「白雪姫って見ず知らずの人にキスされて可哀想だよな」

 勝手に私の部屋の童話の本を読んでいたリッドが不満げに呟く。私は自分の読んでいた本から目を離し、リッドを見た。人差し指で唇を押さえながら眉間に皺を寄せている姿に私は小さく笑った。

「わぁ、その発想はなかったわ。今までロマンチックな話だと思い込んでたから……」

 幼い頃、母からこのお話を聞かされたときは「なんて素敵なのか」と思った。当時どうしてそう思ったのか、恐らく「ハッピーエンド」しか見えていなかったのだろう。「こんなことありえない」とか「人の気持ちは無視か」とか、考える事ができなかった。だけど、大人になった今だからわかる、色々な事情。そう、だからこうして今リッドと私はこんな話をしているんだ。こうやって人は純粋な気持ちを失っていくのかと私は一人苦笑した。

「なぁ、は自分が寝てていきなり知らない男にキスされたらどう思う?」

 パタンと本を閉じ、リッドが私をじっと見つめてくる。私も手にしていた自分の本を机の上に置き、腕を組みながら考える。
 もしも、知らない人にキスされたら嫌だなぁ。でも、もしも私好みのカッコイイ人だったら嫌ではないかもしれない。

「んー。そうだなぁ、基本的には嫌だけど……カッコイイ人だったら嫌じゃなかったりして!」

「ふーん」

 あまり興味なさそうなリッドの反応。それがなんだかつまらなくて、私は訊ねた。

「そいえば、リッドってキスしたことあるの? ファラあたりと」

 すると、予想通りなリッドの反応。リッドは突然身体を大きく揺らして大声を上げた。

「ばっ……!してねぇよ、そんなもの!」

「へぇ、意外。もうしっかりと済ませてるのかと思ってた」

 幼馴染ということは、小さい頃に済ませたという可能性もあるのかと思っていた。それじゃあ、キールとファラはしなのかな? なんて新たな疑問が生まれた。
 しかし、それを遮るようにリッドが言う。

こそ……したことあるのかよ? キールとかと、さ」

 突然の質問返しに私はぶっと噴出した。

「な、ないよ! しかも、キールはただの友達だし、ありえないから!」

 まさか私に返されるとは思っていなかったから、焦った。別に焦る理由なんて無いんだけど、なんとなく自分のことでこの手の話を振られるのはなんとなく苦手だ。他人の恋愛話は楽しいんだけどなぁ。よし、この話はここで終わりだ。終わりにしよう。

「そういえばさぁ――」
「オレとしてみるか?」

 話を切り替えようとした私とリッドの声が重なる。

「え……」

 するって何を?

「キスだよ」

 ぶっきらぼうに答えるものの、顔が真っ赤になっているリッド。
 えっと、ちょっと待っ て。落ち着こう、落ち着こうぜリッドくん。何であなたがそんなこと言うのさ。何? 興味本位? そういうお年頃なの? ふざけんなっつの。
 ……いや、まず落ち着くのは私だ。このばくばくいってる心臓をなんとかしなくては。
 スー、ハー、と深呼吸をして、ぐっと拳を握る。

「でも、そういうのって、お互い好きだからするものであって」

 冷静になって、言葉を選んでいく私。
 そう、キスっていうものは恋人同士で行うようなものだよ。気持ちって大切だ。うん。

「……ったく、ほんとニブいな」

「へ?」

 突然、リッドが私の腕を引っ張った。リッドの顔がアップになったと思った。そして、気づいたら私の唇とリッドの唇が重なっている。キスしているんだということを理解した頃にはリッドと私の唇は離れていた。

「オレ、お前の事好きなんだよ」

 ぼそりと恥ずかしそうに呟くリッド。私は呆然とリッドを見つめていた。



正直、キスの味なんて判らなかった




(へー、そ、そうなんだぁ……)
(で、の答えは?)



執筆:10年4月15日