番外編:初恋の行方
最初は光の大晶霊レムに関わる特別な人間で、僕の研究も捗るかもしれないと思った。それだけだった。だけど、一緒にいるうちにどんどん彼女といることが楽しくなっていった。何より、旅をしているメンバー内で唯一僕の話を理解してくれることが嬉しかった。
そんな彼女に恋をしてしまった――そう気づいたのは、もうずいぶんと前だ。
ファロース山に登ってて、たちとはぐれたあの時。がいなくなって不安であり、寂しかった。もちろんリッドの事も心配ではあったが、それ以上にが心配で仕方なかった。
他人のことがこんなに気になるのは初めての事で、いわゆる初恋と言うやつだ。初恋は実らないとかよく言われてるけどそんなもの科学的に証明されてないし、ただの迷信だと思う。
だが、最近はリッドと過ごす時間が長く感じられる。リッドものことが好きなのだ。だけど、僕は負けるつもりはない。
――あぁ! またリッドがに話しかけてる! リッドのヤツ……!
「」
リッドと話し終えたらしく、一人で歩いているを見かけた僕は彼女の名を呼んだ。すると、僕に気づいたは「おや、キール」と微笑んでくれる。
「どうしたの? あ、もしかして私? いや、だから…私が研究されるのはいつも断ってるじゃん。私は本当にただの一般人でレムとはただ契約したってだけの間柄なんだよ」
「違うって。ちょっと話がしたくてさ」
「ほんとにー?」
怪訝そうに僕を見つめる。確かにレムと契約しているがどういった経緯で契約に至ったのか、そもそもは何者なのか――聞いてもはぐらかされてしまうから何度かしつこく聞きだそうとはしたけれど。
が話したくないなら、僕はもう無理には聞かない。
「本当だ、信じてくれ」
「あはは、信じるよ。ちょっと意地悪しちゃっただけ」
はいたずらっぽく笑う。
以前までの僕なら怒っていた。だけど今の僕はそんな彼女も可愛いと思えてしまい、顔がにやけてしまうのを堪えるのに必死だ。
大好きなんだ。できることならばずっとそばにいたい。こんなこと、口には出せないけれど、僕はいつもそう思っている。こんな気持ちになれるのは彼女だけなんだ。この恋が実ってくれることを願うばかりだ。
「で、キール? 話って?」
上目遣いでこっちを見つめる。そんな彼女の姿勢がすごく悩殺的で、思わず見惚れてしまう。僕がときめくことを知っていてわざとやっていないか?
――ああ、僕も末期か。
「えっと、は僕たちと旅をしていてつらくは無いのか?」
本当はこんな質問はどうでもよかった。ただ、と一緒にいられればいい。とりあえず無難な話題を振ってみるも、は首を傾げた。
「ほら、ずっと歩きっぱなしだったりするだろう。それにモンスターと遭遇すれば戦わなきゃならない。リッドとファラは体力があるからいい。だけど僕たちはそうでもないだろ?」
「まぁ、そりゃあ最初はつらかったよ。でも、もう馴れちゃったかな。それに、みんながいるから逆に楽しく旅させてもらってるよ。キールは? 運動とか、動くのが苦手なんだよね?」
「ああ、そうだな。僕は頭脳専門で体力的なことは苦手だからな」
最初はすごくキツかった。でも、リッドにバカにされてファラに心配かけるなんてこと、もうしたくなかったから必死だった。僕もと同じで馴れてきたけど、未だに体力的にきついと感じることは多々ある。
「大変だよね。気持ち、わかるよ。私も昔は運動音痴だったからね」
「が?」
「うん」
意外だった。僕程ではないにしろ、人並みだと思っていたが運動音痴だったなんて。
「昔さ、体が弱くて家に篭りっぱなしだったんだけどね。医者に運動することを薦められて、両親にいろいろと運動させられたんだ。サッカーとか、バレーとか、剣道とか。でも、そのおかげで今は丈夫なんだけど」
は苦笑すると「医者に感謝しなきゃね」と呟いた。聞いたことのない単語に僕は首を傾げる。「けんどー」は恐らく剣の修業のことなんだろうが、「さっかー」と「ばれー」は皆目見当もつかない。
「さっかーとか、ばれーって何だ?」
「あ、そっか。こっちにはないんだったね。そうだねー。私の国でやるスポーツだよ。サッカーは足でボールを蹴って相手チームのゴールにボールを入れれば得点が入るの。結構おもしろいんだな、これが」
楽しそうに「サッカー」の説明をしてくれる。
「それは、二人でできるのか?」
「え?」
きょとんと僕を見つめる。僕も少しでも運動して体力を付けたい。そして、それをと二人でできれば一石二鳥ではないか。
「あ、その……リッドたちには声をかけたくないんだ。あいつら、僕の事をバカにしてくるだろうからな」
「あー……確かにね。リッドなら『キールにできんのか?』って小ばかにしてきそうだもんね」
目を細めながらリッドの真似をする。少し似ていたのがなんだか面白くてプッと吹き出してしまった。
「とりあえず、PKの練習ならできるかな」
そう言ってはクレーメルケイジの中からボールを取り出すと、それを足元に置いた。
彼女のクレーメルケイジは物置きとしても使われている。大晶霊という存在をペット感覚で扱い、クレーメルケイジを便利だからという理由で物置きにできるのはこの世界でだけだと思う。
「これをね、こうやって蹴って、ゴールにシュート!」
が勢いよくボールを蹴り飛ばす。ボールがだんだん大きくなっていく。
「あ! キールあぶな」
ドムッ! という大きな音を立ててボールが僕の顔面に直撃した。
「ブッ」
……へぇ、サッカーってボールを人に当てる虐待運動なんだな。
「き、き、キール! ごめん、ごめんねっ!」
「――――」
「あ!」
はよろけて倒れそうになった僕に駆け寄って倒れないように支えてくれた。しかし、僕との体格差があるせいか、は耐えられなくなり僕と共にその場に倒れた。
目の前には慌てふためいたの顔。
「ぷ、クククク……」
「ど、どうしたのキール! ボールが当たって頭おかしくなっちゃった!?」
「いや、違うんだ。の慌てた顔がおかしくて、つい」
「え? し、失礼なっ! 本気でビックリしたんだよ!」
「わかってる、わかってる」
僕は上半身を起こし、隣でため息をついているを見下ろした。そして、そっとの髪に触れる。
「キール?」
「痛かったけど、の慌てっぷりが見れたからよかった」
「もうー! しつこいって!」
は体を起こし、僕を睨みつけた後に小さく笑った。
「サッカー、やめようか。だって、キールの綺麗な顔に傷がついちゃう」
「え?」
の手が僕の頬に触れた。瞬間、胸がすごくドキドキと鼓動を早めるとともに顔に熱が篭っていく。
「いや……でも」
まだと一緒にいたいから――そう、言えたらいいのに。
「キール、無理しない方がいいって。キールが筋肉ムキムキになったらやだし。筋肉ムキムキはリッドだけでいいよ」
「――――」
やはりはリッドのことを考えているんだと、わかってしまった。
そうだよな。リッドはあんなだらしなくて大食いだが、男らしいし、僕なんかよりずっと頼りになる。
「は……」
「ん?」
「は、リッドのことが好きなんだな」
つい口走ってしまった言葉。
――僕は、いったい何を訊いているんだ。こんなこと訊いて、が頷いたら僕どうしたらいい?
「そうだけど……それが何?」
は「当たり前」な顔をして答えた。
ああ、僕は失恋したんだな。
「やっぱり――」
「もちろん、キールだって好きだからね! ファラもメルディもチャットもクィッキーも、みんな好き!」
どうやらは「仲間として好きか」と勘違いしたらしい。
それじゃあ、まだ僕にも可能性は残っていると思ってもいいのだろうか。
「ありがとう、僕もが好きだ」
「えへへ。ありがとう、キール」
本当は特別な好き、なんだ。
彼女にそう伝える事無く自分の胸の内で囁く。今はまだこの関係でいるのも悪くは無いかもしれない。
突然クレーメルケイジが光り、レムが出てくるなり僕の首を絞めながら嘆いた。
「酷いではないか! わらわは? わらわのことは嫌いかーーーーっ!?」
「し……死ぬ……」
「お、おう……れ、レムも好きだよ? だから! キールをはなs」
「わ、わ、わらわもが大好きじゃーーーー!!!!!!!!!!」
「ぎゃああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
堂々とに抱きつくレム。そうだ、恋のライバル(?)はリッドだけではなかった。
というか、レムはリッドよりも強敵なのかもしれないと悟った僕だった。
執筆:04年7月1日
修正:20年8月4日