未来予想図


「リッドー、おっはよー! 今日もいい天気だよー!」

「そーですか」

「あんっ、つれないんだから! ほら、早くごはん食べよ?」

 今日も豪快に隣の家のがオレの上に乗っかり、抱きついてくる。確かに、は可愛くて優しくてイイヤツだ。昔からの馴染みだし、互いの家もよく行き来している。
 互いに両親がいないせいもあって、オレとは互いに助け合って生きてきた。今のように、毎朝オレを起こしにきてくれる。
 だけど、こう毎朝抱きつかれてるとかなり恥ずかしい。しかもこれが寝起きだから最悪だ。前まではこんなことはしなかったのに、最近になって抱きつくようになった。もちろん、何故だかは全くわからない。
 オレとは異性だ。こんなことを毎日やっていて、は何とも思ってないのだろうか?ましてや、オレたちは小さな子供でもあるまいし。

「それより……なぁ、。いい加減にしないとオレも本気で怒るぞ?」

「何が?」

 きょとんと首を傾げる
 自覚もしてないし、こういうことがどんなことかも理解していないようだ。思わずため息が出てしまう。

「こういうことだよ」

 オレはをうっとおしげに引き離す。するとは「えー」と露骨に嫌そうな顔でオレに訴えた。

「何で何で? リッド、私のことキライ?」

 はぁ。には常識ってもんがないのか?

 オレはベッドから降りる。

「あのな。そういわけじゃねーよ。男女が抱き合ってたら周りの反応はどうなる?」

「うーんとね、羨ましがる!」

 オレのベッドの上で胸を張って自信満々に答える
 ……確かに羨ましいと思うやつもいるかもしれねぇけど。普通の人間ならこういうのは白い目で見るだろう。関係を疑われたり、ひやかされたり。
 オレは昔からそういうのがキライだ。というか、面倒くさいのは全部キライだ。
 オレはの答えに脱力した。



※ ※ ※ ※ ※



「えへへ、今日の朝ごはんはベア肉のシチューなのです!」

 はエプロンを身に着け、オレに微笑んだ。
はたから見ればオレたち、新婚に見えないこともないかもしれない、ふとそう思った。――って。何考えてるんだよ、オレ。はただの幼馴染だろ…。何意識してんだよ。
 がシチューを皿に盛り付けてオレの前に出した。オレは「いただきます」と言ってスプーンを手にする。そしてシチューをスプーンですくい、口にした、が。

「はーい、あなた! たーんと召し上がれ!」
「ぶほっ!!」

 噴いた。

「あらやだ! お口に合わなかった?」

 は自分の身に着けていたエプロンでオレの口元を拭き始める。

「ななななな、何言ってんだよ!!」

 オレは慌ててから遠ざかり、手で口元を拭った。心臓がドキドキバクバクいってて今にも破裂しそーだ。

「やっだ。動揺しちゃって。リッドってば可愛いねー」

 楽しそうに手を叩きながら笑う

が変なこと言うからだろ!」

 何が「あなた」だ。冗談にもほどがある。オレたちは夫婦じゃない。ただの幼馴染なんだ。

「変だった? そっか。そうだよね。私たち、ただの幼馴染だもんね」

「そうだよ。オレたちは幼馴染であってそんな関係じゃないってーの」

 は不服そうに言うと、目を細めた。

「じゃあ、毎日起こしに来る必要ないね。あーあー、いいのかなぁ。私が起こさなかったら狩りに行けるの? 昼ごろまでずっと寝てるんだろうね。
それでもってご飯はどうなるんだろう? リッドなら、お肉ばっかりの生活?
それじゃあ栄養偏るよね~。私たち、まだまだ発展途上の体なのに今から偏ってたらロクな体にならないよねぇ? つまりは早死にかなぁ。かわいそー」

 どす黒い笑みを浮かべながらクスクスと一人笑う。あまりの怖さに、オレは声も出なかった。

「それじゃ、私仕事に行くよ。明日からは来ないから」

「わー! まてまて! わかった! オレが悪かったよ!!」

 とにかく、オレはを引き止めた。

「仕方ないなー」

 は嬉しそうに微笑みながらオレの隣に腰掛けた。
 しかし、は一体オレにどうしろというのか。幼馴染じゃいけないのか。
 まさか――

「な……なぁ、

「何?」

 はきょとんと首を傾げた。

「もしかして、はオレのことが好きで、オレと結婚したいのか?」

「え?」

 微動だにしなくなってしまった。この様子からするときっと図星なのだろう。
 ど、どうしよう、やべぇ。もし、そうだったらオレ、何て言えばいいんだ? 後先考えずについ口走っちまった。

「あら? もう私らって結婚してたんじゃないの?」
「はぁ!?」

 オレは予想外な答えに足を滑らせた。

「なーんてね。まっ、例え結婚してようがしてまいが、こういう生活してれば夫婦同然じゃない?」

 そうだよな。毎日こんなことしてれば結婚してるのと変わらねぇよな。朝はがオレを起こしてくれて、朝飯や弁当も作ってくれて、洗濯もしてくれてる。狩猟から帰れば、が夕飯を作って待ってくれてるし、「おかえり」だって言ってくれる。寝るときは当然、は自分の家に帰っちまうけど…。

「ま、まぁな……」

 オレが照れを隠しつつ答えると、は困ったように笑った。

「あ、イヤだった? ごめんね、私はリッドが望むんなら今すぐにでも結婚してもいいんだけど……」

 い、今すぐオレと結婚してもいい!? 待てよ、それって――

「は? な、何言ってんだよ! す、好きなやつとか……他にいねーのかよ?」

 何でこんなこと訊いてんだよオレ。
それで、もしもが他に好きなやつがいて、オレから離れたらどうすんだよ。
オレ、がいなきゃダメじゃんか。じゃなきゃ、嫌なんだ。
 しかし、そんな不安も次のの言葉で解消された。

「だって、私はリッドが好きだもん」

 満面の笑みで答える。そっか、そうだよな。
好きじゃなかったらこうやって毎日オレの家に来てまで家事なんかしねーよな。でも、なんか「好き」って言われてみると、すげー嬉しい。
 ……そっか。オレも、のことが好きなんだな。
 オレはふと微笑む。そしての肩を掴んだ。

「オレもが好きなんだけど、結婚してくれないか?」

 は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにふんわりを微笑んで

「もちろんだよ、リッド」

 そう言ってオレを優しく抱きしめてくれた。
 結婚しても、あんまりこの生活は変わらないだろうけど…一つだけ変わることがある。それは、堂々ととイチャつける、ということだ。




執筆:04年6月12日