夢にまで見たこの瞬間
いつもリッドだけを見てきた。ずっと好きだった。悪ふざけし合ったり、一緒に笑っていても、リッドの心の中にはきっと私はいない。
「ぎゃああああ! キールのバカああああ! あんぽんたん!」
「なっ! ぼ、僕は別に好きでやったわけじゃ……」
ウィスを楽しんだ私たちは勝敗の余韻に浸っていた。折角残り2枚まで行ったというのに、キールのせいで一気に6枚も引かなくてはならなくなった私は最下位だ。どうしても悔しくて、キールにやつ当たってみるも、私の怒りは収まらない。
「まぁまぁ、所詮ゲームじゃない。元気出そうよ」
ぽんぽんと私の肩を叩くファラはちゃっかり1位を独占だし。勝者の余裕というか、それは私にとって嫌味にしか聞こえない。更に腹が立ってきたので、私はファラを無視してつんとした。ファラは少しだけムッとしたようで「何よ」と頬を膨らませる。
「おいおい、そんなに怒るなよ。ファラの言うとおりだぜ」
私を宥めようとするリッドの言葉は逆効果だった。どうして、私の味方をしてくれないで、ファラばっかりと、不満に思う。
「ふんっ、リッドはいっつもファラの肩を持つんだから」
ポツリと呟いた私の言葉に、リッドが「そんなことねぇだろ」と反論する。だけど、私とファラが対立したら、リッドはいつもファラの味方じゃない。リッドにとって、私は何なのだろう。ただの仲間? じゃあ、ファラは? リッドの秤はいつだってファラに傾いているんだ。きっと、私に傾いてはくれない。それなのに、私はいつも願っていた。リッドが、少しでも私に傾いてくれたらと。
「大体、そんなことですぐに不貞腐れるなんて子供だよ、」
リッドの横で偉そうに腰に手を当てているファラを横目に、私は唇を噛んだ。
「どうせ私は」
我侭な子供だよ。
恋もウィスも料理だってファラには何一つ勝てやしない子供ですとも。
ムスっとしながらリッドとファラを睨み付けた。ファラは「言い過ぎた」と思ったのか、表情が焦っている。そんなファラの様子に、リッドが眉間に皺を寄せながら私の手を引いた。
「おい、どうしてそう悪態つくんだよ。ファラに謝れ」
かなりご立腹している様子のリッド。リッドにとって、今の私はお姫様をいじめる悪者なんだ。そう思ったら、何もかもがどうでもよくなってきた。
「ファラもリッドも嫌い! 特にリッドなんて大嫌い! 臍噛んで死ね!」
わーっと喚いて、私は駆け出した。ファラが私の名前を呼ぶ声を背中で受け止めながら夢中で走った。リッドは私を追いかけることもなく、呆然とその場に立ち尽くしていた。
※ ※ ※ ※ ※
「……理不尽だぁ」
しばらく一人で泣いていると、クレーメルケイジからレムが出てきた。上から私を見下ろしながら、レムはやれやれといった感じで首を横に振る。
「何故は素直にならぬのじゃ。好きなら好きと申せばよいものを」
大晶霊に慰められている私は自己嫌悪しながらため息をついた。神々しいレムに、こんな恋愛相談なんてしていてもいいのだろうかと少し躊躇ってしまう。だけど、レムは嫌な顔ひとつせずに親身になってくれた。
「あのね、リッドはファラが好きなの。だから言っても無駄なの」
わかってないなぁと言うと、レムはクスクスと笑った。
「当たって砕けろじゃ」
「嫌じゃ」
不吉なことを言うレムを睨む。嫌い宣言はしてしまったが、まだフラれたわけじゃないんだから。といっても、もう結果は目に見えているんだけど。
「の場合は告白しなければ伝わらないのじゃ。はいつもリッドへの気持ちをごまかしているから、リッドには全く伝わってはおらぬのだと、わらわは思う」
レムの言葉に、私は目を丸くした。確かに、レムの言うとおりかもしれない。私はいつもリッドの前では自分の気持ちを隠してる。好きだって絶対にバレないようにしてきた。バレたくなかった。
……だけど、私が素直になったところでリッドがファラを好きなのは変わらない。告白したから相手も好きになってくれるなんて、どこの少女マンガよ。
「告白なんてしない。もうリッドのことなんて諦める。男はリッドだけじゃないんだから」
スッキリと忘れて、次の恋に進もう。いつまでも未練タラタラだから苦しい思いをしないといけないのよ。大嫌いと、はっきり言ってしまったのだから、本当にそうなればいい。
「……」
レムが心配そうに私を見つめた。
※ ※ ※ ※ ※
「ただいまー」
何事もなかったかのように振舞いながら皆のところへと帰ってきた。一番最初に私を出迎えてくれたのは、ファラだった。
「! 今までどこに行ってたの!? 心配したんだから!!」
涙目で私に抱きつくファラに、私は苦笑した。
「ごめんね、ファラ。嫌いだなんて言って。あと、心配かけて」
「ううん、私こそゴメンね。言いすぎちゃった」
「キールも、八つ当たりしてごめん」
「僕は気にしていない。無事でよかった」
キールが私の頭を優しく撫でてくれる。私は微笑みながらキールを見つめていた。
キールなんかどうだろうかと、品定めをする。容姿はそこそこ、頭はいい。性格はアレで運動音痴だけど、総合的には悪くないよね。じっとキールを見つめていると、キールはほんのりと顔を赤くしていった。
「?」
「んー?」
私に見られているのが恥ずかしいのだろうか、キールはぎゅっと目を瞑ってソッポ向いてしまった。ぶはっ、楽しい反応!
「あ、その、……」
そんな時、リッドが躊躇しながら私の名前を呼んだ。私は一瞬リッドを見て、すぐに視線を戻す。すると、リッドは一瞬困惑しつつ、もう一度私の名前を呼んだ。
「おい、!」
しかし私は無視を決め込む。リッドのことを忘れてやるんだ。絶対に相手にしないようにしなきゃ。
「ね、キール。もう一度ウィスしよ。今度は二人で」
「、リッドはいいのか?」
私のリッドの対応に、キールも困惑する。そんなの、構わなかった。
「はー? リッドー? 誰ですかそれー」
まるでそんな人知りませんという勢いで首を傾げる私に、ついにリッドが声を荒げた。
「おい! 何でシカトすんだよ!!」
私に近づき、私の肩を強い力でぐいっと引っ張る。私は小さく悲鳴を上げて、目を潤ませた。
「やだ、何この野蛮人! あーイタタタ、肩が複雑骨折しちゃったじゃん!」
「そんなに強くしてねぇだろ!」
リッドのオーラがみるみるうちに怒りに染まっていく。めちゃくちゃ怒っておりますと言わんばかりに見える額の青筋。こ、怖くなんかないんだから!
「おほほ! わたくし、貴方のような野蛮なヒイキ男には興味ありませんの! 目の前から消えてくださる?」
笑顔で威圧してやる。だけど、リッドは怯むことなく、私の両肩を掴んだ。今まで見たことが無いくらいのどアップなリッドの顔に、内心ドキドキする。これでは、嫌いになるどころか、ますます好きになっちゃう……!!
「ちょ、リッド……!」
私は慌ててリッドから離れようとするも、リッドの力には敵わなかった。ずっと状況を見ていたファラがリッドを引きとめようとしてくれる。
「リッド、止めなよ! が嫌がってる!」
しかし、リッドは聞く耳持たずだ。珍しい。ファラのいう事を聞かないなんて。
「ヒイキじゃねぇ。つい、をいじめちまうんだよ」
真剣な表情でリッドは言った。そんなことを真剣に言われて嬉しいと思う人はいないだろう。
いじめてしまうということ。それは、少なくとも好かれてはいないんだろうと、頭の弱い私でも理解できる。
「はぁ? 何それ! どんだけ私が嫌いなのよ!」
私はきっと、相当嫌われているんだろうな。ここまで嫌われちゃってたなんて……もう、悲しすぎて涙も出てこない。ふふふと心なく笑みを浮かべると、リッドが突然私を抱きしめてきた。あまりの出来事に私はあんぐりと口を空けたまま呆けてしまった。
「違うんだよ。オレは……が好きなんだ」
「えっ?」
リッドの言葉にいち早く反応したファラが目を見開き、リッドを凝視した。私は一歩遅れて反応する。
「えー……?」
リッドが何を言っているのか、理解できない。好きなのに、いじめるだって? というか、ちょっと待って。リッドが好きなのは、私?
「好きな子をいじめるとか、子供かよ!!」
がばっとリッドの肩を押し、リッドを凝視する。心臓がドキドキバクバクする。それでも、私は平常心を保とうと努めた。我ながら華麗なツッコミだったと心酔する。
突如、クレーメルケイジが光だし、レムが姿を現した……と思ったら、神速の速さで私の頭を殴った。
「あだっ!?」
「何をしておるのじゃ! 言うべき事は他にあるのじゃろう!」
レムに背中を押され、私はリッドを見つめる。リッドは呆れた目で私を見ていたので、私は告白を躊躇した。
「う……」
こんな状態で告白してもいいのだろうか。
「、リッドの告白の返事しなきゃダメだよ! イケるイケる!」
ファラの声援に、私ははっとした。ふと、ファラを見れば、目尻には涙が溜まっている。ああ、そっか。ファラもリッドを好きだったんだなって思った。それなのに、私を応援してくれてる。
よし、言うぞ! リッドが私を好きって言ってくれたんだから、私も応えなきゃ。
深呼吸をして、拳を握り、リッドを見つめ直す。
「私、リッドのこと……っ、嫌いじゃない!」
私は落胆し、俯いた。こんな時まで正直に言えない自分に自己嫌悪する。
「ははっ、それって好きだっていうことにしていいのか?」
それでも、リッドは嬉しそうに微笑んでくれた。私は頬に熱が篭るのを感じながら大きく頷く。
「ありがとな」
そう言ってリッドは私の頬に唇を落とした。
執筆:09年7月24日
修正:17年8月27日