番外編:赤いチョーカー



 最近、リッドの様子がおかしい。
 私が話しかけても「ふーん」とか「へー」とか、まるで上の空。思い切って背後から抱きしめてみても反応が薄いし……もしかして、これは倦怠期なのだろうか!? そんなっ、ばかなっ! 私はリッドのこと、まだまだ全然大好きなのに!

「私、何かしたのかな。いや、しなさすぎて飽きられたのかな!? もっと激しくリッドにアタックすべき!? ねぇねぇリオンはどう思う?」

 一旦休憩の意味でリッドの故郷であるラシュアンの村のリッドの家に戻ってきた私たち一行。こんなもやついた気持ちじゃこの先旅ができねーよということでなんとかここで解決しておきたい。

「そ、そんなこと……僕に聞くんじゃない!」

「そうじゃそうじゃ! わらわに聞けばよかろう!」

 ジャンケンに負けたリッドが一人で買出しに行っている隙に、私の切実な悩みをリオンにぶち撒ける。しかしあっさりと知らん振りされてしまった。
 うわあああああ今ここで頼れる人といえばリオン、あなたしかいないのだ!見捨てないでおくれ! 背後でレムが何か騒いでるけど、レムに相談したところでまた「リッドと別れてわらわはどうじゃ」とか言い出すに違いない。馬鹿め。

「レムに聞いてもどうせ解決しないからリオンに聞いてるんだよ」

「わらわが信用できぬと申すか!」

「日頃の行いと言動をよーく振り返って発言しようね!!」

「ぬぅ……! 口惜しや! リオン、おぬしが来る前はわらわがの相談に乗っておったのに!!」

 ギリギリと悔しそうに唇を噛み締める光の大晶霊。こいつ……だめだ、神々しさのかけらもない、ただの頭のおかしい鳥女だ。頭も鳥なのだろうか。

「その点、リオンはまともだし、なんだかんだちゃんと私のこと見てくれるからねー。レムと違ってすごく信頼してるんだよ」

 そして、このエターニアの世界に来る前はリオンが本命でしたしね。
 私がにこりとリオンに微笑みかけると、リオンはほんの少し頬を赤くしてソッポ向いた。そしてレムは白目をむいて壁に項垂れる。

「確かに最近のリッドは何か思い悩んでいるように見えるな……」

 計画通りっ!
 ちょっと褒めてあげれば、ツンデレリオンちゃまは相談に乗ってくれちゃうんだもんね!意外と単純……なんて、本人には絶対に言えないけど。

「悩みがあるんなら言ってくれればいいのに。リッドのばかーん」

「やはり、お前に関することで悩んでいるんじゃないのか? だからお前には言えない……と言ったところか」

 リッドが、私のことで悩んでいる。やっぱりそうだよね、リオンもそう思うよね。ああーっ! やっぱり倦怠期になっちゃって私と別れることを考えてるのかな!? 私、リッドに捨てられちゃうのかな!? 待って待って待って! そしたら私が元の世界と家と家族を捨ててまでこの世界に残った理由とは!?
 ちくしょう、予想だにしていなかった事態だぜ! 両思いそして付き合いたてのテンションと倦怠期のテンションの差がこうも激しいとは! オーノー!

「うわあああああああリッドってば私のことで何を悩んでるんだろうね!? 予想はつくけどね!? リオオオオオオオン!! 私、どうしよ! リッドに捨てられちゃう! 捨てられたくないよおおおおお!!!!」

「……僕が知るか」

 わあああああっとリオンに泣きつくけど、リオンはあからさまに嫌そうな顔をして私から視線をそらした。
 そんな、殺生な!何度も言うけど今私が頼れるのはリオンしかいないんだよぅ!

「お願い、リオンがリッドに聞いてよ……私まだリッドに直接聞く勇気ない」

「断る。何で僕がそんなことをしなくてはならないんだ。大体、僕は――」

 リオンの桃色マントにしがみ付いて土下座で床に頭をこすりつける私と、言葉を濁してソッポ向くリオン。
 レムは相変わらず壁の隅っこでいじけている。
 多分第三者がこの部屋に入ってきたらドン引きする地獄絵図だと思う。お願いだからリッド、今は帰ってこないで。

「何だよー! リッドに聞けない理由でもあるの?」

「……っ、僕は、リッドのことをライバルと認識しているんだぞ!? 察しろ鈍感娘!」

「そんなの知ってるよ。二人とも戦闘のときいつも張り合っててさ。男子ってバカだなーって思う瞬間だよね。けど、それだけのことじゃん!」

「……」

 リオンはジト目で私を見て

「……はぁ」

 ため息をついた。
 やばい、何とかしてリオンの機嫌をとらねば。プリンで釣る作戦を練っていると、リオンは目を伏せて一言。

「仕方ない。今回だけだからな」

 私は目を輝かせ、リオンの手を取ってぶんぶんと振り回した。

「ありがとう、リオン! だからリオンって大好きだよ!!」

 そしたら、リオンの顔が真っ赤になった。



※ ※ ※ ※ ※



「おーい! 食材と薬、買ってきたぜ!」

 リッドが乱暴にドアを開けてご帰還なさった。これでまた明日からの野宿の準備ができた。
 そして、私たちの作戦の準備が整った。そう、リッドが隠していることを吐き出させる作戦のな!
 私は物陰に隠れながら、こちらに視線を向けているリオンにバチン! とウインクしてみせる。リオンは口元をヒクつかせたあと、うんざりとした表情でリッドに声をかけた。

「おい、リッド」

「ん、何だよリオン。お前一人か? はどこに行ったんだ?」

「……お前と入れ違いで買い物だ」

「そっか、ならよかった」

 何がよかっただ。こっちはよかねーよ。
 私が物陰でリッドを見ているなんてことに、リッドは気づかないままリオンと会話を続けた。他愛のない話題ばかりでなかなか核心に持っていけないリオンのコミュ力にもどかしさを感じる。
 しかし、二人の会話を聞いていてわかったのは、リッドは私以外と話しているときは普通なのだ。私がいるときだけ、何故かおかしくなる。
 ああ、やっぱり私が原因だったんだなってわかってしまうとなんとも悲しいものだなと思った。

『おい』

 涙目でと二人を見つめていると、リオンが何やらアイコンタクトを送ってきた。リオンはリッドと会話を続けながら、こっそりとリッドのある場所を指さした。
 そして、私はある事に気づく。
 リッドの腰にいつもあるポーチ。リッドはそれを気にしているようだ。
 ――怪しい。そう思った私とリオンはお互いに頷いた。そしてリオンが仕掛ける。

「しきりにその腰のポーチに触れているようだが、中には何が入っているんだ?」

 リオンがリッドのポーチを指摘すると、リッドは一瞬ビクリと肩を揺らす。

「ポーチの中に、か?」

「ああ」

 しばらくの沈黙が流れた。
 そして、リッドがポーチを腰から外して中に手を入れる。

「ナイフだろ、ロープだろ、毛皮の切れ端に、忘れちゃいけない干し肉だろ……」

「ほう」

 安定の干し肉だった。
 なんだよ、リオンめ! ポーチに秘密があるのかと思ったら食いしん坊リッドは腹が減ってただけじゃないか!

「……」

「それだけか?」

 しかしリオンは納得がいかないご様子だ。リッドは目を丸くさせ、干し肉をかじり始める。

「あ……ああ。それが、どうかしたのか?」

「いや。それより、お前最近と上手くいっていないようだが、何かあったのか?」

 おおー! ついに核心に迫る! 流石! やっぱりリオンに頼んでよかった!

「は、はぁ? 何のことだよ。オレたち、普通に上手くやってるぜ?」

「残念ながら僕の目にはそう映っていない。そして、もな。いい加減に出てこい。これはお前たちの問題なのだから二人できっちり話をつけるんだな」

 これ以上付き合っていられん。
 リオンの表情がそう言っていた。
 リッドは干し肉をかじりながら目を瞬かせている。ちなみにレムはクレーメルケイジの中でふて寝している。

「……はーい」

 物陰から出てきた私とすれ違いざまに、リオンは「うまくやるんだな」と呟いて、部屋を出て行った。



※ ※ ※ ※ ※



「そういうわけです」

「どういうわけだ」

 リッドが機嫌悪そうに頬を膨らませ、どすんと音を立てながらベッドに腰かけた。

「何でオレに直接言わねぇんだよ。何でリオンなんかに相談してんだよ」

「だって! リッドは私と話してても最近いつも上の空なんだもん! それに、もしかしてリッドは私に飽きて別れたいのかなって思ってたから、怖くて相談なんかできないよ……」

 スカートをぐっと握り、リッドから視線を外した。
 もし、私がリッドに嫌われてしまったのだとしたらと考える度に怖かった。だから、リオンに、他の人に協力してもらうことでその苦しさを緩和させたかったんだ。
 リッドは私の心情を察してくれたのか、私の頭を優しく撫でてくれた。

「……悪かったよ。だけど、と別れるつもりなんてねぇし。それでもやっぱ、他の奴を……しかもリオンに頼るのには納得いかねぇ」

 リッドの顔を見れば、まだ少し不機嫌そうではあったけれど、照れてもいるようだった。それがなんだかすごく愛しく感じて、思わず私はリッドに飛びついた。

「うっふっふ! あらやだ、嫉妬? リッドってば可愛い!」

 ベッドが軋んだ音を立てて、私とリッドはベッドに倒れこんだ。

「そ、そりゃあ嫉妬ぐらいするぜ! あいつはモテるし、と仲がいいし、それに、あいつだって……」

 リッドが言いたかったのは、きっとリオンが私のことを良く思ってくれてるってことだろう。私はリッドが言う前にリッドの口を自分の唇で塞いだ。
 大好きだったリオンの気持ちがわからない程私は鈍感ではないと自負している。それでも、私はそれ以上にリッドのことを愛していて、リッドの彼女だから、知らないふりをするしかないのだ。

「大丈夫! 昔はリオンのことが好きだったけど今はリッドのことしか考えられないよ! だからさ、何で最近そっけない態度だったのか、教えてほしいんだよね」

 もう、今のもやもやした雰囲気とはおさらばして、前みたくリッドど仲良くしたいんだ。ただ、それだけなのだ。

「……、やっぱオレのこと最高に好きだぜ!!」

「ひゃあ!?」

 突然リッドに抱き付かれ、その勢いで私の身体はベッドからずり落ちそうになった。
 ちょ! リッドのばか! ベッドから落ちる――と、その時リッドのベッドの下に何か落ちているのに気が付く。

「ん……なんだろ。赤い、ひも?」

 手にとってよく見ると、チョーカーだった。
 どこかで見たことがある。えっと確か……ああ、ファラがこれと同じものをつけてたな!
 んん、あれ? もしかして、これってファラのチョーカーだったりする?
 ――まさか、ね。だって、リッドが好きなのは私でしょう? リッドの彼女は私でしょう? ファラだって、私とリッドのこと応援してくれてたわけだし。いや、それ以前に、この赤いチョーカーは農民の女子がつけるものだってリッド言ってた。必ずしもこれがファラのものとは限らない。でもでも、リッドの周りの農民の女子なんてファラしかいない。あれ? あれ? じゃあやっぱり。ていうか、ファラが身に着けているものがリッドのベッドの下から出てきたってことは、つまりそういうことだ。

? 難しい顔してどうした?」

 実はリッドの野郎、ファラのことが好きだったのか! いつの間にか二人で密会していたんだ、きっと。しかも、この部屋で。ベッドの上で。そんでもって、チョーカーが落ちてるという事は服が乱れるような行為をした、と!

「うわあああああああリッドのあほおおおおおおおおおお!!!」

 私は抱き付いているリッドに顔面パンチを食らわせた。リッドが怯み、離れたところでタックルをかます。
 しかし流石リッド。私なんかのタックルでは倒れることなく、しっかりと私を受け止めおった。すごいよリッドさん。

「なっ、い、いきなり何だよ!!」

 リッドは真っ赤になりながらベッドの上で暴れる私を制した。「落ち着け」ときつく抱きしめられて気持ちよかったのは内緒だ。
 だけどなぁ、私はそんなんで騙されないぞ!

「これは何だ! 浮気か! 浮気なのかね!?」

 赤いチョーカーを突きつけると、リッドは目を丸くした。

「そ、それは……!! 何でが持って……!?」

 この反応、やはり黒か。

「今ベッドの下で見つけたの! うわああああん、リッドは本当は私じゃなくてファラが好きだったんだぁぁああ」

「はぁ!? ちげーよ!これはファラのじゃねーって」

 私が泣き喚くと、リッドはため息をつき、私の両肩を掴む。
 ……え? これはファラのチョーカーじゃないの? いや、嘘だ。リッドはきっと嘘をついているのだ。 

「でも、ファラがつけてたものと同じ! リッドに農民の女の子の知り合いなんてファラしかいないわ!」

 リッドの手を払い、再び暴れだす私。しかし今度は制止することなく、リッドは淡々と呟いた。

「……いや、これはオレの母さんの形見なんだよ。父さんとの約束で将来結婚を申し込む時に相手に渡せって。そろそろに結婚を申し込もうとしててよ、それなのに失くしちまったと思ったから……だから焦ってたんだ」

「え?」

「んん?」

 リッドも私も、リッドが何を言ったのか理解できないでいた。

「……お、おう」

「――――!!」

 私がその意味を理解した直後、リッドは自分が何を言ったのか理解できたらしく、顔を真っ赤にしながら慌てて私の手から形見のチョーカーを引っ手繰る。

「そ、その……つまり――そういうことだよ!!」

「……はぁ」

 まってまって。色々衝撃的すぎて頭の処理が追いつかないんだけど、それって要は――

「だからっ! ……もう! オレと結婚、してほしいってことだよ!」

「……えええええっ!?」

 歯車がカチッと噛み合う。つまり、リッドはこれを私に渡してプロポーズしようとしていたのに、そのチョーカーを失くしてしまって、プロポーズできないから焦ってそっけない態度を取っていたと。私は、リッドに嫌われたわけでもなかったし、浮気されたわけでもなかった。むしろ、リッドにプロポーズされた。これが真実。

「はぁ……リオンとレムがいつも邪魔してくるし、母さんのチョーカーは失くしかけるしもうグダグダだぜ。悪いな、。こんなダメなオレがお前と結婚だなんて、できるわけねぇよな」

 がっくりと肩を落とすリッド。
 私はそんなリッドに構わず思いっきり首を横に振った。

「あ、ありがとうリッド。すごく嬉しいよ! こんなグダグダなプロポーズでも、私すごく嬉しい! そっかぁ、私、リッドのお嫁さんになれるんだぁ……!」

 感極まって思わず涙が出てしまう。

……」

 リッドの目尻からも、涙があふれた。

「この世界に残って、オレを選んでくれたことを後悔させない。お前の事、一生幸せにするって約束するぜ」

 リッドがお母さんの形見のチョーカーを差し出す。私はそれを受け取り、大切に両手で握りしめた。
 これからは二人でずっと、一緒に空を見たり、美味しいもの食べよう。私、一生懸命色んな料理覚えるから。

 ――私はとリッドはきっとお互い感じ合うのだろう。『好き』という気持ちを、ずっと、永遠に。



執筆:16年2月11日
修正:17年7月28日