欠伸をしながら部屋を出る。カイルくんとすれ違うと「眠そうだね、大丈夫?」と心配された。

「カイルくん、優しい。ありがとう」

 子犬みたいに可愛くて思わず抱きしめてナデナデしてしまった。よく考えたら彼は私とそんなに歳が変わらないし身長だってカイルくんの方が私より高いのにいったい何をしているのだろう。睡眠不足で判断力死んでるのではないだろうか。もちろん普段はこんな事しない。他の男の子がいくら可愛くても抱きしめたいとすら思った事がないのにカイルくんは何故だか抱きしめたくなるんだよな。リオンには絶対にバレたらやべぇやつだ。気をつけよ。
 顔を真っ赤にしたカイルくんと別れた直後、リアラのちょっと不機嫌そうな声と慌てるカイルくんの声が聞こえてきた。申し訳ない事をしてしまった。

「ふぁー。……って、んぐふ!?」

「色気のない……きゃあとか言えないのかお前は」

 再び欠伸をしていたら丁度曲がり角だったらしく、しかも人に接触してしまった。転びそうになった私を抱きとめてくれたその人は――

「あら、骨仮面さん。ごめんなさいね」

「その呼び方はやめろ」

 ジューダスだった。彼は正体を隠す為に仮面を被ったリオンである。しかしジューダスは私がその正体に気付いていないと思っている。仕方がないので知らないフリをしているけれど、ついリオンと呼んでしまいそうになるから怖い。

「怪我はないか?」

「おかげさまで。ぶつかってしまって申し訳ないです」

 ぺこりと頭を下げると、ジューダスは私の頭を無理やり上げる。

「……目が充血しているようだが。隈もできているじゃないか」

 私の目を覗き込んでくるジューダス。突然のドアップに心臓が飛び出しそうになった。多分、喉のあたりまできたんじゃないだろうか。それにしても仮面の奥が美しすぎる。流石お兄様。浄化されてしまいそう。

「えっと……最近寝不足なので」

 慌ててジューダスから離れた。
 寝不足の原因はそう。ズバリ、リオンとジューダスへの接し方について考えていたからだ。どちらかに構うと構ってない方の圧が怖い。どうしろというの。リオンはジューダスの正体に気付いてないフリしてるけどあれは絶対気付いてる。なら私も気づかないフリするしかないじゃないか。
 そもそも、同じ世界に同一人物が存在しているってすごい状況だけど、リオンとジューダスは別の存在としてこの世界に具現化したのだろうか。何故。カイルくんたちと仲間らしいということは私の知らない未来から来たのだろうというのはわかる。でも何で仮面なんて被っているのか。一体何があった。
 まじまじとジューダスを見すぎてしまったのか、ジューダスが怪訝そうに目を細める。

「何だ、添い寝でもしてほしいのか?」

 フッと笑いながら揶揄ってくるジューダス。お兄様が添い寝だなんてレアすぎんか!? と、思わずお願いしますと言ってしまいそうになったけれどそこはグッと耐える。

「いやいやいや。遠慮しておきます」

 リオンにバレたらきっとシバかれる。同一人物のくせになんて面倒くさいのだろう。
 そそくさと退散しようとしたが、再びジューダスに声をかけられた。

「どこへ行くんだ?」

 流石中身はリオン。大切な妹の今後の予定が気になってしまうらしい。

「今日は特にやる事がないからお菓子でも作ろうかと思って。リオンもそろそろ食べたがる時間だと思うから」

「……そうか」

 しゅんとするジューダスに私はハッとした。
 リオン――もといジューダスは、甘いものが好きだ。だけど恐らく今一番食べたいものは、マリアンのプリンなんだろうなと思う。しかしリオンがマリアンのプリンを他の人に譲るなんて許すはずがないからジューダスはマリアンのプリンが食べたくても食べれないのだ。しかも、目の前にマリアンがいるというのに正体を明かす事すらできないのだから本当に可哀想が過ぎる。
 私なら、マリアンレベルとまではいかなくても似たようなプリンが作れる、と思う。

「ねぇ、ジューダスのために作ったら……食べてくれる?」

「いいのか?」

 仮面の奥で目が輝いたのを私は見逃さなかった。

「えーと、そうだなー、プリンを作りたい気分だなー。ジューダスはー、やっぱりプリンに生クリームつける派? それともつけない派?」

 私が訊ねると、ジューダスはぼそりと答える。

「つけてもらおう」

「了解」

 それじゃ、とジューダスと別れる。
 ふとジューダスの背後の私が曲がってきた場所に一瞬目がいく。

「――ぁ」

 チラリと見える黒髪と桃色のマント。リオンが隠れていた。私はごめんねと心の中で謝罪する。今回だけは、ジューダスのために動きたいのだ。



※ ※ ※ ※ ※


 久しぶりに作ったプリン。二度と作らないと思っていたけれど、まさか再び作る日が来るとは。しかも作り方をしっかり覚えていて私は天才かと思った。
 部屋にいるであろうジューダスに渡しに行こうとした途中でマリアンと遭遇した。マリアンは私の持っているお皿の上を見て嬉しそうに声を上げる。

「まぁ! がプリンを作るなんて! それは、リオン様に?」

 マリアンは私がリオンのためにプリンを作ったと思ったのだろう。残念ながら、私がリオンにプリンを作る事はない。

「ううん、ジューダスに。私はリオンにプリンなんて作らないよ。だって、リオンはマリアンが作るプリンが好きだしね」

 私の答えにマリアンが悲しそうな顔をした。

「そんな事ないわ。あの子はの作ったプリンを食べたがるはずよ」

「えー、やだ。絶対作らないよー。前に作った事あるけど酷評されたしー」

「それでも……。それに、他の人だけに作ったなんて知ったら、リオン様きっと悲しむんじゃないかしら」

 本人が食べたいとでも言ったのだろうか? だとしても、私は作らない。意地になっているだけかもしれない。だけど、無理なものは無理。

「仕方ない。後でリオンには別のお菓子でも作るよ」

 確かに、ジューダスだけにお菓子を作ったなんて、リオンもいい気はしないだろう。先程リオンに現場を押さえられていたのだ。代わりのお菓子という賄賂を渡しておかねばなるまい。

、あのね――」

 マリアンが言いたい事はわかる。どうせリオンの大好物であるプリンを作ったならリオンにもあげればいい、とでも言いたいのだろう。だけど、昔私の作ったプリンよりマリアンが作ったプリンを美味しいと言って嬉しそうな顔をしたリオンの事が、私は未だに忘れられない。
 本当はジューダスに作るのも悩んだ。だけど、ジューダスはもうずっとマリアンのプリンを食べていないのだ。今後も食べられないかもしれない。ならば、せめて私が作ってあげたい――そう思った。じゃなければプリンなんて作らなかった。

「リオンは、マリアンのプリンが世界で一番好きなの。だからリオンのプリンはマリアンが作ってあげて? これはジューダスの為に作ったものだから、リオンにあげるわけにはいかないんだぁ」

 ジューダスだって、リオンなのだ。私なんかのプリンで申し訳なくて、自分で言ってて泣きそうになった。このプリンもあの時のようにジューダスに喜んでもらえなかったらと思うと、渡すのが怖い。
 マリアンはふぅと短く息をついた。どうやら納得はしていないけれど諦めたという様子。

「いつか、リオン様のために作ってあげてね」

「いつか、ね」

 ジューダスではなく、リオンに。そんな日は来るのだろうか。



※ ※ ※ ※ ※


「じゃーん! プリンでーす!」

「本当に作ってくるとは……ありがたく貰おう」

 受け取ってくれるか怖かったけど、ジューダスはあっさりとプリンを受け取ってくれた。そして一口。



「――はい」

 また、まずいと言われるかもしれない。恋も料理の腕もマリアンには絶対に敵わないのだから。

「感謝する」

「……ふふ、どういたしまして」

 仮面の奥で嬉しそうな顔をしているジューダスが見れた。それだけで私は幸せだ。

「ずっと……どうしてもお前のプリンが食べたくて仕方なかったんだ」

「え、何で私の……?」

 だって、リオンはマリアンのプリンが大好きで、いつも食べてて――

「生まれて初めて食べたプリンは甘くて少し焦げていたな。本当に美味しかった。僕はあの日から甘いものも、お前の事も好きになった。けど、素直になれなくて酷いことを言ってしまった。その事をずっと後悔してきたんだ」

「――――」

 ジューダスは、リオンは、何を言っているのだろうと、衝撃が大きすぎて思考が停止してしまう。

、お前は僕がリオンだと気づいているのだろう?」

「えっ……う、うん」

 仮面を外し、私を見つめるジューダスこと、リオン。
 ジューダスの言ってる事がわからない。だって、マリアンの事が好きなんだよね? マリアンのプリンが好きなんだよね? 違うの? 本当は今まで私の事が好きだったの? 妹としてではなく、恋愛対象として、なの?
 ――信じて、いいのだろうか?

「おい、何か言う事はないのか」

「その、好きというのは」

 ようやく捻り出した言葉を聞いたジューダスが少し恥ずかしそうにしながら私の肩を引っ張り、

「こういうことに決まっているだろう」

 ジューダスの唇が私の唇と重なる。

「――――!!」

「そうか、リオンとはまだしていなかったか」

 何でジューダスはこんなに余裕そうで手慣れた感があるのだろう。私はキスなんて初めての事でこんなにもいっぱいいっぱいなのに。もしかしたら、未来では、もしかしたりするのだろうか?

「えっと、じゃあ、ジューダスが私を好きということは、リオンも」

「当たり前だろう。僕は昔からの事が好きだったんだ。だから、あいつも同じだ」

 私は、今までリオンの好きな人はマリアンだと思い込んでいた。だから、リオンの恋を応援しなきゃ、リオンの事を好きになったらダメ、そう思ってたのに。

「う……ウワーーーーー! じゃあ、長年、今まで、私はずっと勘違いしてた……ってコト!?」

「本当はリオンに頑張ってもらいたかったところだが、いつまでも進展がないようだったからな。は僕が貰ってしまおう」

 そう言ってジューダスはニヤリと不敵に微笑んだ後、私をベッドに運んで押し倒す。

「わ、わ……!?」

「今は何もしない。ゆっくり休め」

「そんな事言われても、眠れるわけないでしょ!」

 リオンとジューダスに囲まれて私は更に不眠になりそうだ、と頭を抱えた。
 未来の私が具現化されない限り、きっと解決しないのではないだろうか。お願い早く来て、未来の私!





D2の世界ではすでに両想いなので強気に行けちゃうジューダス。リオンがなかなかとくっつかないので痺れを切らせました。

執筆:23年12月16日
修正:24年2月22日