番外編:ベルカーニュ島
「ここだ、ここ」
リッドと二人(+レム)で旅に出て、ひと月が経とうとしていた。
インフェリアもほぼ全域回ったし、そろそろラシュアン村に帰ろうかとしていたところリッドが「一つだけ回ってないぜ」と言ったのだ。
リッドに案内されたのはここ。確か名前は「ベルカーニュ島」。確か……インターネットで見たことがある。それに、デスティニー2のクイズ本でも聞いたことがある。マローネやコリーナという可愛い女性キャラが出てくるらしいよね。で、アニメ版「テイルズオブエターニア」の舞台がそこなんだったよね。
でも、ベルカーニュ島は光の橋の直前に訪れるらしいから、何でリッドは知ってるんだろう? 私たち、炎晶霊の谷を出てまっすぐファロース山に向かったじゃん。やっぱり、私がこの世界に来たことで狂ったのかもしれない。
私がネレイドに連れていかれた後に行ったのだろうか……。
そういえば。インターネットのサイトでベルカーニュ島のメインの女の子はリッドに惚れた、って書いてあったっけ。リッドは、何気にモテモテ? じゃあ、その人たちと会ったらリッドが取られちゃう!?
「おい、どうした? そんな難しい顔して」
「ううん、なんでもない。なんでも、ないの」
私はクレーメルケイジを握り締めた。幸先不安、だ。
だけど、私が信じなきゃ。リッドは私を好きって言ってくれたもん。その言葉を、リッドを、信じるんだ。
※ ※ ※ ※ ※
リッドが信じられなくなりました。
ていうか、リッドは見事に私を裏切ってくれました。悪い予感的中。おとーさん、おかーさん。もう帰りたい。実家に帰らせて頂きたいです。いや、もう帰れないんだけどさ。
「リッド! 本当に久しぶりだな!」
「リッド様ぁー! お久しぶりですぅーっ!」
「ああ! マローネもコリーナも元気そうだな!!」
嬉しそうに笑う三人に私は疎外感を感じていた。特にコリーナと呼ばれた可愛らしい女の子に至ってはリッドにベタベタだし。両手に花なリッドは二人にデレデレしている。
あのー……私の紹介やお二人の紹介は、してくれないのかなぁ。
「えっと、初めまして」
話のキリがよさそうな所に入りこみおずおずと挨拶をすると、マローネさんが私を見た後に辺りを見回した。
「ああ、すまない。三人で盛り上がってしまったな。初めて見る顔だが、ファラ達は一緒じゃないのか? 二人なのか?」
「今はオレとの二人で旅をしてんだよ」
リッドが答えると、コリーナさんが目を丸くしてリッドの腕にしがみ付く。そして、小指を立てた。
「も、もしかしてさんはリッド様のコレですかぁ!?」
「な、何!? そうなのか、リッド!」
興奮したマローネさんとコリーナさんに質問攻めにされるリッド。
……あーあ。私が入り込む余地もなしな感じですかねぇ。居心地悪いなぁ。
いっそ、どこか行っちゃおうかな。リッドも、私がいない方が気を使わずにゆっくりお話できるよね。でも、これってさぁ、いい気しないなぁ。
……いいもん、いいもん! 私だって、リッドよりかっこいい人見つけて浮気してやる! 危なくなったら私にはレムがいるから平気だし。ふーんだっ。
私はなるべく物音を立てずにその場から離れ、森の中に入っていった。こっそりと木の陰から様子を窺えば、どうやらリッドは私がいなくなったことに気づいてないらしく、女子二人ときゃっきゃしている。。
「うそだろ……気づいてないよあの人。リッドのばかー!」
小声で呟き、走り出す。
あーん! リッドの裏切り者! 浮気者! ケダモノ! キ●肉マン!! キ●肉星に帰れ! てか、怪獣退治でもやってろってんだコンチクショーめ!
「?」
クレーメルケイジが光り、レムが姿を現した。
レムは優しく微笑んだ――つもりなのだろうが、実際ニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「どうしたのじゃ? またリッドに泣かされたのか? わらわが慰めてやろうぞ」
「ノーサンキューだ。遠慮しておこう」
私は即答し、両手を広げたレムをしっしと追い払った。レムは頬を膨らませて目を細める。
嫉妬する私も大概だけど、リッドも悪い。あんなに鼻の下伸ばしちゃって。レムにシャイニングフレアをお見舞いしてもらおうかとレムに視線を向けるも、彼女はきっと手加減をしないだろう。却下だ。
でも、やっぱこのままじゃ腹の虫が治まらない。……いいや。昼寝でもして気分を紛らわそう。
「レム、私は昼寝するから、リッドが来たら適当に追い払っておいてね」
私はレムに頼み、草の茂っているところに寝転がった。隣でレムが何やらブツブツと呟いていた。
「リッドめ……わらわのを泣かせおって」
まぁ、そんなのはもう日常茶飯事なので気にはしない。
「リオンに会いたい――」
ぼそりと呟き、私は眠りに落ちた。
※ ※ ※ ※ ※
「おい! 貴様!」
あぁ、懐かしい緑川ボイス。「貴様」ってリオンみたい。
「いい加減起きないか!」
あれ? 本当にリオン? 私、いつの間に自分の世界に帰って来たんだ? しかもデスティニーのゲームやりっぱなし?
「おいっ!」
「痛っ!」
突然頭を殴られて、私は飛び起きた。目を開ければさっきの森で。目の前には――は? リオン・マグナス!?
この麗しい顔だち、鬱陶しそうな前髪、王子様ルックの白タイツとおピンクなマント。間違いない! でもどうして、なんで、何故リオンがここに、私の目の前に!?
ここ、エターニアの世界だよね!? 何でリオンがいるんだよぅ……。ああ、感動のあまり涙が。
「すみません、好きです。愛しています!」
もう二度とお目にかかることもないだろうと思っていたから、本当に嬉しかった。目の前にいる奇跡に感謝をし、リオンに向かって涙を流しながら土下座する。
「……お前、頭沸いているのか?」
「す、すみません……感動のあまり、つい!!」
リオンに白い目で見下された。ああ、夢が一つ叶いました。
「――調子の狂う女だ。それよりも、今は状況を把握したい。お前は何者で、一体ここはどこなんだ? どうして僕がここにいるか知っているなら教えろ」
リオンはキョロキョロと辺りを見回し、目を細めた。
今、この場にリオンがいるという不思議な状況……考えるまでもない。犯人はヤツしかいない。レム、あなたは一体何をしたの。いや、しかし素敵な人をありがとう。
でも、おかしい。ネレイドがいないんだから、レムも別世界から召喚はできないはずでは? テイルズの世界同士で繋がっている……ということなのだろうか? ファンダムVol.1でディムロスとリリスがエターニアに来たという設定だというのを聞いたことがある。それに、エターニアにはメルディだけが使えるという「デスティニー」という晶霊術が存在するとも聞いた。
可能性はゼロではない。
「ええと、私はって言います。旅の者です。で、ここはベルカーニュ島ってところです」
「ベルカーニュ島? 知らんな……しかしこの気温からしてカルバレイス地方か?」
「いいや、多分――」
「! わらわに感謝するのじゃ! の願いを叶えたのじゃ!」
違うと否定しようとした瞬間、レムが飛びついてきた。そしてレムはソーディアン・ディムロスを片手に嬉しそうに笑った。
それはどこから入手したんだっ!?
「くわしくはこの鳥女から聞いたほうがいいと思うの!」
私はレムの羽を引っ張り、ディムロスを見て目を見開いていたリオンに差し出した。
※ ※ ※ ※ ※
どうやらレムは、何故か海底の底から拾ってきたディムロスで、メルディ専用技であるはずの「デスティニー」の晶霊術を使ってリオンを召喚したらしい。
流石チートな大晶霊様である。
私の素性や今までの旅の事などをダイジェストでお送りし、リオンは突然異世界召喚されてしまったというこの超展開に納得できなかったみたいだけど、なんとか現実を受け入れようと努めている様子だ。
しかも召喚された理由がくだらないから尚更である。事もあろうか、名前も素性も知らない別の世界のファンに「会いたい」と願われただけで勝手に連れて来られたのだから。
「リオンは、元の世界に帰りたいとは思わないんですか?」
私の隣で眉間に皺を寄せながら難しそうな顔をしたリオンに問い掛ける。
リオンは黙ったまま小さく首を振った。
「――僕は、死ぬ間際だったんだ」
「……あ」
海底洞窟での、リオンの最期を思い出した。今、目の前にいるリオンは、デスティニーの世界での役目を終えたリオンなんだ。マリアンを守って、死ぬはずだったのだ。
「帰ったら、恐らくあのまま死ぬのだろうな」
「帰らないで! 私はただあなたが健やかに生きて下さるだけでとても嬉しいです!! 私が一方的に知ってて勝手に好意を抱いてて、マリアンの事もリオンの信念も把握していながら私の身勝手な願いのせいでこのような所に連れてきてしまったこと、本当にごめんなさい! でも、死んでほしくない! 帰って死を選ぶのなら、私を倒してからにしてくださいマジで!」
二度と、リオンが死ぬところなんて見たくない。
私は頭を地面に擦りつけて土下座した。リオンが狼狽えながら「お、おい」と私の腕を引っ張って立ち上がらせた。
「そんなに敬うな。もっと……軽く接してくれていい」
涙でぐちゃぐちゃになったみっともない顔で頷くと、それを見たリオンは目を伏せ、ため息をつく。
「考えようによっては、ここが死後の世界だと思えば少しは納得がいく。なら、僕はお前のお守りをすればいいのだろう?」
「……お、お守り?」
そして突然私の肩を抱いた。
「まずは、リッドを嫉妬させてやろうじゃないか」
「へ?」
そう意地悪く笑ったリオンの目が、私の心を掻き乱す。リオンの目は本気だ。
私、リッドのことが好き。だけど、マローネさんたちに鼻の下を伸ばしてるリッドにも嫉妬させてやりたい。だって、私だけ嫉妬してるなんて悔しいもの。
でも、リオンってこんなくだらないことに付き合ってくれるようなタイプじゃないと思ったんだけど――
「いやー、その申し出はすっごくありがたいんだけど、リオンはいいの? 私のとてもくだらない痴情のもつれに首を突っ込む形になっちゃっても、よろしいので?」
「確かに、これ以上にないくらいにくだらないな。だが、僕は不本意ながらお前に命を助けられた。お前が今困っているなら、手を差し伸べてやる……ということだ」
片目を瞑り、不敵に笑うリオン。
やだっ! 私にはリッドという恋人がいるのに、昔の好きなキャラが私を萌え殺しにかかってきやがった!! デレたリオンの破壊力はハンパねぇ。マリアンはいつもこんなデレたリオンと接しててよく生きてられたな!
私は理性を保つために杖で自分の頭を殴りつけた。その奇行にリオンとレムが目を丸くする。
「! 何をしておるのじゃ!」
「すみません、ちょっと自分自身に戒めを。それよりも……リオン、不束者ですがどうぞひとつよろしくお願いします!」
「……あ、ああ」
ドン引いたリオンと、頭にたんこぶを作った私はガッチリと握手を交わした。
※ ※ ※ ※ ※
先程リッドとマローネさんとコリーナさんの三人が話し込んでいた場所へとやってきた私たち。しかし三人の姿はなかった。村に移動したのか、私を捜しに行ったのかはわからない。できれば後者であってほしいと切に願う。
「いいか。打ち合わせどおり、僕から離れるなよ」
「う、うんっ」
リオンの腕に抱きつきながら、私は緊張で硬くなった脚を動かす。
そんな私を見て、リオンは「もっと自然にできないのか」とため息をついたが、そんなこと絶対できなない。ちょっとリオンは鏡を見てみた方がいいんじゃない? そこには超絶イケメンが映るんだぜ? ああ、大好きだったリオンと、まさかこんな形で触れ合うことができるなんて、私は夢でも見ているのか。
それにしても、リッドの姿が見えないのは本当に不安で。
「ね、ねぇ。リオン――」
「何だ」
「もし、リッドがマローネたちに寝取られて私はポイって捨てられたらどうしよぉぉ……!」
「その時は――その時だろう」
リオンに不安をぶちまけるも、一刀両断だ。くっ、わかっていたけどね。優しい言葉なんてきっとかけてくれないってわかってたけどね!
「……お前がこの世界に残った理由は何だ? 自信を持て」
聞こえるか聞こえないかの声量でぽつりと、一言。
ごめんね、リッド。真面目にリオンと浮気していいですか? もう、お芝居ではなく本気で。だって、リオンってば優しすぎるんだもの! 色々と限界なんですけど?
「口惜しい! のお願いを聞いたわらわこそがに褒められ、抱き付かれる算段だったのじゃ! なのにどうしてこうなったのじゃ! ええい、これもすべてリッドのせいじゃ!」
レムが地団太を踏み、大地が揺れた。私はあえて何も言わないけれど、なにやら不愉快なことには間違いはない。
リオンも私の隣でため息をついた。もう驚かない様子から、コレには馴れてくれたのだろう。
そんなこんなで森を抜けたところに、建物の数々が見えた。沖縄のような独特の雰囲気がある。もしかしたら、この村のどこかにリッドがいるのかもしれない。
「探してみる価値はありそうだな」
そう言ってリオンが私の手を握る。
お芝居のはずなのに、すごくドキドキしてしまった。ぐぬぅ、耐えろ、耐えるんだ! リオンの色香に惑わされるんじゃあない!
「く……そだね!」
手分けをして探せばいいものの、リオンはリッドを知らない。それに、リッドにリオンを私が一緒にいるところを見せなくては意味がない。だからといってレムだけ一人でリッドを探せと言ったらレムがヘコむ。
結局手間はかかるけれど三人で固まって探すしかない。
しかし、幸いこの島は案外小さく、リッドはすぐに見つかった。マローネさんとコリーナさんの姿はなく、汗だくになって息を切らしたリッドが一人だった。
「り……リッド」
冷静に、冷静にリッドの名を呟く。
取り乱したらこっちの負けだ。私はリッドに嫉妬させてやるんだから! こんなくだらないことに、リオンに協力してもらってるんだ。負けないもん!
「! どこに行ってたんだよ! それに、誰だよそいつ。妙に仲が良いみてぇじゃねぇか」
リッドが声色を低くしながら言った。そして、私の隣にいるリオンを睨み付ける。リッドに睨み付けられたリオンは流石セインガルドの客員剣士様。こいうことには馴れているのか、微動すらせず、ただ、じっとリッドを見つめていた。引く様子など全くない。
むふふ、リッドってば嫉妬しちゃってるなー! 可愛いなぁ!
「り、リオンだよ。私、前に話したよね? もう会えないかも知れない、すっごく会いたいなって思ってた人のこと。いや、実際に会ったことはないけど私は知ってるみたいな? ええと、なんていうんだろ。と、とにかくそれが、リオンで――」
本人を目の前にして言うととても恥ずかしい。思わずリオンを見て赤くなってしまう。
「……お前が、リオンか!」
リッドがムッとしながらリオンを見下ろした。しかし身長が。身長の差がすごくてとても笑ってしまう。リオンの可愛い身長に笑いをこらえるのが必死だ。
「僕は彼女に命を救ってもらった。彼女を悲しませるようなヤツに――彼女を、は渡さない」
リオンの言葉に、リッドは目を丸くする。しばらくして、苦笑いを浮かべた。
「オレ、やっぱを悲しませちまったよな。ごめんな。懐かしいあいつらに会っちまって……つい、を蔑ろにしちまった。オレ、最低だよな。ずっとの傍にいてやるとか言っておきながら」
悔しそうに唇を噛み締めるリッド。
やだ、あの時の言葉、まだ覚えててくれたの?
「がそいつを、リオンを選ぶんならオレは諦める。でも、オレはずっとのことが大好きだからな?」
寂しそうに、無理して笑うリッド。今にも泣いてしまいそうで、声が震えている。私はリオンを見る。リオンは口元を緩ませた。
「――だそうだが?」
「悪戯も程々にしないと本当に嫌われちゃうもんね」
私はリオンの隣から、リッドの胸へと飛び込む。
なんだかバカみたい。私、自分のことしか考えてなくて。リッドは、いつだって私のことを考えてくれるのに。
「ゴメン、リッド! 私が好きなのはリッドだよ!」
「!?」
「本当はリオンに協力してもらってリッドを嫉妬させようとしたのっ! なのに、リッドは私のことばっかり考えてさ。優しすぎるんだもん……惚れ直しちゃった」
自分の醜さと、リッドの優しさに涙があふれた。リッドは優しく私を抱きしめてくれる。
「オレこそごめんな。もう、一人にさせねぇ」
リッドが私の耳元で呟く。
今、嬉しすぎて死んじゃってもいいくらいだよ。リッド、やっぱり私はあなたが一番好きです。
「それは大丈夫だ。僕もついているからな」
「わらわもついておる。リッドがいなくてもには二人ついておるぞ」
リオンとレムが駆け寄ってくれる。みんなの心遣いがとても嬉しかった。私、とっても幸せものだなぁ。
でも――
「だけど私は」
「にはオレがいれば十分なんだよ!」
リッドは私の言葉を遮って主張した。その後、「な?」と私に同意を求めるリッド。
私は微笑みながら頷いた。
「ふん。悪いが、僕はに同行させてもらうからな。お前だけじゃ不安だからな」
「わらわだって! 愛するにどこまでもついてゆくぞ!」
レムとリオンが同時にリッドを睨む。リッドと私は苦笑しながら手を繋いだ。
「ま、いっか。大勢の方が楽しいかもしれないしな。じゃ、マローネたちにオレの自慢の彼女を紹介しに行くとするか!」
どうやらマローネさんとコリーナさんも私がいなくなったことを心配してくれてたらしい。
今度こそ、いいお友達になれるといいな。
「リッド……その、ごめんなさい」
「何がだ?」
――本気でリオンに靡きそうになったのはリッドには内緒だ。
執筆:04年10月17日
修正:17年8月9日