彼の恋事情


  今日は天気がいいのでということで、私たちは輝きの泉でピクニックすることになった。
これはもちろん、グリューネさんの提案。
ここのところ、何かと忙しかったりと張り詰めていたしたまの休日もいいかな、と。

最初は乗り気じゃなかった私も、案外今は羽を伸ばしていたりする。




不意に、セネルに名前を呼ばれる。
私ははっとして視線を草花からセネルに移した。
セネルはきょとんとしながら私を凝視している。

「具合でも…悪いのか?」

そう言いながら、セネルは私の顔を覗きこんできた。
セネルの顔がすぐ近くにあって、ドキドキしてしまう。
ふと、まわりを見ればみんな私を見ていて。
特にクロエとシャーリィの視線が痛いくらいだった。

「あー…いや、べつに…」

「それならいいんだ」

私の言葉を聞いて安心したセネルはニッコリ笑う。
しかし私はそんなセネルを見て苦笑いを浮かべた。

ああ、クロエとシャーリィに視線が刺さるように痛い…。

私はある方向を見て、眉間に皺を寄せた。その方向には、ジェイ。
ジェイは興味なさそうに寝転びながら花をぼんやりと眺めていた。
そんなジェイの様子に、うっすらと不快になる。
どうして助けてくれようとしないかなぁ、このちびっこは。
SOS送ってんのに全く気付きやしない。
ウィルはモーゼスと話してるし、ノーマもグリューネさんと話してるし。
今頼れるのはあんただけなのに、ジェイ!!

?本当に大丈夫か?ボーっとして」

「大丈夫だってば」

いい加減セネルから離れたくて、私はその場に立ち上がる。
私は一息ついてその場を離れた。
するとセネルも立ち上がり、私のあとをついてくる。

、どうしたんだよ」

正直言って、セネルはしつこかった。

「べつに」

これで何回目の移動だろうか。
そして、何で私についてくるのだろうか。

「また『べつに』かよ」

セネルの呆れた表情。
…私がセネルを相手にしないようにしてるの、どうやら本人はわかっていないらしい。
この際、はっきりと「ついてこないで」と言った方がいいのだろうか…。

「あのさ…」

「何だよ」

「私、ジェイと話す事あるから、ちょっといいかな」

結局「ついてこないで」とははっきり言えず。
でも、こう言っておけばもうセネルもついてはこないと思う。

「…わかった」

セネルの返事に、私は心の中でガッツポーズをとった。
しかし、どことなくセネルの表情が悲しげだったのは気のせいじゃなかったと思う。
ほんと、どうしてついてきたんだろう。

とりあえず私はセネルに言ったとおり、ジェイに話しかける。

「ジェイ、ちょっといいかな」

ジェイの隣に腰掛けると、ジェイはため息をついてジト目で私を見た。

「何ですか?セネルさんのこと振ってきちゃったんですか?」

「人聞きの悪いこと言うなぁ」

私が額に青筋を浮かべながら小さく笑うとジェイは「本当のことじゃないですか」と呟いた。

「だって、傍らから見てましたがセネルさんはさんが移動するたびに
くっついて一緒に移動してましたからね。可哀想に」

ジェイはクスクスと笑う。

「だぁー、もう!私をセネルの想い人みたく言わないでよ。
クロエとシャーリィに申し訳ないじゃん。二人はセネルのことが好きなの!」

「ええ、知っています」

「だったら、二人の気持ち、分かるでしょ?
自分の好きな人が他の人と話してたり楽しそうにしているのを見てると、
自分の好きな人はあの人が好きなんじゃないかって不安になっちゃうじゃん。」

「まぁ、確かにそれはそうですけど…」

ジェイはニッコリと微笑んで、ちらりとセネルを見た。
そしてすぐに視線を戻すとまたニッコリと微笑んだ。

「じゃあ、セネルさんの気持ちは無視しちゃってもいいんですか?」

「は?」

ジェイの言葉の意味が理解できなくて、眉間に皺を寄せる。
セネルの気持ち…?無視…?一体どういうこと…?

「その様子じゃ全くわかっていないみたいですね。さんも結構鈍感。
クロエさんもシャーリィさんもセネルさんのことを好きです。
だからこそ、お二人はセネルさんと一緒にいたさんを冷たい視線で見ていたと」

「…何が言いたいの」

「それじゃあ、今のセネルさんの視線は何処に向かってて、それはどんな様子ですか?」

「え?」

私はジェイに言われ、すぐにセネルに視線を向ける。
するとセネルは難しそうな表情をして私たちを見ていた。

「セネルさんのあの表情、誰かに似ていると思いませんか?」

セネルは私の視線に気付くとぱっと目をそらした。
そして、恥ずかしそうにソッポ向く。

「…クロエと、シャーリィと同じような反応…?」

「そうです。今さんは異性であるぼくと話をしている。
セネルさんはそれをあまり快く思っていないみたいですね」

「…あ」

「それと、セネルさんはきっとさんの傍にいたかったんですよ。
それは、セネルさんがさんのことを特別だと思ってるからじゃないんですか?」

「………」

私は卑怯だ。
クロエとシャーリィに悪いからと思って、セネルから逃げてたんだ。
セネルの気持ちを無視して、クロエとシャーリィに気を使ってばかりで。

「ありがとう、ジェイ。私、セネルのとこ行ってくるね」

「いってらっしゃい」

ジェイは笑顔で見送ってくれた。

クロエとシャーリィには悪いけれど、セネルに不快な思いもさせたくないから…。
それに、今まで二人に遠慮してた私の気持ちも、もう抑えたくない。














「…好きな人が他の人と話してても、感情を隠す人もいますけどね。
そう、ぼくとさんのように、ね。…ぼくも、本当にお人よしだ」













「セネル」

私はセネルの横に座り、セネルの名前を呼ぶ。
するとセネルは驚いた顔で私を見つめた。

…。じぇ…ジェイとの話しはもう済んだのか?」

「うん」

どこかぎこちない様子で「そうか」と呟くセネル。
さっき、冷たく接しちゃったからなぁ…。

私はそっとセネルの手の上に自分の手を重ねた。
重ねた瞬間、セネルの手がピクリと反応すると同時に、セネルが目を丸くした。

「ごめんね。セネルの気持ちも考えないで…。私、これからずっとセネルの隣にいるから」

…ありがとう」

セネルはニッコリ笑うと、重ねられた手を裏返して私の手を握った。
私もセネルに微笑むと、セネルの手を握った。



執筆:05年8月28日