世界は広い

誰かが言っていたのを聞いたことがある。
そんなこと言ったのは誰だったっけ。
どっかの国の王様?それともそこらへんの大人?

嘘だ、本当は狭い。世界は狭いんだ。

少なくとも私の世界は、ね。






「お腹すいたな…」

北風が吹き、寒い日だった。
オベロン社ノイシュタット支店前で私は膝を抱えて座っていた。
3日くらい前に何があったかは覚えてない。
それ以前の記憶がない。思い出そうとしても思い出せない。

かなり、苦しい。

これが記憶喪失ってヤツなんだろうか。

お腹がすいた。

私のお腹の中でオーケストラ。
ただし、グーグーという単調な音しか出てこない。

「どうしたんだね?君」

突然声を掛けられた。
上を向けば、知らないオジサンが私を見下ろしている。

「…誰?」

「私はここのお店の…まぁ、とにかく偉い人だよ。名はヒューゴ・ジルクリスト。
あ、べつに『私はロリコンで君に危害を加える』と言うわけではないから安心したまえ。」

いかにも怪しいおじさんに声をかけられてしまった。
自分で言ってるあたり信じられない。
思わず腰元にある剣に手を伸ばす。

「その剣は君のものかね?」

ヒューゴさんは私の腰にあった1本の剣を見て訊ねた。
そう、この剣は気づいたら持っていた剣。
私が記憶をなくす前から持っていたのだろう、立派な剣。

「うん。私のもの…だと思う。私、記憶なくしてるからよくわからないけど。」

「…そうか。」

ヒューゴさんは私と、私の剣を見て、一瞬だけ口の端を上げた。

「それならば、私の家に来ないかね?君には私の息子の妹になってもらいたいのだが。」

私は考えた。
見ず知らずの人について行って、養女になれと?
でも、このヒューゴさんについていけば生きることが保障される。
決して飢えはしなさそうだ。

とにかく今は何か食べたい。

「…お、お願いします!他に行くところもないし…」

「ありがとう。君の名前は?」

です。」

思い出せるのは自分の名前。
そして、ここ3日間のことぐらいだ。














■夢幻泡影■
1話 プロローグT















「リオン!!リオンはいるか!」

自分の息子らしい、名前を大声で呼ぶヒューゴさん。
どうやら息子さんはリオンという名前らしい。

この家に向かう途中に船の中でいろいろと聞いたけれど
年が私と近い、剣技に優れていることくらいしか教えてもらっていない。
すべてはこれから。
どんな人が私の兄になっても…べつにいい。
とにかく、今は楽しみだ。どんな人なんだろう。

しばらくして、少年の声がした。

「何ですか、ヒューゴ様。」

部屋から出てきたのはとても綺麗な少年。
まだ幼さの残る顔立ちと声変わりしていない高い声。
一言で言い表せば、可愛い。
一見してみれば少女のようにも見えた。

でも、どうして父親のことを様付けで呼んでいるのだろう。
「お父さん」って、呼ばないのかな?

「今日からお前の妹となるだ。今日、養女にした。」

私はヒューゴさんに背中を押されてリオンの前に立たされる。
リオンは私をじろじろと見ると、怪訝そうに目を細めた。

いかにも、プライドが高そうなお坊ちゃまといった感じだ。

「は、はじめまして!っていいます。よろしく…」

途中まではリオンの顔は無表情だったものの、
だんだんと眉がつりあがって行くのに気づき、私は勢いをなくした。

リオンは眉間にしわを寄せている。

「…リオン・マグナスだ。僕の妹?こんなやつに何か特殊な力でもあるのか?
ふん、何故こんな何もできなさそうな女を連れてきたんですか、ヒューゴ様。」

握手をしようとしていた私の手を無視し、リオンは私を睨むとヒューゴさんに訊ねた。
皮肉を言われた私だけど、気にはしない。私には自信がある。
ノイシュタットでは、金持ちの子供に虐めかけられたけど、この剣で返り討ちにしてやった。
それだけじゃない。モンスターを倒してお金を稼いでなんとか飢えをしのいできた。
…ちょっとギリギリだったけれど。
だから、喧嘩には自信がある。
もし、リオンを苛める奴がいたら返り討ちに出来るかもしれない。

「そういえば彼女の剣の腕をまだ見ていなかったな。よし、庭で剣を交えてみろ」

ヒューゴさんはそう言って私とリオンを庭に連れ出した。











リオンは腰の鞘からソーディアンと呼ばれる剣、シャルティエを。
私は持っていた自分の剣を腰に下げていた鞘から抜き出した。

「何故こんな貧弱そうな女と」と、リオンはブツブツと呟いていた。
私は気にせず構える。
こんなこといちいち気にしてたら集中して戦えない。

「では、始めろ!」

ヒューゴさんが叫んだ。
瞬間、リオンと私は互いにひと睨みして、前へ出た。

「3秒で片付けてやる!!」

「3秒…!?」

リオンが私の後ろを取る。そしてシャルティエを私の急所に当てようする。
「もう終わりか・・・やはり貧弱だな」と言いかけた瞬間私は笑った。
そしてシャルティエを剣の柄で薙ぎ祓った。
シャルティエを持っていたリオンの手に激痛が与える。
一瞬だけ、リオンが怯んだ。

「しまった…!!」

ここで私に攻められたらリオンは終わる。
負けるのだ。





しかし私は攻めなかった。
リオンは即座にシャルティエを握り直し、私の首筋にシャルティエを向けた。
これで私は身動きが取れなくなった。

「リオンの勝ちだ」

ゆっくりと、ヒューゴさんは私たちの方に寄る。
そして私にタオルを手渡してくれた。

「ヒューゴ様!!セインガルド王が御呼びです!至急城へお急ぎください!!」

突如ヒューゴさんのもとに兵士がやって来た。
流石オベロン社総帥だけのことあって、王様の側近らしい。

「わかった、ではよ、お前はメイド長マリアンに部屋へ案内してもらってくれ。
マリアンは玄関にいる。あとは自由にしててくれ。リオン、しばらく休んでいてくれて構わない。」

ヒューゴさんはそう言い残して、兵士とともにセインガルド城へ向かった。
私は剣を鞘に収め、マリアンさんという人がいるという玄関に向かおうとした。

「おい。」

リオンがの手首を掴む。

「何?」

「…何であのとき攻めてこなかった!あれだけの時間があれば攻められただろう!?」

とても機嫌が悪そうだ。
確かに、あの時攻めていれば私が圧勝していた。
だけど、妹に負ける兄なんて…カッコがつかないじゃん。

「さて。なんのことかわからないです、お兄さん」

「答えろ!だいたいお前は何者なんだ!!」

私は一端溜息をついた。

「攻めなかったのは…私が鈍くて弱いからでしょ?で、私は
さっき自己紹介したじゃん!まさかもう忘れちゃったの?お兄さん酷い!」

「……。」

リオンに掴まれていない方の手で顔を隠し、お茶らけてみせる。
目を細めたリオンは掴んでいた手を離してスタスタと玄関へ行ってしまった。

「…はぁ、新しいお兄さんとはなかなか仲良くなれないもんだなぁ。
ノイシュタットの孤児たちとは仲良くできたのに…。」

いつか、きっと仲良くすることができる日が来るといいと思う。




執筆:03年3月16日
修正:06年10月21日



次話