ティル・ナ・ノーグ編:彼と私の関係



 この世界にはテイルズシリーズのキャラ達が集まっている。味方だけでなく敵キャラまで網羅されていて東西南北どこを見ても眼福である。色んな人たちと交流できて夢のようだ。頬を抓る。痛い。はい、現実。ただ、リッドとは気まずい関係になってしまっている。これは夢ならいいのに。頬を抓る。痛い。はい、現状。顔を合わせると挨拶はしてくれるものの、明らかに避けられている。地味にキツい。ファラ達は私との再会を普通に喜んでくれたし、具現化する前と変わらない感じで接してくれている。ということは、リッドと未来の私は明らかに何かあった。それはもう恋人だったんか? というくらいに。じゃなければこんなに拗れないと思うのだ。
 こっそりとキールに聞いてみた。

「もしや未来の私とリッドって恋人同士だったりする?」

「……いや、恋人同士ではない」

 ファラとメルディに聞いてみても

「はいな! リッドとはすごくいつも仲良しで――」
「ううん! 恋人同士ではなかったよ! リッドの事は気にしなくていいから、は今のを大切にしてほしいな」

 ファラにめちゃくちゃ気を使われた。メルディもそれ以降はニコニコしているだけだ。怪しい。
 みんなの反応からして仲間以上恋人未満といったところだろうか? でもよく考えて。それはおかしいわ。だってエターニアのヒロインはファラだもの。ふむ、恋人ではないという事は親友とか盟友とかそんな感じだったんだろうな。リッドの反応が過剰だから恋人だったのではと焦ったけど、そんな事はなかった。あるはずがない。安心安心。しかしだからといってリッドの気持ちをぞんざいに扱うわけにいかない。どうしたものか。

「どうしたらいいと思う? チャット」

 お菓子をつまみながらチャットに悩みを打ち明けた。チャットはむすっとしながらも私の話をきちんと聞いてくれる。

さん、ボクのこと知らなかったにしては距離の詰め方がエグいですよね。リッドさん達のことは知ってるのにボクだけ初対面扱いされたこの気持ち、理解してます?」

 チャットはセレスティアの子だ。セレスティアに行く前に具現化してしまった私はチャットのことは知らない。けれどチャットは私を知っていて、最初は本当に気まずかった。でもこうして昔から知っていたかのように普通に接してくれているから気軽に話しやすいのだろう。

「なんだろうね、チャットってすごーく話しやすいの。元々相性が良かったのかもね、私たち」

 にやっと笑うと、チャットは顔を赤くしながらソッポ向いてしまう。

「そういうとこ、変わらないですね。やっぱりさんは今も昔もさんなんだなぁと思わされます。だからこそ、リッドさんも混乱しているのでしょうね」

「そうねぇ。具現化の時間軸を自分で選べないとはいえリッドに申し訳ないよ」

 リッドはきっと私と特別仲が良かった分ダメージが大きいんだろうな。私も、未来の私くらいリッドと仲良くなれるのだろうか。少なくともこのままでは仲良くなんてなれないけれど。

「今はリッドさんを落ち着かせることが一番だと思いますよ。とにかくリッドさんはさんのことになるといつも必死なんです。かといってさんは何も悪くないですから、あまり気に病まないで下さいね」

 唐突な相談をしたのにも関わらずしっかりと話を聞いてくれて私を案じてくれる。年下だとは思えない。

「チャットって本当に大人よね。頼れるキャプテンだわ」

「子分……いえ、友達が悩んでいるのですから少しでもお役に立たなければ」

 恥ずかしそうにニコッと笑うチャット。いい子すぎかよ。チャットとの思い出はないのに、こんなに仲良くなれたんだ。リッドとだって仲良くなれるはずだ。リッドが落ち着くまで待つ……それはいつまで待てばいいのだろう。私は今すぐにでもリッドと仲良くなりたいのだ。それなら、私が落ち着かせればいいのでは?



※ ※ ※ ※ ※



 リッドは空を見るのが好きだ。それはゲームで得た知識であり、リッド本人から聞いたわけじゃない。一緒に旅した数日もリッドはのんびり空を見る事なんてしなかった。アジトの外でぼんやり空を眺めるリッドを見つけることに成功し、覚えててよかったと胸を撫で下ろす。リッドが私に気づくと、逃げようとするのを制す。

「待って、逃げないで」

「逃げようとしたんじゃねぇよ。ちょっと小腹が空いたから何かつまみに」

「はい、ここにユーリ特製クレープがあります」

 もちろん、必須アイテムも忘れていない。するとリッドは口を尖らせて私を睨む。

「……オレの扱い方、完璧だな」

 それはそうだ。リッド達と一緒に旅したのは数日だけど、私はその前からエターニアをプレイしているからその分リッドの考えてそうなことは大体わかる。私が仲間になるまでは、私しか知らないリッドたちとの思い出があるのだ。
 リッドにクレープを渡すと不服そうに齧り付いた。私はリッドの隣に腰を下ろしてリッドを見つめる。

「ファラ達とはどんどん仲良くなれるのに、リッドだけ平行線のままなんて嫌なの。それとも、リッドは今の私とは仲良くしたくないの?」

「……そんなわけねぇだろ。オレだってと仲良くしたい」

 クレープをぺろりと平らげたリッドが呟いた。私と目線を合わせてはくれる気はないらしい。言動と態度が一致していないのだけど。

「なら、避けないでほしいの。また仲間にしてくれるんだよね? 嘘じゃないって証明してよ」

 手を差し伸べるとリッドは私の手を見つめて目を細めた。

「なぁ、少しだけ我慢してくんねぇか?」

「何を――」

 突然リッドに手を引っ張られたと思ったら、私の身体はすっぽりとリッドの腕の中に収まった。一瞬何が起こったかわからなかったけど、今にも泣き出してしまいそうなリッドの震える声を聞いたら抱きしめ返さずにはいられなくて、そっと背中に手を回した。

「今までずっと我慢してたんだ。だからこれからもこうやって抱きしめちまうかもしれないぜ?」

 未来の私は敵に捕まったって、リッドは私を助けるためにすごく頑張っていたと聞いた。やっと会えたと思ったら、私は……はリッドとの思い出も記憶もなくて。つらかったよね、悲しかったよね。

「いいよ。抱きしめ返しちゃうから」

 本当は、リッドは寂しかったんだ。ずっとこうやって抱きしめたかったはずなのに、抱きしめたかった私はいないんだもん。こんな私でもいいのなら、いくらでも抱きしめてもらって構わない。

「またうっかり未来のお前と重ねちまうかもしれないぜ?」

「そしたら、そんなの知らないって笑ってあげる」

 リッドに対するこの気持ちは何だろう。私が幸せにしてあげなきゃと思ってしまう。

は、昔からだったんだな」

「あのねぇ、別人じゃないんだから。そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな。私以外にも仲間達より過去から具現化した人はいるんでしょ。その人達はこんなにギクシャクしてないよね?」

 リッドの顔を見上げて頬を膨らませば、リッドは久しぶりに笑顔を見せてくれた。

「ははっ、確かに難しく考えすぎてたかもしれねぇ。避けたって仕方ないのにな。ごめん、

「許してあげよう! ……それより気になるのは、リッドって意外と寂しがり屋さん?」

 未だにリッドに抱きしめられている。無意識だったのか、リッドは今更顔を真っ赤にした。多分私の顔も真っ赤だと思うけど。

「ま、まあな! 両親はオレが小さい時に死んだからな。愛情に飢えてるんじゃねぇかな!?」

 慌てるリッドが可愛すぎる。けしからん。甘えさせてあげたいなぁ。

「そっか。よしよし。私のことママって呼んでもいいのよ」

「遠慮しとくわ」

 ため息をつかれて長い抱擁からようやく解放された。ちょっと名残惜しい気もする。

「もう、リッドちゃんったらもっとママに甘えなさいよ! ほら!」

 ふざけて両手を広げて笑えば、リッドは口角を上げて――

「なら、少しだけ」

「ひゃっ」

 私の膝の上に頭を置いて転がるリッド。これは膝枕だ。リッドのふわふわした髪がくすぐったい。胸がドキドキする。なるべくリッドの顔を見ないようにしたいけれど、それだと私が意識していると思われそう。どんな顔してリッドを見たらいいの。

「おー、良い眺めだ」

 リッドは私の顔を見ているのかと思いきや微妙に目が合わない。恐らくリッドの見ているものというのは――

「はー……リッドってえっちなのね」

「ご、誤解だぞ! オレは空を見てたんだぜ!?」

 顔を真っ赤にしながら空を指さすリッド。苦笑いを浮かべながら見上げれば、雲がゆっくり流れる穏やかな空だった。

「ん、確かに綺麗な空だね」

 どうしよう。今すごく幸せかもしれない……と思いつつリッドの髪を撫でた瞬間ファラの顔が頭を過ぎる。
 いや、このシチュエーションで幸せに浸ったらダメでしょ。このままだと私リッドのこと好きになってしまうのでは? それはまずい。非常にまずい。
 自らビンタをする私を見たリッドがビックリして飛び起きた。



※ ※ ※ ※ ※



「リッド、と仲直りできたんだね!」

「喧嘩してたわけじゃねぇけどな」

「さっきまで死んじゃいそうな顔してたのに今は生き生きしてる。本当に、良かったね」

「ああ」

 リッドとファラが笑い合う。二人がくっつくのはわかっている。今どんな関係なんだろう。もしかして実は既に付き合っている……? それならさっきのは何? テイルズの世界でハグと膝枕は挨拶みたいなものなの? そんなわけない。

「ねぇ、リッドはファラを抱きしめたり膝枕してもらったりするの?」

「は!? お前何言って――」

 リッドが顔を赤くして慌てだす。一方ファラは少し考えて笑顔で否定した。

「小さい頃はふざけてそういうこともあったけれど、今は全然そんなことしないよ!」

 そしてリッドを睨み付ける。

「……リッド、にいきなりそんなことしたの?」

「いや、つい」

「もう! リッドのバカ!」

 ファラがリッドに殴り掛かった。それはそうだ、仲が良いとはいえリッドと私は異性。好きな人が異性とイチャついていたら気分がいいわけない。怒るに決まっている。

「だ、大丈夫だよファラ! 私は別に嫌じゃなかったけど、リッドのことそういう目で見てないから安心して!」

「え、……?」

 そして謎が深まるリッドと私の関係。わからん。恋愛が絡まないけれど濃厚な関係だったとか一体どういうこと。もしや、私とリッドはマリアンとリオンみたいな関係だったの? それなら私のことで必死になるのも抱きしめるのも膝枕もおかしくない。ああ、しっくりきた。しっくりきたはずなのに、この胸の痛みは何なの。空気読んでよ。私はリッドとファラを応援するべきなのだから。これ以上二人の邪魔をしたらいけない。

「ちょっと遊んでくる! 二人はごゆっくりどうぞ!」

「おい、!」

 この場から逃げなければきっとしんどい。私がいなくなることでリッドとファラはいちゃいちゃできる。リッドの、私という悩みの種が取り除かれたんだもの。これからは何の気兼ねもなくファラとイチャイチャできるよリッドよかったね。



執筆:21年10月17日