みが今更じんじんと痛み出してきてこれは現実なんだということを思い知らされた。
「……な、なんで」
お互いの唇が離れて、自然と出た言葉。
「僕は、のことが好きだ。他の男に取られたくないんだ」
思いがけない告白に、私の思考は熱暴走寸前だ。
えーと、落ち着け、落ち着け、落ち着こう。
「そ、そうなんだぁ?」
次の言葉が、出てこない。こういうとき何て言えばいいんだろう。そもそも、リオンの好きな人ってマリアンさんだと思い込んでいたから、すごくびっくり。
そんなことを考えていると、リオンは深くため息をついた。
「お前の答えを聞かせろ。僕の事をどう思っているんだ」
リオンの顔は真っ赤で、今まで見たことがない表情。へぇリオンもこんな顔するんだぁ、なんて新鮮に感じてしまう。
「わかんない」
「わかんない、だと?」
私の答えに納得がいかないのか、リオンの声のトーンが低くなった。
「いや、いきなり言われても……私、リオンの好きな人はマリアンさんだって思い込んでたから、リオンのこと恋愛対象として見てなくて、ね?」
必死に言い訳をすれば、リオンが鋭く私を睨む。
「それはお前が鈍いだけだろう!」
鈍いだなんて失礼な。確かにリオンの気持ちに気づかなかったのだから私は鈍いのだろうけど、それじゃあマリアンさんへの態度は何なんだ。紛らわしいったらないじゃないの。
「今の所恋愛対象ではないけど、私にとってリオンが大切な人なのには変わりないから。とりあえず、私がリオンのこと好きになるように頑張ってみてはどうだろう?」
「骨抜きにしてやる、待っていろ」
リオンはにやりと笑いながら私の頬をなぞった。
執筆:03年1月12日
修正:20年8月5日