永遠の幸せを
「今日の宿、シングルの部屋を2つしか取れなかった!」
ゴメン! と両手を合わせて謝るのはファラ。
おーい? ちょっと待ってよ。メルディ、ファラ、私の女子3人とリッドが男子1人ですよ? それをシングル2部屋だけって……。
「女子2人ならともかく、3人がシングルっていうのは無理すぎでしょ」
私はリッドを睨み付けた。一人だけ広々とベッドを使うなんて羨ましすぎる。というか、憎い。
私に睨まれたリッドは「何だよ」とたじろいだ。
「じゃあ、私たちの中で一人、リッドと同じ部屋っていうのはどう?」
そんなファラの提案に、リッドが顔を真っ赤にし、私は眉間に皺を寄せた。
「嫌だ」
「オレだって勘弁してほしいぜ!」
即答する私とリッドに、ファラが頬を膨らませた。
「わ、私だって嫌だよ。でも、もう部屋はないし……」
「メルディは平気―!」
にこーっと笑いながら挙手するメルディに視線が集まる。
いやいやいや、こんな純粋そうな子をリッドと一晩一緒の部屋においておくわけにはいかないだろう。リッドがメルディに何をしでかすか。
「……メルディをリッドに食わせるわけにはいかないよね」
「仕方ない。ここは公平にジャンケンで!!」
そして、私とファラは恨みっこナシを条件に、右腕を掲げた。
※ ※ ※ ※ ※
「……何故こんなことに」
見事にジャンケンで敗北した私は、リッドと二人きりになっていた。ベッドに腰掛けて「しょーがねーだろ」なんて言ってるリッドと、未だ部屋の入口で呆然と立ち尽くしている私。ベッドはなんとか二人ギリギリは入れそうだけど、リッドと一緒に寝るだなんて……そんなの、眠れるわけがない。緊張のあまり心臓バクバクです。
――よし、私は決めた。
「リッド、私は床で寝るわ」
そんな私の提案に、リッドはため息をついた。
「何言ってんだよ。床じゃ硬くてよく眠れないぜ」
リッドはそう言うけれど、私としてはそっちの方が眠れるんじゃないかと考える。
「いや……」
「いいから、こっち来いよ」
いつまでも入口から動かない私に痺れを切らしたリッドが、立ち上がって、私の前に立ちはだかった。ああ、なんだか逞しい筋肉だなぁとか思っていたら、リッドは私の手を掴んだ。
「やだ、何!?」
驚いた私は咄嗟に手を引っ込めようとしたけれど、リッドの手が私の手をがっしりと掴んでいた。リッドは私の手をグッと引っ張って、無理矢理ベッドの上に放り投げた。ベッドが柔らかくて、痛さは感じなかったが、あまりにも乱暴な態度に私はリッドを睨み付ける。
「何すんのさ!」
「いつまでも入口に突っ立ってるわけにもいかねーだろ」
そう言いながらベッドの上に上がってくるリッド。
「わ、わああああ!! リッド、正気!?」
リッドが近づくだけで大きくなっていく、私の鼓動。どうかリッドに聞こえませんようにと心の中で懇願する。
「…大丈夫だよ、そんなに警戒するなって。何もしねーから。それとも、何か期待してんのか?」
いたずらっぽくニカっと笑うリッド。私の体温は急上昇だ。
「す、す、するわけないじゃん!! バーカ!!」
「その割には顔が…耳まで真っ赤」
「……っ!!」
楽しそうに笑うリッド。いっぱいいっぱいな私に対して、とても余裕そうなのがすごく悔しい。
「可愛いな。」
そう言ってリッドの手が、私の耳に触れた。途端、私の身体はビクッと反応した。我ながら女々しすぎて情けなくなってしまう。リッドの手が冷たく感じる。
それに、「可愛い」だって? 私をからかって、楽しんでいるんだ。
私はリッドの手を払い、慌ててベッドから降りた。
「大体、付き合ってもいない年頃の男女が一緒の部屋、一緒のベッドで寝れるわけないじゃん。リッドはそういうの気にしないかもしれないけれど、私は気にするの!」
いつか好きな人ができたら、その人と一緒に寝るんだ。腕枕してもらって、ギュって抱きしめてもらって……幸せを感じながら。
だけど、今の私はおかしい。心のどこかで、リッドと一緒に寝たいなんて思っているのだから。ううん、これは何かの間違い。恥ずかしすぎて頭がおかしくなっちゃったんだ。もしかして、私がジャンケンに勝ってたら、同じことをファラにしてた?
リッドとファラ、仲いいもんね。
――って思ったらなんだか腹が立ってきた。
「オレだって気にしてないわけじゃない。意識してるに決まってるだろ。だけどな、好きな子と一緒に寝れる折角のチャンスを無駄にするなんて、できないんだよ」
頭をポリポリと掻きながら、リッドはベッドを降りた。ため息をついて、私に背を向ける。
「……今、何と?」
あまりにも信じ難いリッドの言葉。私は念のため、聞き直した。
好きな子? 誰が? 私?
しかし、リッドは答えようとはせずに、そのまま俯いてしまった。
「リッドの好きな人って、私なの?」
私はリッドの前に移動して、彼の顔を覗き込んだ。すると、リッドの顔は真っ赤になっていた。
「な、なんだよ……悪いかよ」
私と目が合うと、恥ずかしそうに私から目を逸らすリッド。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。ニヤけが、止まらない。我慢しようとしても、ニヤニヤしてしまう。
「ううん、嬉しいよ?」
だって、告白されて嬉しくないわけがない。いや、正直すごく嬉しい。
自分では気づいていなかっただけなのかもしれないけど、リッドのこと好きなのかも。
「……で、はオレのことどう思ってるんだよ」
リッドは不安そうな表情でベッドに腰掛けた。私もリッドの横に腰掛けて微笑む。
「わかんない。リッドのこと、あんまりそういう風に意識したこなかった。でも、もしかしてリッドはファラと一緒に寝たかったんじゃないかなって思ったらなんだかすごくムカついたよ。あ、でもそれって――」
リッドにファラを取られるのが嫌だったのかなって言おうとして、私の口は封じられた。突然リッドが私の肩を掴み、私の唇を奪ったのだ。リッドが口が離れていくと同時に、私の身体が熱くなっていく。
「悪い、我慢できなくて。オレ、本気でのことが好きなんだ」
ぎゅっと抱きしめてくれるリッド。ありえないくらいドキドキいってる私の心臓。
そうだよ、ファラを取られるのが嫌とか、そんなわけないじゃないか。本当に、リッドが好きだから悔しかったんだ。
「私も、リッドのこと好き」
やっと気づくことのできたた、自分の気持ち。告白されてようやく気づくなんて、私も鈍いなぁ。これからはもっと、自分のことを理解しよう。
「へへ、じゃあ今夜は――」
そう言ってリッドは私を押し倒す。
しかし、それとこれとはまた別の話だと思った私はリッドに足払いをかけて体勢を崩し、そのスキにリッドから離れた。ファラに、合気道教わっておいてよかったと思った。
「な、何かする気なら一緒に寝ない! 絶対!」
「わ、わかったよ」
しょんぼりと肩を落としながらベッドに横になるリッド。私ははぁ、とため息をついて、リッドの隣で横になった。
「でも、ちょっとだけ……抱きしめてくれるだけなら許すよ」
それを聞いたリッドが、寝返りを打って、嬉しそうに私を抱きしめた。
「やべぇ、眠るのが惜しい。ずっとこのままでいたいんだけど」
「あはは、私も」
願わくば、この幸せをずっと。
翌朝、緊張のあまり眠れなかった私とリッドはファラに引きずられるように宿を出た。寝不足でとても重たい瞼が憎いと思った。
執筆:09年6月17日
修正:17年8月27日