記憶喪失だというヒューマの少女を拾った。
王の盾である僕は、任務遂行中で忙しいと言うのに。
その少女、は変わった服装をしていた。
は美しい。だから、彼女も連れて行くことにした。
とりあえず、はさらってきた娘たちの中に紛れ込ませている。
トーマ曰く「ヒューマはどれも同じような顔」らしく、どの娘も同じに見えてしまうのだろう。
トーマに言ったところで話がややこしくなるだけだったから、僕は言わないでいた。
しかし、他の娘たちのように怖がったり、抵抗しない。
彼女はむしろ、僕たちに尽くしてくれている。
食事の支度を手伝ってくれたり、武器や防具の手入れをしてくれたりと。
それはまるで手馴れた手つき。最近では戦闘にも加勢してくれる。
彼女の剣の腕は、トーマと互角程度。これには僕たちも驚かされた。
そうしているうちに、トーマも兵たちもをただの娘とは思わなくなっていった。
今では、王の盾の一員として見ている。
けれど、僕はを王の盾の一員とは思っていない。
彼女もまた、他の娘たちと同じ扱いをしている。
そうすることで、は悲しむから。
の悲しむ顔は、今のところ誰よりも素晴らしい。
「サ~レ~さ~ん」
が満面の笑みを浮かべながらこちらに向かって走ってくる。
それに気づいた僕は、読んでいた本にしおりを挟み、本を置いた。
そして、に視線を向けて、が僕の元に来るのを待つ。
はすぐに僕の元に辿りつき、僕の目の前で立ち止まる。
立ち止まったと同時に何かを僕に差し出した。
しかし、が両手で何かを覆いながら差し出しているためにその何かが一体何なのかは確認できない。
「何?」
僕は冷たく言い放つ。
そうしてが怯えるのを期待していた、が。
は笑顔のまま。
何だか僕にとってその笑顔が酷く不快だった。
「じゃん!様作・ブルーベリージャムをふんだんに使ったケーキ!」
ぱっと片手を挙げて、小さなケーキを僕に見せ付ける。
誰に聞いたのかは知らないけれど、ブルーベリージャムは僕の大好物だ。
だけど、僕が喜んだらまで喜んでしまうだろう。
「…だから?」
「サレさんのために作りました!」
「僕、それ好きじゃないんだけど」
「え」
フリーズしてしまった。
いいね。この感じ。ショック受けてる。
もう一押し、ってところか。
「そういうわけだから、じゃあね」
僕は踵を返した。
と、その途端に背中に何かが引っ張られたのを感じる。
だった。
僕のマントを掴んで、必死な目をして僕を見ている。
の足元には、先ほどの手の上にあったはずの小さなケーキ。
なんだ、捨ててしまったのか。
「じゃあ、サレさんは何が好きなんですか?
ブルーベリージャムのことは、トーマさんから聞いたんですけど…やっぱり本人に聞いた方が確実ですよね」
笑顔だった。
その笑顔を見て、僕はため息を吐きかけた。
だけど、僕は気づいてしまった。
の睫毛が濡れている。
表面上では笑っているけれど、悲しかったんだな、と。
「…そうだね。プリンなんか、好きかもしれないね」
テキトーに言って、テキトーに作り笑い。
するとは大きく頷いて「頑張ります」と言って行ってしまった。
…実はキライなんだけれどね。
僕は甘い物に目はないけどプリンは無理。
カロリー高めで、しかも甘すぎ。プリンほど最悪な物はないね。
ふと、足元に目をやる。
残された小さなケーキ。
落ちたときの衝撃で形が崩れている。
僕のために作ってくれた…か。
僕はその場にしゃがみ込み、上の部分だけ指で取ってそれを舐めた。
「ふぅん…美味いじゃないか」
僕は再び立ち上がり、踵を返した。
…なんだか、心がスッキリしなかった。
再び、が僕の元にやってきた。
今度はプリンを携えて。
「サレさん、今度はちゃんとプリンです!」
「ごめん、本当はプリンって大嫌いなんだ」
まともにの顔を見ずに吐いた言葉。
するとは黙ったまま、そこに立ち尽くした。
「僕は、君のような八方美人も大嫌いなんだよね。
みんなに好かれようとして、こうして優しく接してきて。
トーマや他の兵士たち、娘たちにもこういうことしてるんだろう?」
ウザイんだよね、そう吐き捨ててやる。
するとは嗚咽を漏らしながら出てくる涙を拭い始めた。
いい気味だね、。
「ごめんなさい…」
はそう言い残してどこかへ行ってしまった。
と入れ違いで、トーマが来た。
トーマは泣きながら走っていくを見て不振に思ったのか首をかしげた。
「サレ。今が泣きながら走っていったが何かあったのか?」
「別に?何にも」
トーマは眉間にしわを寄せる。
「…さっき、がサレのためにプリンを作っていたが…それが原因か?」
「だから、何にもって言ってるじゃないか」
いい加減しつこいぞ、トーマ。
「何もなかったらは泣かないだろ」
「あんな八方美人が泣こうが喚こうが、僕が知ったことじゃないさ」
僕は、そういうヒトが一番嫌いだ。
そういう奴こそ、苦しめ甲斐があるんだ。
「八方美人?がか?」
「他に誰が居るって言うんだい?
は皆から好かれたくて皆に優しくしている。そういう奴だろう?
大体気に入らなかったんだ。ちょっと強いからって他の娘とは違う扱い…ヘドが出るね」
僕が冷ややかに笑うと、トーマは僕を凝視した。
そして、大きなため息を吐く。
「いいか、サレ。それは間違っている。
はオレたちには何も作ってくれないし、あまり話そうともしないぞ。
こういう状況だから言うが、はただお前一人だけに好かれたいだけだ」
トーマが言ったことは本当なのだろうか。
「…まさか、そんなことは…!」
だとしたら僕は…。
「こんなひねくれたお前を慕っているのはくらいじゃないか?
いいのか、あんなふうに泣かせておいて」
僕は、何をしていたんだろう。
勝手にを八方美人と決め付けて。
は僕を慕ってくれているのに…。
唯一僕を慕ってくれていたを僕は平気で…。
せっかく僕を信じてくれるヒトがいたのに。
「…」
でも、きっともう遅い。
合わせる顔なんかない。
「今からでも間に合うんじゃないのか?」
トーマが僕の背中を押した。
「間に合う、かな」
「間に合うだろう。多分」
「多分、じゃないか」
僕は苦笑しながら踵を返し、走り出してを追った。
は大きな岩の上でぽつんとただ一人プリンを食べていた。
泣きながら。
僕はに気づかれないようにの背後に回った。
そして、の肩を掴む。
するとは驚いて肩を震わせた。
「ごめん」
がこちらを向く前に僕は呟く。
は僕のほうを向いて、意外そうに僕を見つめた。
「悪いけど、トーマから聞かせてもらったよ。
僕のことだけ特別扱いしていたらしいね、は」
「…………」
「嬉しかったよ。僕を慕ってくれてるヒト、が初めてだから」
「サレさん…」
「だから、今までごめん」
を後ろから抱きしめる。
意外にもすっぽりと納まってしまったことに少しだけ驚く。
強くても、やはりガタイがいいわけではないらしい。
は小さかった。
「私、思い出したよ。サレさん」
「思い出したって、何をだい?」
「私がどこから来て、何をしていたのかを」
の言葉で、が記憶喪失だということを思い出した。
思い出したというのは、記憶のこと。
は記憶を取り戻したらしい。
「…そうか。じゃあ、は自分の世界でどんな生活をしていたんだい?
でも、無理に話さなくていいから」
が何者で、何をしていてこんなに強いのか。
本当はずっと、気になっていた。
素性も知らずに、一緒に居られるほど僕は自分をお人よしとは思っていない。
だけど、は特別。
特別であるから、無理には追求しない。
でも、が話してくれるのなら、僕は聞きたいと思う。
質問されたは特に隠そうとする様子もなく、平然と答えてくれた。
「そうですねー、セインガルドという国の客員剣士をやってました。
セインガルド…そう、この世界にはそんな国名はありません。私は異世界から来たんですね」
セインガルド。その国の名前は聞いたことがない。
まさかが異世界から来たのだとは思ってもいなく、僕は驚愕した。
それにしても、が客員剣士をやっていた程とは。
「客員剣士だって?意外とすごいんだね、は」
少しだけ頬が膨れさせた後、は苦笑いをした。
「意外、じゃなかったりするんですよ。サレさんの思うとおり、私はダメ。
私一人じゃ役不足だったので、もう一人の我侭な人と組んでたんですけどね。
あ、彼は一人でも十分仕事をこなしていたんです。私ができそこないだから仕方なく。
サレさんを見ているとなんとなく彼のこと思い出しますよ。プリンが大好物だったし…。
だからでしょうかね、記憶を取り戻せたのは…。」
そう苦笑するがとても愛らしかった。
もう、には悲しんでもらいたくない。
だけは…。
は、元の世界に帰りたいと思っているのだろうか。
「帰りたいと思うかい?」
僕が問いかけると同時に、は慌てて首を横に振った。
「帰りたくないです!折角サレさんと仲良くなれたのに…別れは嫌です!」
が、僕に懐いている子猫のように見えた。
可愛らしい、。
僕だって、君を元の世界に帰したくはない。
僕はが好きみたいだから。
「よかった。僕も、帰って欲しくないよ」
僕はそっとの唇にキスを落とした。
ほんのりとプリンの味がして、ほろ苦く、でも甘かった。
ビタースウィートの恋
(で、その彼とはどんな関係だったのかな?ん?)
(え…ただの仲間でしたよ…?)
執筆:05年1月30日
修正:12年5月4日