吸血鬼はお菓子じゃ満足しない



「見てよこの服」

 サレが部屋の扉のノックも無しにいきなり部屋に乱入してきやがったのは、ある秋の日のこと。
 花も恥じらう乙女の部屋に入るなり、そのおかしな服装のままクルリと華麗に一回転。そして、貴重な休日に読書という充実している時間を過ごしていた私に向かってドヤ顔を決めた。

「ウワァ……」

 そう、彼の服装はまさに吸血鬼――と理解できたのは、片腕に抱いたコウモリのぬいぐるみが目に入ったからだった。片手には杖なんて持っちゃって。普段のサレからは全く考えられない事が、今、私の目の前で起きていた。

 何でこいつコスプレなんかしちゃってんのかな。いつも変だけど今日は一段と変だ。

 ドン引きな私の視線に気づいたサレが、ニヤリと不敵に笑う。

「女王様もなかなか面白い企画をするよ。異国の地のハロウィンとかいう、伝統行事の真似事だってさ。《トリックオアトリート》って聞くんだ。聞かれた人はその人にお菓子をあげなきゃいけない。あげられないなら、悪戯を受けなければならないんだって」

「ふぅん」

 至極、どうでもよかった。そんなことよりも、読みかけの本の内容の方がよっぽど気になる。

「というわけで、。トリックオアトリート?」

 というわけで、じゃねぇ。
 手を差し出してお菓子を、というか恐らくいつものブルーベリージャムを強請るサレ。
 くそ……読書の邪魔すんな。マジ帰れ。

「ほらよ、悪霊退散悪霊退散」

 私は机の引出しから、数ヶ月前にサレから貰ってそのままだったラズベリーグミ(しかも何故か大量に貰った)を取り出し、力一杯投げつけた。それは見事パタパタとサレに当たり、床に散らばっていく。

「それは僕が前にプレゼントした……!!」

「お菓子には変わりないじゃん」

「――――」

 表情を失ったサレが無言でこちらへと歩み寄り、そして私を見下ろした。どうやら納得がいかないらしい。

「な、なんですかー? お菓子あげたじゃん! 悪戯されないはずでしょ! ほら、はよ帰れ!」

「これは《あげた》じゃなく《返した》って言うんじゃないかな? ねぇ?」

 そう言ってサレはニヤリと怪しく微笑む。その笑みが、なんだか怖くて私は唾を飲んだ。これは早々にお引き取り頂かないと面倒なことになりそうだ。

「返して《あげた》んです。だからいい加減……」

「そんな陳腐な言葉遊びをしたところでこの僕が納得すると思ってるの?」

 いきなり、サレの顔が近くなった。
 うおー! これはヤバいんじゃないですかね!?

「……っ!」

 これから起こるかもしれない事態を直視したくなくて、ギュッと目をつむる。
 しかし、しばらくしてもサレは何もしてこなかった。恐る恐る目を開ければ、サレが満足そうに笑っている。

「くくっ、の怯える顔、最高に可愛いじゃないか」

「……サレ!! このやろう!!」

 私が殴りかかると、サレはそれをするりとかわした。
 そして、私の手を取ってぐいっと引き寄せ――

「フフ、ご馳走様」

 少し遅れて口付けされたことに気付いた私はニッコリ笑い、

「爆ぜろ」

と、親指を下に突き立てながら自分の持てる最大級の術をサレにブチ込んだ。


執筆:15年10月
修正:17年7月28日