ティル・ナ・ノーグ編:2回目の異世界



 レムに導かれてエターニアの世界でリッド達と旅をする事になった。明日はファロース山を登って光の橋を渡ってセレスティアへ向かうんだ! ――と思っていたのに。

「あれ? 私、また召喚されちゃいました?」

 気付いたら知らない場所にいた。しかも魔物に囲まれていきなり絶体絶命な状態だ。こちとら異世界転移は2回目。こんな時は王子様が剣でシャキーンっと魔物たちをぶった切っていって私を助けてくれるはずだ。お約束の展開、さぁどうぞ!

「アースゲイザー!」

 うわっ! きたきたきたー! 本当にご都合展開!
 地面が揺れ、その衝撃が魔物たちを一掃していくのを見てはしゃぎまくる。あれれ? おかしいぞぉ? 剣でズババーっと助けてくれるんじゃなくて魔法で倒しちゃう感じかぁ。王子様じゃないんかーい、と残念に思う。まぁ、助けてくれたのは本当にありがたいのでその人にお礼を言おう。

「助かりました! ありがとうござ――」

 命の恩人を見て私は硬直した。ウソウソウソ! ウソでしょ!? なんで、こんなの王子様以上じゃないですか!! 私の推しが、今目の前に! これは現実か? 夢なのか? とにかく目が幸せで失神してしまいそう。でもそれはさすがに勿体なすぎるので耐えろ私。

「何だ、人の顔をジロジロと」

 その人、リオン・マグナスはそう仰った。

「――助けて頂きありがとうございます。あなたは命の恩人です」

 膝をつき両手を組んで祈りを捧げるような姿勢で神に、リオンに感謝を。まさか今度はデスティニーの世界に来られるなんて。生きててよかった。リオンは一瞬ゴミを見るような目で私を見たけどその通り私はゴミです。

「お前……リストにあった――リッドが言っていた鏡映点か?」

「きょうえいてん……? 申し訳ないですが仰る意味が分かりかねます」

 そして待って欲しい。今、リッドと言った? リオンとリッドは別作品と登場人物だよね? どうしてリオンはリッドの事を知ってるの? ここはデスティニーの世界じゃないの? そういえばさっきリオンが知らない技を使ってた……それも関係あるのだろうか。

「だろうな。詳しい話は鏡士たちから聞いてもらう。とにかく僕についてこい」

「はい!」

 ここがどこなのかとかこれからどうなるのかという不安よりも目の前に推しがいるという嬉しさで私は終始ニッコニコ笑顔だった。ただ、リッドたちのことが気にかかって少し胸が痛む。彼らもこの異世界らしき場所に来ているのだろうか。



※ ※ ※ ※ ※



 少しの間ではあったけど推しとの二人きりを堪能した。リオンの機嫌を損ねないように慎ましく、静かに、リオンが話した時だけ私も話す、そんな最低限のやり取り。それでも私は幸せだ。アジトに連れて行ってもらい、鏡士であるミリーナさんという可愛い子を紹介してもらい、事情を説明してもらった。
 どうやら私は記憶を持ったままこの世界に具現化されたらしい。異世界転移とは少し違うみたいで、コピーみたいなものといったらいいのだろうか。エターニアでの私はそのまま存在しているとかなんとか、何やら難しい話であった。リオンや他のキャラ達も同じようにしてこの世界に存在している。リッド達は既にこの世界にいて、このアジトで生活してミリーナさん達を手伝っているそう。もしかしたら私だけ冒険をほっぽり出してしまったのではと罪悪感があったから少し安心した。
 クレーメルケイジ内にレムが確かにいるはずなんだけど、今は何かバグってるのかいつもの姿で具現化できないみたい。晶霊術はしっかり使えるのでそのうちレムもきちんと具現化されるのでは、というのがミリーナさんの言。エターニアの世界に行った時のようにナビゲーターになってくれたら心強いのにと思ったけれど、レムがいたらリオンと二人きりになれなかったから良しとしよう。

「そろそろリッドさん達が帰ってくるはずですが――」

 一通りの説明が終わった後、ミリーナさんが扉を見る。リッドは鏡映点の捜索に、特に私の捜索に熱心だったそうだ。仲間思いのいい奴だ。うんうんと一人で頷いていると、扉の向こうが騒がしくなった。どうやら帰ってきたらしい。

!」

「リッド!」

 勢いよく扉が開かれてリッドが現れた。感動の再会である。とはいえ私の中では昨日会ったばかりだし、リッドがいつこの世界に具現化したのかはわからないけれど数年ぶりに知り合いと再会したぐらいの感覚だろう。
 そう思っていたのに。

「えっと、リッドさーん……?」

 何故私はリッドに強く抱きしめられているのだろう。温度差がありすぎる。私がいない間に何があったんだ。横ではミリーナさんが口元を両手で覆ってニヤニヤしている。違うんです、何かの間違いです。くそぅ、恥ずかしすぎる。

「オレ……もうお前と会えねぇんじゃねぇかって、ずっと不安だったんだ……! あんな事になった上に、この世界にまで来ちまって」

 何その恋人と数年ぶりに再会できたみたいな重い反応! それに、あんな事って何それ気になるんですけど。

「大袈裟だよリッド。まだ出会ったばかりの仲間のことどんだけ大事に思ってくれてたの。優しいなぁ」

「出会ったばかり……?」

 リッドが私の肩を掴んで凝視してくる。すごく真剣な表情だ。私、何かおかしな事言った?

「うん、出会って数日だよね? 火晶霊の洞窟で出会って、砂漠と海を超えて、ファロース山の麓にある神殿に着いて……という数日」

「そんな」

 途端、リッドが膝から崩れ落ちた。

「リッド!?」

 それまで黙って私たちの再会を見ていたミリーナさんが申し訳なさそうに説明してくれる。

「あのね、具現化した時間軸には個人差があるみたいなの。大体は仲間同士同じ時間軸で具現化されるのだけど、二人の話からするとリッド達にとってさんは時期がずれて過去から具現化された、ということだと思うわ」

「わお」

 ということは、リッドは未来の私と抱きしめ合うくらいの仲良しさんだったのか。この落ち込み様……当事者である私が言うのもなんだけど、可哀想になってくる。

「リッド、未来の私と仲良くしてくれてたんだね。ありがとう。また私を仲間にしてくれるかな?」

「あ、当たり前だろ! はオレの――」

「オレの……?」

「お、オレの大事な仲間だから、な」

 そう言ったリッドの顔は悲しげだった。ミリーナさんと顔を見合わせて、お互いに眉尻を下げた。



※ ※ ※ ※ ※



 私もミリーナたちの手伝いをすることになった。働かざる者食うべからずだ。でもまだやっぱり私はみんなより弱いので非戦闘員たちと衣食住のサポートに回る事が多かった。今も調理場に立ってイモの皮剥きだ。イモの数も多くて大変だけど頑張ろう。
 黙々と作業をしていると、天の声がした。天にも昇るような美声の略だ。

「……手伝ってやる」

「!」

 リオンがぶっきらぼうに幾つかイモを持って離れた所で皮を剥き始めた。器用に皮剥きする姿が尊い。

「あ、ありがとう!」

 推しの不器用な優しさに目が潤む。両手を合わせて拝みたくなる。何故私なんかを手伝ってくれるのかはわからないけど、理由なんて些細なこと。つい、リオンを目で追ってしまう。そしてため息。推しが目の前で息してる幸せを噛み締めよう。

「可愛い子にそんなに見つめられて、リオンは幸せ者ね」

「えっ」
 
 寧ろ幸せなのは私ですが?
 隣にはいつのまにかマリアンが立っていて、楽しそうに笑っていた。同じ部屋にいるもののなかなか距離があるのでリオンには聞こえていないらしく無反応。こちらに背を向けているので表情は見えない。しかし、リオンが何故私を手伝ったのか理由を察した。マリアンがここに来るのを知っていた……そういうことだ。

さん、リオンのことが好きなのでしょう?」

 マリアンは耳打ちしてにっこりと笑う。

「気付いてしまいましたか。その通りです。でも、恋愛とはちょっと違うので勘違いしないで下さいね」

 以前の私はリオンと付き合えるものなら付き合いたい……そう思っていた。だけどいざ本人を前にしてみるとそういう感じじゃないなーと思った。これは憧れに違いと悟った。好きすぎて神格化――それがしっくりくる。

「残念だわ。リオンに可愛い恋人ができると思ったのだけど。実はリオンね、あなたの事が気になっているみたいなの」

「リオンの気に留まるような人間ではありませんのでそれはありえません」

 断言できる。リオンの好きな人が誰だか私は知っているからだ。確かにリオンが私を手伝いに来てくれるなんて奇跡だと思ったけど、それは今あなたがここにいるからでは!? とは言えない。余計なことを言って二人の関係を壊しでもしたら大変だ。それにしても恋人かぁ。その時、何故かリッドの顔が浮かんだ。何でそこでリッドが出てくるのかわからなくて首を傾げる。

さん、リオンはわかりにくい子だけど……仲良くしてあげてちょうだいね」

 そう言ったマリアンの表情は息子を心配する母親そのものだ。リオン……相当頑張らないと気持ちは伝わらないよ。推しの恋愛難易度の高さを哀れみ、イモの皮を剥き続けた。

! 飯はあるか!?」

 具現化された鏡映点探しから戻ってきたリッドが乱入してきた。腹ペコ大食らいのリッドは開口一番食事を要求してくる。

「いらっしゃい、リッド! ごめんね、まだご飯できてないの。でも、リッドがお腹空かせてると思っておにぎり作っておいたよ!」

 どうよ、私の観察力と気遣い。リッドはニカッと笑って私の頭をぐしゃっと撫でた。

「流石だぜ!」

「ま、まあね」

 なんだろう、私が褒められたはずなのに別の誰かを褒められているようなこの感じ。

の作るものは全部うめぇからな」

 リッドの言葉に違和感。リッドたちには1回しか料理を作った事がない。――ああ、そういうことか。リッドは私ではなく、未来の私を見ているのだ。未来の私は何を作ってあげたんだろう。相手は私なのに嫉妬してる。なんだこれ、なんだこれ。なんだこの感情。

「そっか……。なんていうか、今の私は料理作った記憶が砂漠での1回しかなくて。ごめんね」

「……悪い」

 リッド達と同じ時間を過ごした私が具現化されればよかったのに。神様は意地悪だ。ここにはリオンとマリアンもいるのに、気まずい空気になってしまってどうしよう。いちいち反応しなければよかった。ただ笑ってハイハイてきとーに返事だけしておけばよかったんだ。私のバカ。

「まったく、見てられんな」

「リオン? 何でここに」

 ため息をついたリオンが皮を剥き終えたイモを持ち上げる。今までその輝かしい存在に気づいていなかったらしい盲目リッドが目を丸くしていると、リオンは眉間に皺を寄せた。

「マリアンとを手伝っていた。それより、リッド。お前はに何を求めている? こいつはお前たちより過去から具現化した。お前と同じ時間を過ごしてきたはもういない」

 リオンが私の事を気遣ってくれている……のか? そんなことがあっていいの? 私今ここで息してていいの?
 胸をときめかせていると、リッドが大きな音を立てて机をぶん殴った。めちゃくちゃキレている。

「そんなことお前に言われなくたってわかってる! お前にオレの気持ちなんてわからねぇだろ! オレがどれだけに会いたかったか……! それなのに、今いるはオレたちとの記憶も思い出もほとんどない!」

「えっと、ごめん、なさい」

 まさか、リッドがそこまで苦しんでいたなんて思わなかった。私はリッドが苦しんでいる中リオンを前にして浮かれてた。リッドの気持ちを考えずに未来の自分に嫉妬した。もし私とリッドが逆の立場だったら? そんなの、悔しいに決まってる。ゲームのデータが消えたらまたやり直せばいい。でも、人間関係はそんな単純なものじゃない。

……オレ、そういうつもりじゃなくて――」

 わかってる。リッドはただリオンに八つ当たりしてしまったのだと。私を責めているのではないと。だけど、今のはリッドの本心でもある。

「きちんと今のと向き合うんだな」

 皮が剥かれたイモを渡され、リオンとマリアンが調理場から出て行く。残された私とリッドは黙ったまま俯いていた。



執筆:21年10月5日